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八百万が祭る 準備不足は否めない  作者: 東東
【二章】準備に行く手を囲まれます
9/22

「みーさん、ちょっと暇になっちゃうよね? これ、こういう、絵本とかってどうかな?」

「みぃ?」

「絵のご本だよ。どう?」

「みぃ!」

「おっ、良い反応、じゃあ、ちょっとこっちに座って、これ読もうか? あ、フード、大丈夫? 読める?」

「みぃ、みぃみぃ」

「そっか、大丈夫かぁ、それじゃ、これちょっと読んでてね。俺は、あっちにあるはずの紙を読んだり、コピーしたりしないとだから」

「みぃ!」


 一体いつぶりかも覚えていないほど久しぶりに訪れた図書館は、記憶の中の古くさいイメージから脱却し、近代化に全速力で突き進んでいた。滅多に訪れない芦のような利用者を、全力で後ろに置き去りにするほどに。

 芦がみーさんの手を引いて中に入ろうとして、まず最初に驚いたのが、入り口に入ってすぐの所に設置されていた、あの、盗難防止用の音が鳴り響く機械だった。店とかで、レジを通していないで店を出ようとすると、商品に反応してけたたましく音がなり響く、あの機械。

 図書館にまさかそんな物が設置されているとは思わないので、最初、よく似ているだけの違う機械なのかと思ったのだが、しかし実際にはよく似ている同じ機械だったらしく、一体何故、そんな物が図書館に設置されているのかといえば・・・、時代の波に乗り、貸し出しや返却作業がセルフサービスになっていたからだった。

 つまり、誰かが貸し出し作業をせずに勝手に本を持ち出さないように、という趣旨の機械だったらしい。

 芦はまず、その進化に固まった。あまりに固まっているので、手を引いているみーさんが不思議そうに握っていた手を引っ張るほどに。しかしそのみーさんの反応でどうにか我を取り戻した芦の目に映ったのは、またしても芦を過去に置き去りにするような図書館の変化だった。

 棚に収められた本、貸し出し等のセルフサービス機、テーブルと椅子が並べられた閲覧スペース、それに・・・、パソコンが並べられたスペース。


 ・・・図書館って、本とか新聞がある場所だったよな?


 視界に入った並ぶ機械に、芦は図書館という施設における自分の認識を改めて確認し、その上で今、視界に映っているものはパソコンはパソコンでも、職員が使う、何かの作業用パソコンに違いない、と判断した。やけにきっちり並んでいるが、きっとそうに違いない、と。

 しかし辛うじて芦が自分の中に見つけた結論は、芦が自分の視界に映してしまったモノの所為で、あっさりと覆される。芦が少しだけ上向けた視線の先、並んだパソコン達の一角に掲げられた文字。『パソコン利用コーナー』、というそれ。

 利用コーナー・・・、つまり、利用してよいコーナー・・・。

 芦は、時代の流れに取り残された自分を強く、強く意識して、そして見えてしまったモノからそっと目を逸らした。今は、時代の流れを追いかけてる場合じゃない、自分はもっと別のモノを追わなければいけないのだから、と。

 そうして逃げ続ける限り、時代の流れに追いつく日が来ない、という点には目を背け、芦は初めての場所に興味津々なみーさんの手をしっかり握り締めたまま、自分が向かうべき場所へ向かったのだった。


 最初に探したのは、みーさんが興味を惹きそうな絵本で、次に探したのは、人気の無い場所だ。


 色んな衝撃を受けながらも、芦は道々、考えていたことを全て放棄するまでには至っていなかった。まずはみーさんが辺りを楽しく歩き回らないように絵本か何かを与えること、それを落ち着いて読んでいられる、人気が無い場所を探すこと、それから資料を集めて、みーさんの様子を見守りつつ作業をすることだ。

 脳裏で描いていた簡単といえば簡単な手順をなぞりながら、まずは向かった低学年のコーナー、そこには当然、今の時間帯に利用者は一人もいなかった。

 何となく、一般的な社会から逸脱してしまった寂しさを覚えつつ、まだきょろきょろしているみーさんの手を握りながらも、颯爽と何冊か、選び取ってから、閲覧スペースに向かおうとして・・・、辺りを改め見直せば、本当に、本当に人気が無かった。

 しかしもう少し先へ視線を跳ばすと、ちらほらと人はいて、他人のことを言える筋合いはないが一体この時間帯に何故いるのかと不思議に思えるような中高年、おそらく暇を持て余しているのだろう老人が、閲覧スペースや並んでいる本棚の間に点在している。

 そして少し離れた一角には、カンファレンスと書いてあるカウンターがあって、職員であろう女性が一人、パソコンに向かって何かの作業をしている。

 更に視線を巡らせると、すぐ近くにコピー機があり、そのすぐ傍には資料の検索に使うのだろうパソコンが複数並んでいるのだが、使用者はいない。そして視線を今いる、低学年コーナーに戻せば、コーナーを囲うように少し低めのパーテーションがあり、それでいて、おそらく付き添いの大人を想定しているのだろう、その囲いのすぐ傍に、明らかに大人用のテーブルと椅子も用意されている。

