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「殴ったんですか?」と聞き続けてくるムクロの手を取り、無理やり南方から離れさせる。あまりいい結果とは言えなかったが、会話が成立しそうな人物が最低一人はいるという事実はそれなりの成果ともいえた。
この調子で二人目三人目とも会話を交わし、ここにいる人間についての知識を少しでも増やしてやろうと意気込みを新たにする。
いつも通りムクロの質問には答えず、次は誰を紹介してくれるんだとせっつく。すると、ムクロはリピートをやめて一度立ち止まり、小さな手をお腹に当てた。
「次の人を紹介するのは構いませんが、そろそろお腹がすきませんか? 私としては一度ご飯を食べたいのですが」
そう言われ、俺も自分の腹に手を当てる。
「飯か……。言われてみれば食ってなかったな。ストレスのせいか全然腹が減ってなかったしな。しかしここでしばらく生活することを考えると、栄養補給は欠かせないか。んじゃ、一旦飯にするか。つうかどこで飯を食うんだ?」
「この建物にも食堂はありますよ。ついてきてください」
ムクロはすたすたと、迷うことなく歩き始める。
このとにかくだだっ広く、部屋というには大きすぎる空間。しかも背景が全て真っ白なため、自分がどこにいるのか適当に置いてある家具の位置や向きからでしか判断できない。まだまだこの環境に慣れていな身としては、この部屋の中から確信をもって特定の場所に迎えるのは凄いと感心してしまう。
「流石は三年いるだけあるってとこか」
「何か言いましたか?」
「別に」
そこで会話は終了し、後は無言で食堂へと向かう。
五分近く歩いてようやく壁と扉が見えてきた。その複数枚ある扉から、躊躇うことなく一つを開き中に入る。
やはりと言うべきか、この食堂とやらも床、天井、壁共に全て真っ白。ぱっと見は別の部屋に入ったというイメージが湧かないくらい同じ印象だった。
ただ食堂というだけあってか、テーブルや椅子がメインで置かれている。加えてそこまでの広さもなく、二十畳あるかないか程度の広さだった。
「んで、どうやってここで飯を食うんだ。冷蔵庫もなければキッチンも皿もねえぞ。もしかして適当に椅子に座っとけば飯が運ばれてくるのか?」
「さすがに待ってるだけではご飯にありつけません。部屋の奥につけられているあのモニターの前で、食べたいものをリクエストするのです。遅くてもせいぜい二十分後には料理が運ばれてきますよ」
ムクロに連れられて部屋奥のモニター前に移動する。モニター横には以前防護服の男と話した際にあったのと同じ類の、鉄の扉が一つ。もしかしたらここから飯が運ばれてくるのか。だとしたらここから脱走が測れるんじゃないかと期待が膨らむ。
俺はやや興奮気味に、注文の仕方を聞いた。
「それで、このモニターの前でどうすればいいんだ!」
突然俺が元気になったのを奇妙に感じたか、ムクロの首がカタリと動く。しかし、特に追及することなく質問に答えてくれた。
「何でも好きなものを言ってみてください。それが運ばれてきますよ。特に食べたいものがないときは、お任せと言ってみてください。運ばれてくる料理がモニターに映ります。それが気に食わなければもう一度お任せと言ってください。また別のメニューを出してくれますから」
「何でもねえ……。だったら、キャビアとトリュフとフォアグラが食いてえな。人生で一度は食べてみたいと思ってたんだよ」
「ではそのように伝えますね」
ムクロが俺の注文を繰り返し、その後自分の食べたいものも注文する。
少しだけ料理に期待しながらも、鉄の扉が開くのか否かを俺は注意深く見守っていた。




