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「無事に帰ってきてくれて嬉しいです。それで、お話はどうだったんですか? 何か有益な情報は得られましたか?」
嬉しいなどと言う感情は全く読み取れないうつろな目で、ムクロが聞いてくる。
俺は首を横に振ると、「収穫なしだ」とぼやいた。
「まあ他人の心に干渉してくるような相手には、痛みでの対抗がそれなりに使えるってのは収穫っちゃ収穫だな。指折れるかと思ったけど、何とか堪えられたわ」
折れてこそいないもののかなり赤くなった人差し指。
痛いという感覚がムクロにあるのかは不明だが、「お疲れ様です」と気づかうような発言を返してきた。
「それでは、次は誰を紹介しましょうか。また何かリクエストはありますか」
「いや、マリアってやつ以外だったら誰でもいいよ。つうか、そもそもあと何人この建物には人が住んでんだ?」
両の手を見つめながら、ムクロは一人、二人と数えていく。
できるなら後二、三人で済んでほしかったが、そううまくはいかない。
カウントが八まで行ったところで、ようやく数えが終わった。
「マリアちゃんを含めると、残り九人です。ただ、知らないうちに人が増えていることもありますし、逆に減っていることもあります。なので今ここに何人いるのか、正確な数は私も知りません。ただマリアちゃん以外の多くは、この大広間にいることが多いので、ぶらぶら歩いていれば出会えると思いますよ」
「まだ九人もいんのかよ……。じゃあ取り敢えず、適当に目についたやつから話しかけてみるか。お、ちょうどあそこにも一人知らない奴がいるな。次はあいつでいいから紹介してくれよ」
俺はこちらに向かってゆっくりと歩いている、全身黒服の男を指さした。
まだそれなりに距離はあり顔ははっきりとは見えない。ただ、この建物であってきた他の誰よりも年が高そうな印象。そもそもこの施設にいる奴らが皆若過ぎるだけだが。
俺の呼びかけは聞こえているだろうに、ムクロは黒服のおっさんを見たまま何も言わない。それどころか、カタリと首を傾げまじまじとその姿を見つめていた。
「おい、どうしたんだ? 早くあいつが誰か紹介してくれよ」
そう言って少しせっついてみるも、全く反応しない。
諦めて一人で声を掛けに行こうとすると、ようやくムクロは口を開いた。
「あの顔に、見覚えはありません。おそらく新しくここに入ってきた方じゃないでしょうか」




