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「しかし何つうか、思ったより退屈だな」
小声でぼそりと独りごちる。
予想を上回る凄惨な光景は最初だけ。その後は白い部屋が延々と続き、たまに『毒草』が襲ってくるも、その『毒』に耐えられない者はおらず、難なく返り討ちにできてしまった。
既に三人ほどの『毒草』が、一人の男が運ぶカートの中に入れられている。
カートを運んでいるのは、神月と同じく『毒草』を管理する側の人間。名前は確か、松原鋼昌だったか。
身長は俺より高く百九十センチ近くある。横幅もかなりのもので、巨漢戦士とでも呼びたくなる体格をしている。髪もいつから切っていないのか、腰近くまで伸びきっており、まるで旧約聖書に登場するサムソンを想起させた。
しかしその男の特異な点は体格や長い髪ではなく、別にある。というのもこの男、両の目が不自由で全く物が見えないらしい。代わりに聴覚が死ぬほど発達しているらしく、歩行や会話時に生じる音の反射から、周りの空間を正確に認識できているとか。
そうした理由から視覚系の毒に無敵であることと、音に対する鋭敏さから捕獲した『毒草』が妙な動きをしてもすぐに察知できる点を評価され、今回の鎮圧作戦では『毒草』の運び手を担っている。
まあ俺から言わせれば、下手に能力が高かったためにハズレくじを引かされた可哀そうな奴と言った印象だ。もちろん一番可哀そうなのは、ただの一般人でありながらこの地獄に送りこまれた俺なわけだが。
ただ、俺とは違い松原はこの役目に対し不満を抱いていないらしい。先ほどから文句の一つも言わず黙々と自分の役目を果たしている。
正直、薄気味の悪い奴だ。
いくら仕事とはいえ、こんな死ぬかもしれない面倒事を任されれば神月のようにため息の一つもつくだろうに。どんな精神構造をしているのか。
また新たに物陰から飛び出した『毒草』を蹴り一発で沈黙させつつ、俺は殿を務める松原に冷めた視線を送った。




