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「俺はお前の顔に見覚えなんてないんだがな。どうして俺らの名前を知ってんだ。それに彩智って誰だよ。俺の知り合いにそんな名前の奴はいねぇぞ」
舐められないよう喧嘩腰で吹っ掛ける。
だが、黒服の男は動じない。面倒そうに頭をかきながら、品定めでもするかのような目で見つめてきた。
「ああ、まあ初対面だから知らなくて当然だな。あくまで俺が一方的に、君たちのことを知っているだけだから。それから、彩智ってのはドクロマークが描かれた黒いローブを好んで羽織ってる少し痛い子だよ。見覚えがあるだろ?」
ドクロマークの黒ローブ。ムクロのせいで理不尽に死ぬことになった少女。勿論覚えてはいるが、考えてみると名前を聞いていなかった。あんな奇抜な格好の人物がそうそういるとも思えないし、おそらく彼女のことで間違いないだろう。
俺は男を睨み付けたまま、きつめに言い返す。
「彩智ってのが誰かは分かったが、お前は一体何なんだよ。俺みたいに説明もなく監禁されたわけじゃねえよな。まさかとは思うが研究者側の人間か? だったらいろいろと相談したいことがあるんだがよ」
指をパキパキと鳴らして威嚇する。
少し困ったような顔で、黒服の男は俺から一歩距離を取った。
「待て待て、別に俺は君と敵対する気なんてないんだ。彩智が死ぬ直前になんて言っていたのか少し聞いてみたいと思っているだけで――」
「そう言った話は俺をここから出してからにしようや。研究者側の人間と直接話し合える機会なんて滅多にないチャンスなんだ。まずは俺の用事を優先させてもらうぜ」
こぶしを振り上げながら、距離をじわじわと詰める。
穏便な話し合いはできないと諦めたのか、黒服も両手を自由にして、いつでも迎撃できるよう体勢を整えた。
まずは一発。そう考え拳を突き出した瞬間、俺と黒服の間にムクロが割り込んできた。
「睦雄さん、少し落ち着きましょう。まだ私たちは彼の名前も聞いていないんですよ」
「っと、あぶな!」
間一髪のところで拳を急停止させる。
俺が勢いを殺しきれずよろめいていると、ムクロは黒服に向き直りカタリと頭を下げた。
「改めまして、ムクロと申します。それであなたは誰なんですか?」




