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神月の命令と同時に、後ろの二人はすぐさま駆け出した。
灰色のローブをまとっているため、どんな表情をしているのかはわからない。ただ、俺たちを殺そうとする意志だけははっきりと感じられた。
俺はすぐさま拳を握りしめ迎撃態勢に入る。すると、少し意外なことに南方も下がることなく俺の隣に並んできた。左腕が負傷しているうえに、そこまで逞しいとは言えない体つき。肉弾戦なんて避けるタイプのように思えたが、少なくともやる気だけは充分らしい。
俺は皮肉な笑みを浮かべつつ、南方に声をかけた。
「おいおい。そんな負傷した体で喧嘩なんてできんのか? 別にあの程度の奴ら俺一人で余裕だろうし、大人しく下がってた方が身のためだと思うぜ」
「僕は君と違って相手を軽んじたりはしない。それにこういった荒事は人に任せるより自分でやる方が早く終わる」
「へえ。そりゃあかなり自信があるんだな。じゃあ片方は任せちまうけどいいのか」
「当然だ。君こそ僕に借りを返す前に死んでくれるなよ」
「へへ。了解」
灰色ローブの二人は想像していたよりも遥かに動きが速く、この会話をしている最中にも目前へと迫って来ていた。
どうやらローブの中にはいろいろな物が隠されていたようであり、いつのまにやらその手には鈍色に光る刃渡り二十センチものナイフが握られている。
灰色ローブの片割れは一切勢いを殺すことなく、体当たりするようにそのナイフを俺に突き出してきた。その躊躇いなき一連の動作は明らかに一般人のそれではない、特殊な訓練を施された人物であることを想起させる――が、俺には全く関係のないこと。自分で言うのは少し恥ずいが、俺の動体視力と反射神経は常人のそれとは格が違う性能を持っているのだ。
まさに紙一重のところで突き出されたナイフを躱すと、相手の勢いを逆に利用し全力で顔面を殴りつけた。
ローブの男は面白いほど遠くに飛んでいき、うまく着地することもできず床を転がっていく。
その手ごたえに満足感を覚え、俺は笑顔で大きく一度頷く。
――やはり今日も絶好調。ストレス発散に人をぶん殴るのは、やっぱ最高だ。
そんなちょっとゲスイことを思案し愉悦に浸っていると、隣でもゴスッという鈍い音と共に人が飛んでいくのが見えた。
隣を見ると、右足を前に突き出した状態で固まっている南方の姿が。
どうやらこいつもうまく灰色ローブの攻撃を躱し、蹴りでのカウンターをぶち込んだらしい。
俺は南方に向けて左手を突き出すと、「なかなかやるじゃねえか」と称賛の言葉を投げかけた。
「ま、俺の方が相手を遠くまでぶっ飛ばしたけどな」
「ふん。僕はそんな勝負をした記憶はない」
南方はどこか不服そうに、そう言い返した。




