27
植物室に向かう道中、俺はふと気になったことをムクロに尋ねた。
「なあ、お前やマリアってのも芥川と会話したのか? そん時芥川に変なことされそうにならなかったか?」
紫の髪を左右に揺らしながら、ムクロは感情の伴わぬ声で答える。
「芥川さんですか。特に変なことはされていませんよ。初めて会った時は、軽く自己紹介を交わしたあと、少しがっかりしたような表情をしながらすぐに立ち去られてしまいましたし。その後も話すときは、ほんの一言二言の挨拶程度です。確かマリアさんもそんな感じだったと思いますけど。睦雄さんは変なことをされそうになったんですか?」
うつろな瞳がこちらを向く。疑問形の問いかけで、動作的にも答えを欲しているようには見えるのだが、目と声には何の意志も感じられない。
もはや恐怖を通り越して、純粋にこいつが今何を考えているのか知りたくなってくる。
まあそれはともかく、芥川も相手を選ぶらしい。それに、こいつの場合何を考えているのか元からさっぱり分からないとはいえ、芥川に対してそれ程好意的な印象を抱いてはいなさそうだ。芥川の『毒』も、より上位の『毒』を持つムクロには通じなかったというわけだ。
まあ蠱毒実験の目的を考えるなら、結果としてどっちの毒がより強いのか、いつかは白黒つけないといけないのだろうが。
しかし当然のようにマリアって奴にも芥川の『毒』が利かなかったのか。だが芥川が今も生きていることを考えるとマリアの『毒』もそこまで強くは――。
脳内で『毒』の強さランキングをまとめていると、不意に人を小馬鹿にするような、皮肉っぽい声が飛んできた。
「おうおうおう、あのムクロちゃんが珍しく人と話してるじゃねえか。お連れさんはなかなかごっつい男だが、見たことのない顔だねえぃ。もしかして新人さん? それもムクロちゃんと一緒にいるってことは、もしかして久しぶりの『毒消し』さんかいな。だとすれば不運だねえぃ。こんな場所に送り込まれちゃってよう」
にやにやと意地の悪い笑みを浮かべた、二十代半ばくらいの男。
頭にピンク色のヘアバンドをつけ、両手にはちゃらちゃらと多種多様なブレスレットを嵌めている。身に着けている服はどこかのアニメの女キャラがでかでかと印刷された、オタクが着るようなかなりイタイ服。
突然現れたこの派手めな男に若干引きつつ、俺はムクロに問いかけた。
「なあ、この頭の軽そうな変なのはなんだ? まさかこいつが水木じゃねえよな?」
ムクロは小さく派手男に頭を下げてから、カタリと首を傾げて言った。
「違いますよ。彼は綾崎煉さんです。さっき話した、私より長くここにいる人。五年前からこの建物で暮らしている、古株さんです」
「そうそうその通り! この施設で現在二番目に長く住み込んでる、暇人ニート野郎です! よろしくな、毒消し六号くん」
底意地の悪さが浮き出た、なんともいやらしい笑みと共に、綾崎はそう言った。
完全な不意打ち。
居住期間的にはこの建物で二番目の化け物。
イメージしていた姿とは何から何まで違う、予想外過ぎる見た目と性格。
驚きのあまり、馬鹿みたいに口を開いたまま、俺は綾崎を見つめていた。




