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「それで、まず紹介してくれんのは誰なんだ。一人目からあんまヤバい奴は勘弁してほしいんだが」
「睦雄さんが仰るヤバい奴がどの程度の人を言うのか知りませんが、たぶん大丈夫じゃないでしょうか。南方さんは基本無口で大人しい方です。ここに来てからまだ一カ月程度で、ほとんど交流は無いのですが、立って本を読んでいる姿はとても凛々しいですよ」
「ヤバい奴ってのはお前のことを言ってるんだけどな」
「今、何か言いましたか」
「いや、なんも言ってねえぞ」
うつろな瞳で顔を覗き込んでくるムクロ。
表情からは何を考えているか分からない分、怒らせるような発言をするのはどこか怖い。
俺は隣にいる化け物とやや距離をあけながら、今の状況にため息をこぼした。
――昨日の経験を踏まえ、俺はこの異常地帯を一人で歩くのは危険だという結論に達した。そこで考えたのが、毒を以て毒を制す作戦だ。まあ要するに、この異常地帯を三年も生き抜いてきた化け物を連れて歩くことで、別の化け物が現れたら盾になってもらおうという作戦だ。
デメリットの方が多そうだがこの際目をつぶる。また他の奴と話している際に邪魔されても困るし、何より芥川みたいなのとまた出会うかと思うと、恥ずい話一人じゃ心細いのだ。
そんなわけで、俺がここから無事に脱出するまで利用させてもらうことに決め、ムクロを連れて歩くことに。手始めに昨日は断った他の居住者への紹介を行ってもらうことにしたのが、今この瞬間だ。
俺はムクロに目を向けないようにしながら、小さな声で南方とやらの情報をまとめてみる。
「取り敢えず、一カ月程度だっていうならそこまで化け物ってほどでもなさそうだな。無口で大人しい読書家ってのはここにいる人物としては似合わなそうだが――ん? 立って本を読んでる奴? それってどこかで見た気がするんだが」
「何をぶつぶつと言ってるんですか睦雄さん。ほら、南方さんを見つけましたよ。あれです。本棚の前で立ってる人。あれ、顔が腫れてますね。誰かに殴られでもしたんでしょうか」
「あいつ……やっぱり知ってるな。というか俺が最初にぶん殴ったやつ……」
「なんでUターンしようとしてるんですか? ほら、紹介してあげるのでちゃんとついてきてください」
逃げようとした俺の腕をつかみ、ムクロは南方に近づいていく。
相変わらずの謎の強制力。
俺は抵抗することもできず、ずるずると引きずられていった。




