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八百万が祭る 準備不足は否めない  作者: 東東
【二章】準備に行く手を囲まれます
6/22

「僕の、所為です・・・、僕が、父をきちんと監視しきれなかったから・・・、その所為で、みーさんはあの地を追われて・・・、」

「・・・おっ、落ち着けっ! とりあえず落ち着いてからにしよう! 全てはそこからだから!」

「そっ、そうだって! 大丈夫だよっ、うーさん! 親がしでかしたことの責任を子供が負うなんて変だからっ、なんだか分からないけど、うーさんは悪くないから!」

「・・・ふふふ」

「うーさん!」

「気を確かに!」


 宇江樹の震える唇から零れた台詞は、事情説明が完全に欠落していながらも、妙にはっきりと状況が分かるものだった。

 そしてその何も分からないのにやたらと分かり易いそれを口にした宇江樹の身体は、正座をしながらも何故か前後に揺れ、それに伴い、頭がぐらぐらと前後に振られてしまう。

 はっきりと、ホラーだった。よく、何かに取り憑かれた人とか、幽霊とかがする動きだったのだ、それは。芦と井雲は、ホラーが苦手だった。別に心霊現象を真剣に信じているとかではないのだが、絶対にないと言いきるだけの信念も持てない、たぶんないんじゃないの? 程度しか思っていないタイプなので、信じてはいないが出来たらその手の話や場所は避けたい、と願っているタイプでもある。

 だからこそ、目の前で発生したリアルホラーに、恐怖が一気に全身を駆け抜けた。取り合っている手に、思わず、爪が食い込むほどの力が入るぐらいに。

 しかし同時に、彼等は決して忘れることはなかった。今、目の前でリアルホラーを繰り広げている人が、自分達の大事な仲間であること、そして同時に、彼をリアルホラーにしてしまったであろう事象が、自分達にも絶対に関係している何かである事を。

 縋る、というよりは、一人だけ逃げ出すのは許さない、という意思で握り合ったその手は、決して離れない誓いのように尚も絡み続けていた。しかし決して離れないかと思われたそれも、井雲と芦が交互にかけた台詞の後に響いた、壊れたような笑い声で今までの強固な繋がりが嘘のように離れる。

 勿論、離れた先に伸びた手が掴むのは、壊れた笑い声を零した宇江樹だ。井雲が両手でがっしりと宇江樹の肩を掴んで前後に揺すったかと思うと、芦がその左腕に縋って、遠ざかりそうな宇江樹を必死に呼び戻す。

 宇江樹は、遠い目をしていた。もっと言えば、視線が定まっておらず、このまま今までにも何度か宇江樹が旅立ちかけていた彼岸に本格的に移住をしてしまうのではないかと、そんな危機的状況の中で・・・、やはり最後に人間に救いをもたらすのは、いつだって『神様』なのかもしれない。


「みぃ・・・?」

「あぁっ! だっ、大丈夫です! まだっ、僕はまだっ、旅立つわけにはいかないんですものね! 償わなくてはいけないことが、まだ・・・!」

「いや、えっとぉ・・・、戻って来てくれたことは単純に嬉しいんだけど、あの、たぶん、うーさんには償わなきゃいけないようなこと、ないと思うぞ?」

「ってか、みーさん、ご飯食べ終わってたんだね・・・、あ、でもみーさん、テレビ、始まったみたいだよ?」

「みぃ!」


 三人の『神様』、みーさんの声が、完全に壊れかけていた宇江樹を元の場所に呼び戻してくれた。いつの間にか弁当を食べ終わり、そしておそらく、偶々テレビがコマーシャルになってしまった為、みーさんの気を惹くモノが一時的にない状態だったのが、主な理由だろう。

 何もなくなってしまったみーさんは、当然、すぐ傍で大騒ぎをしている三人の様子に気づき、視線を向けると、そのうちの一人に他の二人が取り縋っているのだから、何だろうと思うに決まっているわけで。

