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壁に埋め込まれた奇怪なオブジェ――もとい、苦悶の表情で絶命している女。
全身が血まみれで、目は赤く充血しきり血の涙が流れていた。
あまりに凄惨な光景に近づこうという気も起きず、俺は扉の先に足を踏みださぬまま神月に尋ねた。
「今話そうとしてた、ムクロ並みにやばい奴、ってのがこいつのことなのか? まあ何つうか……がっつり死んでるみたいだけどよ」
神月は信じられないと言った表情を浮かべながら、小さく頷いた。
「ああ、間違いない……。安楽音メルト。視覚、聴覚、嗅覚を侵食する毒を持っている女だ。相手の理性をぐずぐずに溶かし、廃人に変える最悪の『毒草』の一人だったんだが……」
「彼女がこうもあっさりと殺されているってことは、もっとやばい奴が収容されてたってことかねえ。これは俺も多少覚悟しとかないといけにゃいかな」
セリフの割にほとんど緊張感のない綾崎が、ポリポリと鼻を掻きながら死体に近づく。
近くで死体を見た彼は、一瞬驚いた表情を浮かべたものの、すぐに普段のにやけ面に戻り、その周囲を観察し始めた。
取り敢えず綾崎の身に何も起こらないのを見て、他のメンツも扉を抜けて施設深層(?)に入っていく。
各々周囲を見回し何があったのか探ってみる。しかし毒草同士の殺し合いに武器は一切必要とされない為か、メルトがこのようになった原因は見当たらず、部屋はいたって綺麗なままだった。
とはいえ、壁に体が埋め込まれるという奇怪過ぎる死に様。いくら何でも『毒』だけでは済まされない状況ゆえ、この先に潜んでいる『毒草』の誰かが、物理的にやばい武器を持ち込んでいる可能性が高そうだった。
玄関的な役割を担っているためか、ここはそこまで広くもない部屋であり、すぐに捜索は行き詰る。
初っ端から最悪の毒草の一人が死んでいるという事態に対し、喜んでいいのか危機感を高めた方がいいのかやや判断に困る。ただ現状深く考えることに煩わしさを感じ、俺は軽くシャドーボクシングなどして心を落ち着けた。
しばらくしても動き出さない神月に、しびれを切らしたせっかち野郎は南方。眉間に皺寄せ、苛立たし気に口を開いた。
「おい、いい加減先に進むぞ。この女がお前らの研究にどれほど重要だったのか知らないが、死んでいるのならもうどうしようもないだろ。今はそいつより人命救助が優先のはずだ。しゃきっとしてくれ」
「………………ああ、そうだな」
神月は改めてメルトの死体に目を向けた後、施設内のさらなる深層へと俺たちを導いていった。




