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完全に顎を捕えた俺の拳は、そのままネズミ男を五メートル近くぶっ飛ばした。
受け身を取ることも無く勢いよく床に叩きつけられた男は、そのまま立ち上がらず完全に動きを停止した。おそらく脳まで衝撃が伝わり、意識を失ったのだろう。
しかし、一発カウンターをくらわせた程度で俺の怒りは収まらない。理不尽に続く理不尽の連続に、俺の理性はもう崩壊寸前だったのだから。
殴られた衝撃でフードが外れ、素顔をさらしたネズミ男。もう百発は殴ってやると思いその顔にこぶしを振り上げる。だが、一切の手加減なく振り下ろしかけたその拳は、そいつの目から涙が流れているのを見て動きを止めた。
気絶しているにもかかわらず、うつろな目を開いたまま涙を流し続けるネズミ男。その顔はまだまだ幼く、中学生くらいに見える。ここにいるということはどこかしら狂った性質を持ち合わせているのだろうが、少なくとも人を殺すことに快楽を覚える狂人のようには、全く見えなかった。
どうしていいか分からず固まってしまった俺の目に、さらに驚くものが映り込む。一度小さく痙攣したかと思うと、ネズミ男の目から血の涙が流れ始めたのだ。いや、目だけでなく、耳や鼻からもたらたらと血が流れ始めた。
訳が分からずその様子を眺めていると、男はもう一度大きく痙攣した。その後すぐ出血が止まったので、俺は男の心臓に耳を当ててみた。
勿論心臓から一切音はしなかった。




