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おぼろげな記憶を頼りに、以前南方がいた本棚へ向かって走り出す。かつて植物室に向かった時は食堂を経由していたので、直線距離でどの程度離れているのかは分からない。ただ、おおよその方向はつかめているので間違えて別の場所に行くことは無いはずだ。
俺は周囲に目を配るのも忘れないようにしつつ、できるだけ急ぐ。もし俺の予想があっていたら、今頃はあいつも死んでいるかもしれない。
走って走って、ついに目的の本棚を見つける。それと同時に、最悪の予想を裏付けるような凄惨な現場もいくつか発見した。
真っ白な空間の中に、三つほど赤く染まったスポットがある。その赤色の塗料がなんであるかは、そのスポットの中心に倒れているものを見れば明らか。今日殺されたのが水木だけではなかったことを俺に知らしめた。
一瞬彼らが息をしているのか確認すべきかとも思ったが、結局は立ち止まることなく目的地へ急ぐ。あの三つの死体を見つけた時点で俺の予想が当たっていたことはほとんど確実なため、わざわざ本棚まで駆ける必要は無くなっていた。それでも、ここまで来て確かめないという選択肢は存在しなかった。
「南方!」
俺は息を切らして本棚の正面に回り込む。そして、そこにいるであろう南方の姿を探し求めた。
目的の人物は、本棚に背を預け、俯いた姿で座っていた。決して多くはないが床には血だまりができており、無事ではないことがすぐに分かる。まだ生きていることを信じ、その肩に手をかけると、
「触るな。傷が痛むだろ」
元気とは言えない声だが、顔を上げ睨み付けてきた。
生きている。
そのことにほっとしつつ、俺は結局彼の肩を揺さぶった。
「おい、誰にやられた! つうか他にも死体がいくつかあるが、ここで何があったんだ!」
「傷が痛むから触るなと言っただろ」
眉間にしわを寄せ、苦悶の表情で俺の手を退ける。そして、死体のある方に目を向けながら小声で言った。
「近くに死体がある理由は知らない。僕が本を読んでいる間に殺されたんだろう。僕を襲った人間は左目に傷のある、三十ぐらいのおじさんだ。誰かさんに意味もなくぶん殴られると言う前例があったからな。声もかけずに近寄ってくる人間には警戒するようになってたんだ。今回はそれが功を奏して、背後から無防備に刺されずに済んだ。とはいえ避け切れずに左腕に刺さったけどね」
南方の左腕には、血に染まったシャツがぐるぐると巻き付けられていた。どうやら自分で止血を行い、そのまま血が止まるのを待っていたらしい。
「僕が左腕を犠牲にしたとは言え、攻撃を避けたことに驚いたみたいでね。それ以上追撃をして来ようとはせずすぐに立ち去ったよ。頭に包帯を巻いていたし、殺し合いは望むところじゃなかったらしい。最後によく分からない命令もしてきたが、一体何だったのか」
「命令! お前神月に『命令』されたのか! お前はその命令に従ったのか!」
「君、さっきから暑苦しいよ。言っておくけど当然そんな命令は断ったさ。聞く義理はなかったからね」
「お前にもあいつの『毒』は効かなかったのか……」
思ったほど神月の『毒』は強くないのかもしれない。だが、皆殺しを実行しているのはこれで間違いなさそうだ。
俺は立ち上がると、今度は芥川たちと出会った場所に向けて再び走り出した。
「おい! 一方的に話しかけておいてもう帰るのか! 君は本当に身勝手な奴だな!」
「悪い! 今度まとめて借りは返す!」
南方の罵声を背にしながら、俺は振り返ることなくそう言い返した。




