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この施設にいる人間を皆殺しにする。
一部例外はいたものの、俺の前で堂々とそう語った神月。ムクロを殺そうとしたことからも、この発言が嘘やハッタリじゃないことは知っている。だが、結果的にムクロに殺されかけ、とどめを刺すがごとく俺の右ストレートまで食らった神月に、まだそんな意思が残っているのか。仮に残っていたとして、満身創痍のその体で皆殺しなどできると思っているのか。
俺は神月が何を語っているのか、幾分か緊張しながら聞き耳を立てた。
「貪さんのおっしゃることは分かります! 僕も彼にはひどく幻滅させられたものですから」
先に聞こえてきたのは芥川の声。「彼」が誰のことかは分からないが、非常に楽しそうに話している。
「理解してもらえて嬉しいよ。俺も彼のことを最初はパートナーとなれる相手だと思ったんだが、ずいぶんとひどい振られ方をしてね。今では可愛さ余って憎さ百倍と言ったところだ」
今度は神月の声。芥川の言葉に深く同意するがごとく、真剣な口調で答えている。
「一度は理解し合える友人だと思わせてからの裏切り。僕だけでなく貪さんも同じ目に遭ったのだとすれば、きっと確信犯だったんでしょうね。本当にひどい男だ!」
「激しく同意するよ。一度は助けてくれるのかと思ったら、それはフェイク。逆に殺しにかかってきたときは本当に驚いた。希望を与えてから絶望を見せるということに、あの男は喜びを感じているのだろうな」
「ええ、その通りですよ! もし次に会うことがあったら絶対復讐してやります!」
この二人にこれだけ恨みを買うとは、ずいぶん命知らずな男もいたものだと一人感心する。どうやらこの施設の中には俺の知らない超狂ったやつがまだいるらしい。ムクロ不在の今、絶対に会いたくない相手だ。
そんなことを考えている間も、二人の会話は続く。
「そう、復讐だ。俺も幽もあの男に強い恨みを持っている。ここは協力して、あいつに地獄を見せてやるのはどうだろう?」
「いいですね! 彼の泣き叫ぶ顔、是非見てみたいです!」
「人を呪わば穴二つ。俺たちに与えた絶望の分だけ、あいつにも絶望を味わってもらおうか」
「はい! 一緒に津山の奴を絶望と言う底なし沼に招待してあげましょう!」
さわやかな笑顔と共にどす黒いことを言ってのける芥川。
ようやく名前が出てきた渦中の人物へ思いを馳せた俺は、つい場も弁えず、
「彼って俺のことだったのかよ!」
と盛大に突っ込んでしまった。
いつの間にか近づいていたクマのぬいぐるみと、そこから現れた第三者の存在に二人が一瞬驚いた表情を見せる。が、次の瞬間には満面の笑みに変わり、見事なデュエットを聞かせてくれた。
「「ちょうどいい所に来たね津山君。これから少しだけ、一緒に楽しい時間を過ごさないかい」」