 知らぬ間に近づいていたみーさんは、純粋な疑問と興味から彼岸に半ば両足を入れかけている宇江樹に向かって、一声、その鳴き声を向ける。主張が薄い、微かな声。

 普通、これだけ騒いでいればその騒ぎに掻き消され、聞こえないだろうそれは、しかし三人にとってはどれだけ騒いでいても決して聞き逃す類いのものではなかった。そして耳に入れば、すぐさま反応せずにはいられないもので。

 勿論その例外ではない宇江樹は、踏み入れかけていた彼岸を蹴り飛ばしてすぐさまこの場に帰還する。それはもう、最高な速度での帰還ではあったが、勢い余って土下座をせんばかりの状態にもなってしまい・・・、宇江樹のその様に、井雲はとりあえずこのままだと本当に行われそうな土下座を阻止し、芦はみーさんの注意をコマーシャルが終わったテレビの方へ再び向けさせる。

 万が一、土下座を宇江樹が始めてしまった場合、その哀れな姿を見せない為に。

 幸い、再開されたテレビ内容はみーさんの興味を惹くモノで・・・、つまり芸能人の醜聞で・・・、みーさんは嬉しそうにテーブルの特等席、テレビ画面正面に位置する場所に戻っていった。

 芦はそんなみーさんをテーブルまで送りつつ、再び注意が逸れないようにと今日も無事、確保出来た食後のおやつ、コンビニの廃棄で出た杏仁豆腐をスプーン付きで差し出して、蓋も取ってみーさんに勧めると、本当に嬉しげな笑顔と元気な返事が返ってきて、芦の胸は温かさに和らいだ。

 よかった、杏仁豆腐を持って帰ってきて、と自分の行動を自画自賛しつつ、ほっと息をつく数秒。持って帰ってきたモノが相変わらず廃棄物であることや、彼岸から帰還してきた宇江樹から、もしかすると自分も彼岸に旅立ちたくなるのかもしれない話を聞かなくてはいけないのだという決定的な未来から、その数秒間はなかった振りをした、芦だった。

 ・・・しかしその数秒が終わった後には、芦は静かに移動を開始する。開始、するしかなくなる。これから先、どんな話を聞く羽目になっても、聞かないで何か、とんでもない事態が起きるよりはマシだろうから。


 宇江樹は、とりあえず焦点が結べる程度には復活していた。・・・その程度の状態を、『復活』と評して良いのかどうかは別にして。


「取り乱して、すみませんでした・・・」

「いや、別に・・・、」

「というか、僕、取り乱しすぎですよね、いつもいつも・・・、なんか、迷惑ばかりかけてしまって・・・」

「うーさん! そんなこと、気にしなくていいんだよ! 俺達、仲間じゃん! な? いっくん!」

「おう! 勿論だって! っていうか、うーさんが取り乱す原因は、俺達自身にも関わる事なんだから、一人で責任感じることなんてないんだよ!」

「そうそう! いっくんの言う通り!」

「・・・あり、が、とう・・・、ござ、います・・・」


 焦点が結べる程度、つまりはそのくらいは落ち着きを取り戻し始めていた宇江樹は、井雲と芦が交互に口にする必死のフォローに、早くも落ち着きを失いかねないほど感激に身を震わせ、声を詰まらせ、せっかく結べるようになり始めていた焦点を涙でぼやけさせ始めた。

 ともすれば、そのまま再び同じ状態が繰り返されそうな様子に、芦と井雲は色んな意味で身構えたが、幸いにも、状況はどうにか現状に留まり、少しずつではあるが前進を進めていく。その前進の先が一体どんなモノであるのかは、別として。

 宇江樹は、一度言葉を切って深呼吸をした。目を瞑り、何かの精神統一でもしているかのような真面目な深呼吸。芦と井雲もまた、宇江樹の様子につられたように深呼吸をして、気を落ち着かせようとする。それは今から告げられるであろう言葉の衝撃に堪える為の準備だ。

 いつだって、その程度の準備では到底しきれないほどの衝撃を覚えて撃沈するのだが。

 ゆっくりと、本当にゆっくりと宇江樹は深呼吸を終えて目を開いていく。それと同時に、芦と井雲の緊張は高まる。心音が自分達の身体の中に響き渡り、他の音が聞こえなくなるほど大きくなってるのに、何故か宇江樹の言葉を遮ることはないのが分かっていた。

