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「南方さんお早うございます。この少しいかつい人は津山睦雄さんと言って、昨日からここに棲むことになった新たな居住者です。まだここでの生活に慣れていないようですので、親切にしてあげてくださいね」
「……は、初めまして。津山睦雄だ。宜しく」
「………………」
ムクロの声が聞こえていないのか、それとも俺のことを覚えていて無視しているのか。どちらかは分からないが、左手に持った本に目を向けたままピクリとも反応しない。
一切反応がなくどうしていいか分からないため、暇つぶしに容姿をチェックしておく。
年齢は十五歳くらいだろうか。前回会った時は目につくと同時にぶん殴ってしまったためよく見ていなかったが、かなり美少年と言える顔立ち。ただ、髪はかなりぼさぼさで、清潔感とは無縁な様子。また、こんな日の当たらない場所にいるにもかかわらず、肌は小麦色に焼けている。本を読んでいる姿からインドア派かと考えていたが、ここに来る前はそうでもなかったのかもしれない。
幸いにというか、ムクロのように見た目からしてヤバすぎる人物ではないようだ。もちろん芥川の例があるから、一切の油断はできないが。
しばらくそうして観察を続けていたが、一向に本から目を離す気配がない。俺はしびれを切らして、無理やり南方が読んでいる本を取り上げる。南方は一瞬その行為に苛立ちを覚えたらしく眉間にしわを寄せたが、すぐに本棚から新たな本を取り出して読み始めた。
その態度に余計イライラが増した俺は、もう一発ぶん殴ってやろうかとこぶしを振り上げる。と、南方が本を閉じてこちらを睨んできた。
「君は昨日に続き今日も僕の読書を邪魔するつもりか。何の権利があってそんなことをするのか理由を説明してくれないか」
年不相応なかなり大人びた話し口調。
こちらに気づいていたことに驚きを覚えつつも、相手の態度に対抗すべく凄んだ声で言い返す。
「理由も何も、挨拶に来た人間を放って読書してる無礼者にとやかく言われる覚えはねえな。俺たちの存在に気づいてたんなら、一度本を読むのをやめて挨拶を返すのが礼儀ってもんじゃねえのか」
「挨拶も何もなしに殴りつけてくるような無礼者にそんなことを言われる筋合いはないんだが」
……やっぱり俺のこと覚えてたのか。
腫れた頬を押さえながら睨み付けてくる姿を見て、何も言い返せず黙り込む。そんな俺の様子を不思議に思ったのか、ムクロがうつろな瞳で「殴ったんですか?」と聞いてくる。
気まずさから何も言えずに黙っていると、南方は本に目を戻しつつ言った。
「これで用が済んだのなら帰ってくれ。仮に用が残っていても君みたいな無礼者に答えることなどにもないが。それからその本は君にあげるよ。読むなり捨てるなり自由にしていい」
そう言ったきり再び本の世界に没頭し始める。
今回ばかりは俺に非があるのは明らかなため、相手の指示に従うほかない。会話したかぎりドクロ女同様かなりまともな部類に思えたため、友好的な関係が築けなかったのはかなりイタイ。
ストレス発散のためとは言え、今度から無関係な人を挨拶もなく殴りつけるのはやめよう。
そんな決意と共に、本日一人目の挨拶が終了した。




