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ここで一緒に暮らし続ける? この明らかにやばそうな女のいる場所で?
一瞬思考が停止し、頭が真っ白になる。
「……おいおい何の冗談だよ。意味が分からねえ。そんなの嫌に決まってるだろ」
何とか言葉を絞り出す。が、防護服は無感情に、無慈悲な宣告をする。
「残念ながら君に拒否権はない。泣こうが喚こうが、この実験が終わるまではそこから出られることはない。だが安心して欲しい。毎日三食、生きるのに十分な食事は提供する。それに欲しいものがあるなら、可能な範囲で用意しその部屋に送る準備はある。考えようによっては働くこともなく衣食住の整った場所で過ごせるともいえる。何もそんなに悲観することはない」
「いやいや、何言ってんだよ、マジで……」
マジでこいつは何を言ってんだ? 突然拉致されて、頭がおかしくなるような場所に監禁され、頭のやばそうな奴と共同生活を送らないといけない、だと?
脳内で自分の置かれた状況をまとめる。そして改めて思う。ふざけんなと。
混乱していた思考が収まり、代わりに沸々と怒りがわいてくる。
俺は自分の拳を顧みることなく、全力で目の前の扉を殴りつけ始めた。
「お前らがどこの誰で何なのか知らねぇが、そんなふざけた話がまかり通ると、思ってんのか? もし今すぐこっから出せねぇなら、お前ら全員皆殺しにするぞ」
「凄むのは構わないが、君に私たちを殺す方法は存在しない。諦めてそこでの生活を楽しむことをお勧めする」
何度扉を叩こうが、やはりびくともしない。加えて防護服もこちらの脅しにビビる様子は一切ない。どうやらこのまま問答していても無駄らしいと考え、俺は思考のベクトルを変えた。
いまだに袖を引っ張り「気味の悪い奴って、私ですか」と聞き続けてくる気味の悪い奴に目を向ける。先程まで鉄の扉を殴っていたために若干血が滲んでいる手で、そいつの頭を握るように掴んでから防護服へと向き直った。
「なあ。お前らの実験の内容とか、俺をここに連れてきた理由をまだ聞いてなかったな。それって教えてもらえんのか?」
「残念ながら教えられない。君には実験に参加しているという意識を持たず、純粋にそこでの共同生活を楽しんでほしい。君をここに連れてきた理由も、実験が終わるまでは教えられない」
「だろうな。そんなところだろうと思ったぜ」
俺はニヤリと笑うと、頭を掴んでいる手により力を込めた。
「でもよ、ここにいる人間の反応を見るのが目的ってのは間違いないだろ。だから、俺がここにいる人間全員をぶっ殺したら、否応なくお前らの実験も失敗ってことで終了すんじゃねぇのか」
流石にこの脅しには何かしらの反応をするだろうと思い、防護服の動きを楽しげに見つめる。が、予想に反して、防護服は静かに頷いて見せるだけだった。
「どうぞ、それが可能なのでしたら是非そうしてみてほしい。いまだ一度もそれを成し遂げたものはいませんが」
「そりゃ、どういう意味……」
防護服の視線が俺から外れる。それにつられて俺も視線を下に落とすと、いまだ俺の袖を引っ張り「気味の悪い奴って、私ですか」と聞き続ける少女が目に入った。かなり強い力で頭を掴まれているというのに、それを全く気にした様子はなく、相も変わらずうつろな瞳で俺を見上げている。
気持ち悪い。
ただ一つ、その感情に支配され、「ひっ」と悲鳴を上げながらその場を飛びのく。
俺が急に動いたためにうつろな少女はその場で転んでしまう。だがすぐに立ち上がると、再び俺の袖をつかみ同じ質問を問いかけ始めた。
その異様さに言葉もなく固まっていると、防護服が口を開いた。
「そこにいるのは、君に劣らぬ化け物ばかりだ。彼女たちを殺せるというのなら、是非とも試してみてほしい。もしできたのなら、君をこの場に推薦した彼も喜ぶというものだろう。それでは、良い暮らしを」
そう言って、モニターの電源が切れる。
いまだ硬直して動けないでいた俺は、それでもただ一言、
「俺は、どこにでもいる一般人だよ……」
とだけ反論した。