 ・・・どう考えても、この一角が今、一番人気がない場所だった。そしておそらく、これからも、暫くの間は一番人気が無いだろう場所でもあった。つまり、選択する必要すら無く、答えは決まっていたわけで。


 芦はこの場所に勝負をかけることを、その瞬間、決めたのだった。


 パーティションのすぐ傍、なるべくひと目がつかない場所にみーさんを座らせて、絵本を持たせると、興味津々で絵本を捲り始めたみーさんを視界の片隅に置くようにして、芦は検索機へ向かった。

 それから予め相談済みのワードを入力し、検索して・・・、その時、芦の脳裏に横切ったのは、みーさんの仲間の神様を探した時の記憶だった。探しても探しても、丁度良いワードが見つからない、どれが正しいのか分からない、そんな状態でただ時間だけが虚しく過ぎ去っていった、あの時の再来になるのではないかと、漠然と心配していたのだ。

 一個人のインタビューの捜索、しかも社会的に何か有名なわけでもなく、地域限定で有名人、但し、その地域の中でも、知っている人は知っている、という感じの有名人だ。

 なんせ、芦や井雲は知らなかったし、井雲だって、会社の件がなければ知らなかったというくらいなのだから、知っている人の方が限られているだろうそんな人を探すなんて、途方もない労力が必要なのかもしれない、と思っての検索だったのが・・・。


「・・・何故だ?」


 何故か、やたらと簡単に見付かってしまった。しかもこの間の検索とは違い、疑いようもない検索結果だ。なんせ、フルネームでしっかりヒットしているのだから。

 最近の図書館の検索機も時代の波に完全に乗り切っているらしく、芦の記憶にあるようなタイトルだけの検索以外にも、大まかな内容で検索が出来るようになっていた。その為、内容検索で検索してみたところ・・・、インタビュー記事のタイトルが見事にヒットしてしまったのだ。それも、複数件。

 正直、やたらと簡単に出来てしまった検索に、芦は喜びよりも先に戸惑いを、そして戸惑いの後には疑いを覚えてしまう。戸惑いは勿論、簡単過ぎる、という理由のもので、疑いは・・・、これはもしや、何か他の、超常現象的な力が働いている結果なのではないか、という疑いだった。あの土地が、探している死者のものであるように。

 そうなると、これはみーさんの力で見つかってしまったのだろうか、という疑問が一瞬、頭を横切ったが、芦はそれを振り切って、見つけた資料が納められている場所が印字されたプリントを出力し、それを持って、資料を探しに向かう。

 勿論、常にみーさんがいる辺りが見える位置をキープしつつ。

 もしみーさんの力でこんなにも簡単に資料が見付かっているのなら、同じくらい簡単に、あの時のネット検索でみーさんの仲間の神様が見付かれば良かったのに、なんて考えを、何度も、何度も振り払いながら。


 結局、目当てのモノを探し出し、目当てのページをとりあえず印刷しまくって、颯爽とみーさんの元へ戻るまで、四〇分程度で済んでしまった。


「・・・やっぱり、何か、俺以外の力を感じるかも」

「みぃ?」

「ううん、何でもないんだ・・・、いや、何でもないっていうか、もしかして、みーさんのおかげなのかなぁ・・・? そうだったりする?」

「みぃ・・・?」

「うん、そっかぁ・・・、そうだよな、いつもみーさんがやってくれる時は、一応、やりましたよって主張してくれるもんなぁ・・・。ってことは、みーさん以外の誰かなのかなぁ・・・」


 印刷したばかりの紙の束を持ちながら、とにかくみーさんの元へ急いで戻れば、みーさんは渡した絵本のうち、二冊目を開き始めてるところだった。

 薄い絵本を読破するのに四〇分近くかかるというのは大分遅いように思えたが、一ページ捲って絵を眺めるだけで、とても時間をかけて楽しげに隅々まで眺めている様子に、相当興味深く、時間をかけて丁寧に読んでいたからなのだと分かって、それはそれで微笑ましいと思えて別によかったのだが・・・、ただ、芦は自分の手が握り締めている紙の束の存在が、どうしても微笑ましく思えずに、つい、どうしよもない呟きを漏らしてしまうのだった。

 勿論、その呟きにみーさんが具体的に答えることはないのだが、それでも呟かずにはいられない心情が、そこには確かにあるのだ。虚しく哀しい、笑みとともに。

 そうして、芦は想像以上に短時間で図書館を後にすることになる。読み終わっていない絵本を離しがたそうにしているみーさんの為に、人生で初めてセルフサービスの貸し出しを行い、時代の進化に思った以上に感動して。

 芦は、数冊の絵本と紙の束を片手に、もう片方の手でみーさんの手を引きながら、帰路に着く。みーさんと帰る道すがら、再び誰も見かけない町中の様子に、感じたばかりの感動が押し潰されるほどの諸々を感じながら・・・、もしかして、これはここが都会の端だからとか、実は都会じゃないとかいう話ではなく、みーさんの力のおかげで人に会わないんじゃないかという、多少の希望を持ちながら。

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