 むしろ、他の音を聞こえなくさせることで、宇江樹の言葉に集中させようとでも言わんばかりのそれに、芦達は自分達の中で聞こえる音でありながら、その音を疎ましく思う。どうして他の雑音くらい聞かせてくれないのかと。


「・・・調べたんです、あの土地のこと。それで、現在の所有者、分かりました」

「おっ、おぉ! そっか、あのっ、忙しいのに調べてくれて、ありがとうな!」

「流石うーさんだよなっ、足や俺じゃ、とてもそんなこと、調べられないし!」

「だよな!」

「影沼霜次郎さん、という方でした」

「かげ、む・・・?」

「影沼、霜次郎さん、です」


 妙に落ち着きすぎた淡々とした声で、宇江樹は静かに語り出す。しかしその淡々とした様が余計に怖い芦と井雲は、何かの恐怖を振り払うように陽気な声で宇江樹を絶賛するのだが、宇江樹はそんな陽気さ、一切伝わっておりませんとでも言わんばかりの様子で、尚も淡々と話す。

 そうして出された名前は、聞いただけでは具体的に名前の漢字もイメージ出来ず、それどころか芦は聞き取ることすら出来ず・・・。

 宇江樹は、一度、芦の聞き間違いを訂正しつつも、近くに置いてあった自分の鞄からメモ用紙とペンを取り出し、その名を二人に分かるように書き示す。言葉だけではなく、文字にしてまで理解を求めるその丁寧さは宇江樹らしかったが、その宇江樹らしさすらそこはかとない恐怖を感じずにはいられない、芦と井雲だった。

 何となくなのだが、嵐の前の静けさ、しかも自分達は巻き込まれる側ではなく、一緒に嵐となって騒ぎ出す側になるという確信めいたモノを抱かずにはいられなかったからだろう。

 そしてそれは正しい予感でしかなかった。


「もう・・・、亡くなっています。数年、前に」


 ・・・宇江樹の、淡々としているのにどこか虚ろなその声を、芦達は数秒、理解が出来なかった。ただ、理解出来ない言葉が耳から入ってきたという認識だけは出来ていて、入り込んだその言葉を咀嚼する為に、何度も慌ただしく瞬きが繰り返される。

 現実を、その理解不能な言葉を発した友を理解する為に、何度も、何度も。

 繰り返される行為の果てに、一応の理解は訪れたのかもしれない。言葉自体は、間もなく芦達の理解に到達した。土地の持ち主が、あのみーさんのお堂があった土地の所有者が、死んでいる。つまり、そういうことを言われたのだと。死んでる、そう、現在の所有者が・・・、


『現在』の所有者が死んだ人、


 ・・・言葉の理解は、出来た。ただ、言葉の理解が出来た途端、他の全てが止まってしまう。理解出来た言葉が孕む矛盾を、理解出来ないながらも理解してしまったからだ。その理解が、芦と井雲をそこから先の思考へ行かせまいと足止めしていて。

 二人の沈黙の重みを、当然、宇江樹は理解していたのだろう。固まってる二人に哀しげな眼差しを向け、ともすれば傷ましげにすら眼差しで沈黙を数秒、生んだ後、それでも意を決したかのような気配を纏いながら更なる続きを口にする。

 その先に続く言葉が、芦達を更なる混乱へ向かわせることを承知はしていたが・・・、口にしないでこの時を終わらせる事もまた、出来ないと痛いほど分かっていたからだった。


「実は僕・・・、この名前に覚えがあって・・・、」

「えっ?」

「マジでっ?」

「はい、知ってたんです。だから・・・、もう亡くなっているはずだなって、それも分かっちゃって・・・」

「そ、れって・・・」

「まだ、ご存命だった頃・・・、父が、この方と関わりがあって・・・」

「うわぁー・・・」

「嫌な予感が・・・」

「・・・この間お話しした、今の会社の土地の、前の持ち主でした」


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