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十年。
………………十年?
単純計算で芥川の十倍、ムクロの三倍以上の化け物ってことか?
脳内で、もはや人間の姿をとどめていない怪物が浮かび上がる。
実験当初からいるのなら脱走のヒントになりえる重要な情報を持っている可能性が高い。が、絶対に会いたくはない。まず百パーセント死ぬ気がする。いや、死なせてくれるかすら怪しい気がする。一生そいつの玩具になるよう意識ごと乗っ取られるんじゃなかろうか。
最悪過ぎる想像。
一旦現実から逃避しようと、今日の夕飯に何を食べるかを考える。
そんな俺の姿は傍から見たら呆けているように見えたのか、ムクロがまた、カタリと首を傾げた。
「突然どうしたんですか? 睦雄さんは食後はお昼寝をするタイプなんですか?」
「……いや、ちょっと夕飯に何を食べるか考えてただけだ」
「はあ。今ご飯を食べたばっかりなのにもう夕飯を考えているのですか。随分と食いしん坊さんなんですね」
本気で信じたのかどうか知らないが、それ以上聞くつもりはないらしい。ムクロは残っていたキャビアを全て口に放り込むと、手を合わせてごちそうさまをした。
「では、挨拶回りを再開しましょうか。睦雄さんの望み的には、次会う人はマリアさんがいいでしょうか。脱出の手がかりを知っているかもしれませんし」
マリア……名前だけならどこかの聖母をイメージするが、この施設に十年いる化け物。実験当初からいることを考えると、そもそもこの実験を行うきっかけとなった人物の可能性もある。だからどんなに危険だとは言え、会わないという選択肢はない――ないのだが、まあそんな焦る必要はないだろう。
俺は軽く首を横に振ると、それは後でいい、と受け流した。
「楽しみは最後まで取っておくってわけじゃないが、マリアってのは最後に回してくれ。食後だし、もう少し気楽な相手を紹介してくると有り難い」
「気楽、ですか。なら水木君なんかはちょうどいいかもしれませんね。凄くおっとりした子で、よくお昼寝をしていますから」
「へえ、そんな奴もいるのか。んじゃ、そいつで頼む」
「分かりました。今日も彼は日向ぼっこしてると思うので、植物室に向かいましょうか」
日向ぼっこができる植物室。確か芥川の話にも出てきた気がする。この白ばかりの空間における色彩のオアシスだったか。
俺は少しだけテンションを上げながら、ムクロの後について歩きだした。




