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ガンガンと鳴り響いていた頭を打ち付ける音が止む。それと同時に、どさりと倒れる音が聞こえた。
俺の時とは比べ物にならないほど頭から血を流し、神月が床に突っ伏している。もしかしてすでに手遅れで死んでるんじゃないか。そんな不安に駆られつつ神月の容体を見てみると、ぎりぎり呼吸はしていたし意識もあった。
安堵から腰を落とすと、突っ伏した状態のまま神月が話しかけてきた。
「悪いな。助かったよ。こちらの『命令』が効かないのはまだ想定内だったが、ムクロの『祈願』がここまで強いとは思っていなかった。津山君がいなければ死んでいたよ」
「いや、あんだけ頭を打ち付けたら死んでてもおかしくなかったし、そんだけ血流してるあんたを見てよかったとは思えねえよ」
「これぐらいなら、ぎりぎり大丈夫だ。体はかなり頑丈な方だからね。さて」
少しふらつきながらも、膝をつくことなく無事立ち上がる。黒服の内ポケットから、黒いハンカチと白い包帯、そして消毒液を取り出すと、自分で手当てを開始した。ドクロ女――彩智を想起させる行動。もしかしてこいつ、彩智の父親なんじゃないかと思い、顔をまじまじと見つめてみる。
が、結論を出す前に、いつの間にか隣に並んでいたムクロが話しかけてきた。
「さて睦雄さん。殺すのはやめましたが、この後どうすればいいのでしょうか。私は奴隷と言うものがどんなものか、いまいち知らないのですが」
ムクロと目を合わせないようにしながら、俺は嘯く。
「今のこいつは怪我してるし、奴隷としてこき使うのは怪我が治ってからでいいだろ。それから奴隷ってのはあれだ。餌をやったり癒してもらったり……。まあ要するに、犬や猫みたいなペットの人間バージョンのことだよ」
「人間ペットですか……。私はペットにするなら人間よりもハムスターとかがいいんですけど」
「いや、ほら。人間の方が利口でいろいろ便利だぞ。俺もこんなオッサンをペットにしたくはないが」
「私も睦雄さんもいらないわけですし、やっぱり死んでもらいましょうか」
「それはダメだ」
奴隷となった神月は疲れた笑みを浮かべながら俺たちの話を聞いている。
一応命は助かったものの、ムクロの気紛れでいつ消えるか分からないギリギリの灯。
また変な気紛れを起こされる前にいろいろと情報を得とかないとな。
そんなことをぼんやりと考えつつ、俺はムクロとのスリリングな会話に花を咲かせた。




