46.5
「……君。……君」
誰かが呼び掛けてくる声がする。
しかし俺の頭はくらくらしていて、目を開けることすらままならない。
「……山君。津山君。起きてくれないかい」
それでも、誰かは何度も何度も名前を呼び続ける。おそらく俺が起きるまでずっと呼ぶんじゃないかと言う執念じみたものを感じ、気力を振り絞って目を開けた。
「っ……ここは?」
網膜を刺激する眩い光。さらには錐体細胞を活性化させる種々の色彩。
さっきまで俺がいたはずの実験施設とは明らかに違う、つい二日前までは見慣れていた普通の部屋。
頭がボーっとしているため深くは考えられない。ただぼぼんやりと、あの地獄から脱出できたのかという思いが片隅に生まれただけ。だが、一体なぜ?
今にも閉じそうな力ない目で部屋の中を見回していく。すると、オレンジ色のソファに座っている、白衣を着た丸眼鏡の男に目が留まった。
人懐っこそうな笑顔を浮かべた丸眼鏡は、視線が合うと改めて俺の名を呼んだ。
「津山睦雄君。ようやく起きてくれましたか。もしこのまま目が覚めなかったらどうしようかと思ってましたよ」
「誰だ……あんた」
どこかで一度だけ見たことがある。記憶の奥底で丸眼鏡と一致する人物が浮かびかかるが、頭が思うように働かず意識の上まで持ってこれない。
必死に眠気と戦いながら記憶を掘り起こしていると、丸眼鏡は俺の質問を無視して一方的に話しかけてきた。
「どうでしたか津山君。君にとってあの箱庭の住人達はどんなふうに見えました? やっぱり狂ってましたか? それとも百合子に出会った時君が言ったように、君からしたら彼らも――」
「百合子って……」
かつてのクラスメイトの名前が耳に入り、記憶が刺激される。そうだ、一度だけ会った彼女の親戚に、この丸眼鏡の姿があった。
そのことを思い出せたことに満足し、丸眼鏡の声も上の空で意識が沈んでいく。と、ほとんど眠りに落ちかけた俺の頭が強く揺れ、再び意識が浮上する。どうやら丸眼鏡が強引に肩をゆすって無理やり起こしたらしい。
ぎりぎり保った意識の中、丸眼鏡の言葉が流れ込んで切る。
「眠る前に一つだけ答えてくれ。津山君は今すぐ箱庭から出て行きたいかい? それともまだ何かやり残したことがあるかい?」
「そんなの決まってんだろ……」
一刻も早く出て行きたいに決まってる。
その言葉を発することができたのかどうか。俺にはわからないまま視界が真っ暗に染まっていき、今度こそ完全に意識を失った。




