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「くそ、やっぱりか!」
予想していた光景に、俺は我慢できず地団太を踏んだ。
何度か道に迷い、結果として二十分近く時間をかけたものの、あの巨大ぬいぐるみ(クマ)の元まで戻ることができた。そこで俺が目撃したのは、床に倒れ血をまき散らしている芥川の姿。
神月の皆殺し計画を甘く見ていたわけではない。ただ、彼の発言からするに殺すにしても自分の『毒』を利用したもので、物理的に殺すことは無いと考えていた。それにあれだけの怪我。すぐには殺人なんてできるはずないと思っていたのに……。
自分の考えの甘さに腹が立ち、もう一度強く地面をけった。
すると、死んだと思っていた芥川の口から「ゴフッ」と音がし、その目が開いた。
「ふふふ。わざわざ僕の弔いをしに来てくれたのかな。いい友人を持てて、僕は幸せ者だね……」
ムクロと同じ、うつろな瞳。
まだ喋る元気はあるらしいが、その声は以前聞いたときに比べ遥かに弱弱しく、『毒』も少なかった。もう半分以上、魂が現世から離れているようにさえ見えた。
芥川はもう死ぬ。その絶対的な事実を前にし、俺はこいつの最後の戯言に付き合うことを決めた。
「弔いじゃねえ。たまたま通りかかっただけだ。つうかお前、さっき俺に復讐するとか何とか言ってなかったか。俺のことを友人だとか、図々しいにもほどがあるだろ」
「そんなこと……言わないでくれよ。確かに津山君には恨みがあったし、復讐したいと思ってた。でもそれは、まだ僕と君が友人関係にあると思ってたからこそだ」
「いや、よく分かんねえよ。そもそも俺がお前を恨むことはあっても、お前が俺を恨むのは筋違いだろ。殺されかけたのは俺だぞ」
「何を言ってるんだ。一緒に心中しようとしたのに、君だけが逃げたんじゃないか……。十分僕に対する裏切りだ」
「俺は外に出るための方法を聞いてただけで、お前と心中する気なんて最初からなかったよ。途中から変に話を誘導したのはお前だろ」
「言われてみれば、それもそうかも……。ああそっか、今までも僕が悪かったのか。皆僕と一緒に死のうとしてくれたけど、あれは彼らの本意じゃなかったんだ。だから僕のことを刺す直前で皆動きを止めてたんだね」
「昔の奴がどうだったのか俺は知らねえけどよ……。自分の大好きな人を自分の手で殺す心中なんて、狂ってなきゃ出来っこねえと思うぞ。だからお前のことを刺せなかった奴らは、お前のことを好きなだけの、ただの一般人だったんだよ。だから大好きな人を殺せなかったんだ」
「成る程……。皆僕を嫌いだから殺してくれなかったんじゃなくて、好きだから殺せなかったのか……。ふふふ。死ぬ直前にすっごく嬉しいことが聞けたな。これで心置きなく死ぬことができる。あ、そうすると睦雄君も僕のことを好きだから殺せなかったのか。良かった、君に嫌われてなくて」
「うぬぼれんな。俺はお前のことなんて好きじゃなかった。今だって殺されかけたことを恨んでんだよ。だいたいお前のせいで俺は頭を何度も床に打ち付けることに……って聞いてんのか?」
俺が話している最中に目を閉じた芥川。
笑顔のまま何も言い返してこないのを不審に思い、耳元で名前を呼んでみる。
だが、もう二度と芥川が反応することは無かった。




