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「か、鏡の国のアリスかよ……」
「いえ、アリスでなくマリアですよ。それに鏡の国のアリスは、鏡の中に入るのであって、こことは関係ないと思いますが」
俺の呟きに的確なツッコミが返ってくる。
相変わらずの冷静さ。一度でいいからこいつの驚いた顔を見てみたい。
ムクロの発言により少し冷静さを取り戻した俺は、改めて部屋の中を見回した。
鏡で覆われている以外は、思ったほど特殊な部屋ではない。椅子にテーブル、本棚、トイレ。それに小型のお風呂とベッドが置かれただけの普通の部屋。
ムクロが持っている死んだ兎のような悪趣味な人形は置かれておらず、鏡を除けば異常性はほとんど見受けられなかった。
一通り中を見渡した俺は、最後にベッドの上にある物に目を向けた。
「そんで、マリアってのはあのベッドの上のこんもりした物体か。さっきからピクリとも動かないが寝てんのか?」
真っ白な毛布にくるまれ、まん丸く固まっている謎の物体。
部屋のどこにも人の姿が見当たらないことから、おそらく謎の物体が目的の人物で間違いないだろう。
それを肯定するように、ムクロはカタリと頷いた。
「寝てはいないでしょうが、あれで間違いないと思いますよ。マリアちゃんは人見知りなので、人が尋ねてきたときは毛布の中に隠れてやり過ごそうとしますので」
「人が来た時はって、最初から毛布にくるまってるように見えたが?」
「細かいことはいいじゃないじゃないですか。それより、紹介してあげるので早く中に入りましょう。別に遠慮なんてしなくていいですから」
勝手知ったる人の家――もとい部屋。
躊躇うことなく部屋の中に踏み込んでいくムクロを目で追いかけながら、俺も勇気を振り絞って、一歩前に踏み出した。




