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何が起きたのか分からない。
ただ神月が「一旦止まってくれないか」と、そんな戯言を言っただけ。
友人を利用され怒りで荒れ狂っている俺がそんな言葉を素直に受け入れるはずはないのに。
俺は神月の言葉通り、神月を殴る前に立ち止まってしまった。
意味が分からず、何とか神月をぶん殴ろうと足を一歩前に出そうとする。だが、やはり足は動かない。
動けないなら仕方ないと、殺意籠った視線を神月に投げかける。
神月はそんな俺の視線を迷惑そうに手で払うと、「成功したようでよかったよ」と言った。
「……『命令』か。くそ、こんなもんでマジで動けなくなるのか」
「ムクロやマリアに強制支配をさせられたことのある君ならもう知っていることだろう。それから、正確にはこれは『命令』ではない。もう一つ上の能力だ」
「どういう意味だ……?」
質問には答えず、神月は俺ではなく南方へと視線を向けた。
そして神月はやる気のなさそうな声で「南方君も、津山君の隣に並んでくれないか」と言った。
この状況であいつがそんな指示に従うわけないだろうと内心馬鹿にしていると、予想外にも南方は俺のすぐ隣まで歩いてきて、立ち止まった。
俺は何とか視線だけを彼に向け、
「何素直に命令に従ってんだ!」
と、大声で喚いた。
南方は心底苛立たし気な視線をよこすと、「僕だって好きで従ったわけじゃない」と呟いた。
「お前、昨日はこいつの『命令』なんか無視したって言ってなかったか。なんで今日は無視できてないんだよ」
「そんなこと、僕が知るわけないだろ。それにそもそも、こいつは『命令』はしていない。さっきの『成功したようでよかった』という呟きから察するに、今まで持っていた『命令』以上の毒でも手に入れたんじゃないのか」
「『命令』以上の毒ってそんなの……まさかあいつの」
紫髪ツインテールの、死んだ目をした少女の姿が頭に浮かぶ。
そんな俺の思考を呼んだように神月は手を叩きながら、「御名答」と言った。
「これでも俺は優秀でね。まだ完全ではないものの、彼女の『祈願』を既にものにしたんだよ」




