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世界が静止したかのように、音も、匂いも、立っている感覚すらも、全てがなくなる。
しかしそれは一瞬の幻想。
すぐさま世界は動き出し、目の前の女は口から血を吐き出した。
ドクロ女は何が起こったのか分からない様子で、心臓から突き出たナイフを触る。触っただけでは実感がわかなかったのか、頭を下げてそこにある物を確認した。
そこでようやく自分の身に起きたことを理解したらしい。かすれた声で、「もう、終わりか。やっぱり私って運が悪いな……」と呟くと前のめりに倒れ込んだ。
俺はその光景を、ただただ茫然と見つめる。頭の片隅では、すぐに病院に連れて行って治療しなければという思いもある。だが、ここに閉じ込められている以上病院に連れていくことは不可能。そもそも、彼女がもう助からないという確信があり、やはり体は動かなかった。
「あはははははは。殺しちゃった。殺しちゃったよ。でもまだ足りないな。もっと殺したい。殺すべきだ。殺されるべきだ。殺さないと。殺す殺す殺す殺す殺す――」
いまだ視線がドクロ女にくぎ付けになっていた俺の耳に、人の感情がこもっていないような無機質で不快な声が届く。声の主はドクロ女を挟んで真向かいに立つ、趣味の悪いネズミがイラストされたパーカーを着た男。目元にかかるくらいフードを真深く着込んでおり、その表情は見えない。ただ、彼が右手に持つ鈍色のナイフと、狂ったように繰り返す「殺す」発言から、目の前の死体を作った張本人であることは明らかだった。
俺はもう一度、男の存在を無視して今は動かないドクロ服の女へと目を向ける。
いろいろと質問には答えてくれたものの、出会ってからまだ一時間と経ってない。だからほとんど情も沸いてない。だが、唐突に、意味もなく、理不尽にその命を奪われたことを考えると――。
無視されたことに苛立ったわけではないのだろうが、ネズミ服の男がナイフを振り上げて迫ってくる。その間も「殺す」という言葉は忘れずに言い続ける。
俺は視線をそちらに移すと、心臓に向かって突き出されたナイフを躱し、男の顎を正確に殴りあげた。




