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しばらくの間無言で芥川を見下ろす。
どんなに見つめていようとも、彼が目を開けることは無いと知っている。それでも視線は外せず、何をするでもなくじっと見続けた。
「毒消し六号くんは優しいねえぃ。自分を殺そうとした相手のことも悼んでやれるなんてさあ」
どこか皮肉っぽい、人を小馬鹿にするような口調。
今日はずっと探していた相手ではあるものの、はっきり言って今は会いたくない奴。
俺は芥川から視線をそらし、不機嫌な顔を綾崎に向けた。
「別に悼んでねえよ。ただ無性にイライラしてるだけだ。あんだけ好き勝手生きておいて、笑顔で死んでくなんてふざけた野郎だなってよ」
「成る程ねえぃ。んま、ぶっちゃけそれはどうでもいいんだけどさ」
軽く俺の言葉を受け流すと、チャラけた表情のまま綾崎は言った。
「六号くんは無事にマリアの『毒』を堪えきったみたいだからさ、いろいろと話を聞いてあげようと思ってねえぃ。疑問、たくさんあるんだろう? ちょうど『火炎』が暴れまわってるみたいだし、それも含めて何でも答えちゃうよん」
「……質問ならたくさんある。でも今は、異常にむしゃくしゃしてるんだ。だからまずは、お前の顔面、一発殴らせてくれ」
大きく足を一歩踏み出す。それに合わせて、綾崎は三歩下がった。
ガチャガチャと腕に着けたブレスレットを鳴り響かせながら、彼は大げさに両手を振ってみせる。
「怖い怖い。悪いけど俺っちはMじゃないんでね。殴らせてくれと言われてはいどうぞとは答えんよう。おっと、ちょうどいいタイミングでお休みの時間が来たようだ」
「お休みの時間?」
綾崎の視線につられ天井を見上げると、初日の終わりに見た時と同じ白いガスが部屋に入り込んできていた。以前このガスを吸ってすぐに眠気が訪れたのを思い出す。
「こんなタイミングでまたこいつか」
「一通り殺人が終わったって合図だねえぃ。頭を冷やすって意味も込めて、話し合いは明日にしておこうか」
にやりと笑みを浮かべて俺を見る綾崎。催眠ガスが俺らの間を遮り、視界から彼の姿が消失する。
俺は大きく深呼吸しガスを吸い込むと、まっすぐ前を向いて走り出した。
元から距離はそんなに離れていなかったため、一瞬で綾崎の顔が目前に迫る。
「え!」
突然目の前に現れ動きを止めた綾崎の顔に向け、全力で一発拳を打ち付ける。
今回も最高の当たり。
その十全な手ごたえに満足すると同時に、俺は意識を手放した。




