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八百万が祭る 準備不足は否めない  作者: 東東
【二章】準備に行く手を囲まれます
5/22

 二歩進んでは三歩下がる、そんな状態に陥っているのではないかと現状を疑ったのは、おそらく、三人の内の誰かとかではなく、三人ともだったのだろう。


 何度も堂々巡りを繰り返した後、ようやく今後の方針、つまり実行に移すべき具体的な行動が決まったのは一時間後のことで、いざ行動に移そうにも、そろそろ夕飯の時間帯です、という頃だった。

 幸い、芦のバイトは休みの為、三人でのんびりと夕食を取った後、とりあえず人間三人に小さな神様を加えた時間は一旦の終わりを見せ、最初に宇江樹が帰宅につき、それから更に一時間ほどして、井雲が隣の自分の部屋に戻っていく。そして深夜のコンビニバイトがないので、久々になるみーさんとの夜を一緒にのんびりと過ごした。

 色んな問題は多々あれど、それでも可愛いみーさんとワイドショーがもう流れない時間帯にのんびり共にいられることは、芦にとって喜ばしい時間で、それはそれで全然構わなかったのだが・・・、問題は、その更に後の展開だった。

 宇江樹がみーさんのお堂があったあの草木が茂りすぎている場所の正式な所有者を探している間、芦と井雲は暇を見ては黒い蛇の神様の情報を集める。

 これが簡単な当面の方針で、宇江樹が頑張っている間、自分達も出来る限り頑張ろうという気持ちの元、二人はネットの海を必死で渡った。・・・が、最初に探した時と同じように、大した収穫はない。

 黒い蛇でも、良い神様もいればあまりそうでもない神様もいるようなのは確かだが、その話の真偽のほどが相変わらず良く分からない上に、じゃあ良い神様でもどの神様が良いのかとか、その辺りがいまいち判断がつかないのだ。

 それぞれの神社仏閣の由来とされてる話がどの程度、真面目に捉えるべきなのか、そもそもネットに書かれている由来は本当にその神社仏閣の正しい由来なのか、そういった事が判断出来ない。

 しかしある意味、ネットで大した収穫がないのは、想定内でもあった。ある程度情報を収拾しておけば、色々これから調べて分かっていく中で、結局その収拾した情報の中で正しいものが本当はどれなのかが選べるかもしれない、その程度の期待値で取っていた行動だったからだ。

 ついでに言えば、宇江樹が正社員という責任ある立場で仕事をしているその合間に更に土地の持ち主を探す、なんて頑張りを見せている間、何もしないでいるのは申し訳ないという精神で取った行動でもあったので、とりあえず何か行動出来ていればある意味、満足でもあったのだ。

 ・・・そう、芦と井雲の行動と、その結果はだから想定内で、別になんてことはない。問題は、宇江樹の行動の結果だった。彼の誠実な行動は、想定外の結果をもたらしてしまったらしく、与えられるダメージは、せっかく前に進めた足を、進んだ以上に引き戻させるような衝撃を彼等に与えてしまうのだ。

 特に、その結果をもたらす行動を取ってしまった、宇江樹に。

 顔面蒼白で、青息吐息の、全身を小刻みに震わせた、何故まだ死んでいないのだろう、っていうか生ける死者ですよね、もしくはただの死者が動いている状態ですよね、という感じの宇江樹が芦宅を訪れたのは、三人が話し合いの後別れてから丁度一週間後だった。

 芦のバイトは休みの曜日が決まっており、一週間前も休みだったその日は、勿論一週間後も休みで、ついでに言えば芦がバイトが休みの曜日は世間一般がお休みのことも多い、土日、社会人である宇江樹も休みの曜日でもある。

 ついでのついでに言えば、井雲のバイトはシフト制で休みの曜日が一定ではないのだが、人手が足りないのが平日であることが多い関係上、土日は比較的シフトが入っていないことが多かった。たとえば、先週やその日のように。

 バイトがなければ芦宅に集まる、これはみーさんがやってくる前からの井雲の習慣で、主な理由は暇だからと、芦が持ち帰る廃棄弁当により食費節約の為だ。今はそれに加えて、みーさんのお世話を一緒にする、という名目もある為、当然のように芦の部屋で芦と二人、寛ぐ予定だったのだが・・・、その日は、集まった瞬間から、そういう雰囲気は一切無かった。

 理由は簡単、二人が揃う直前に入った、宇江樹からのメール連絡が理由だ。


『今日、伺います。僕を、許して下さい』


 日曜日の平和な朝の空気は、二人に届いたそのメールで完膚無きまでに壊れ去った。井雲はとりあえず、取るも取らずに芦の部屋、つまりお隣に駆け込んだわけだが、そこには座ることも出来ずに立ったまま動揺している芦がいて、部屋に駆け込んできた井雲と声を掛け合うより先に、手を取り合う。

 向かい合って、決してこの手を離さない、と誓わんばかりの情熱で。

 その様を、手に手を取り合い困難に立ち向かおうとしている美しい友情の発露と見るか、自分だけを残して逃がしはしない、とんでもないことが起きるなら道連れだと胸の内で誓う醜い保身の発現と見るかは、意見が分かれるところではあるが。

 しかしとにかく、まるで相撲の取り組みでも始めるのかと思えるほど向かい合ってがっしりと手を取り合ったまま、静止画像のように固まってしまった二人は、もし何もなければ永遠にそのまま静止し続けていたのかもしれない。ただ、いつだってこういう場合、時間は都合良く動き出すものなのだ。他からの、何らかの要因で。


「みぃ?」

「おぉっ! ごめんっ、みーさん! お弁当温めるんだったね!」

「おい! ちょっと待て! まだみーさんに朝ご飯、あげてないのかよ!」」

「いやっ、日曜日はいつも少し遅くまでのんびり寝ているんだって! だからいつも今くらいから朝ご飯なんだよ!」

「じゃあ早くっ、とにかく先に朝飯! ついでに俺のも!」

「いっくん・・・、あのね・・・」

「別にいいだろ、いつもの事だし。大体、この間俺の財政危機を思い知ったばっかりなんだから、飯の件でぐだぐだ言うなって」

「弁当分けるのがどうだって言っているんじゃなくて、・・・まぁ、いいんだけどさ。つーか、あの財政状況持ち出すなよ。泣くだろ。ってか、ほら、とりあえず温めるから、弁当、選べよ」

「おーう」


 与えられた呪縛の解除、その鍵を持っていたのは、一向にお堂への帰宅の様子がないみーさんで、いつの間にか近くに寄って来て、芦と井雲、二人の服の裾を小さな手で引っ張っていた。円らな瞳を、向けて。

 紫色のその瞳が視界に映った途端、二人の取っ組み合いは即座に終わりを告げる。

 いつもより少し遅めの朝食を取る気満々で弁当を冷蔵庫から取り出してあった事を思いだし慌てる芦と、てっきりいつも通りの時間にもう朝食を取り終わっているものだと思い込んでいた井雲の激しい突っ込みが繰り出されながらも、動き出した時間によって二人は当面の問題解決に乗り出す。つまり、朝食の準備だ。

 井雲は芦の今日の収穫、廃棄弁当の中からみーさんと同じ唐揚げ弁当を選び、芦は既に選んであった自分の朝食、焼き肉弁当と共に、順番に電子レンジで温めていく。

 その間、井雲はテーブルを布巾で拭いて、芦が用意したコップに、それぞれの飲み物を注ぎ・・・、最初にみーさんの唐揚げ弁当が温め終わった段階で、井雲が蓋を開け、熱いから気をつけるようにという注意を口にしながら、みーさんに割ってあげた割り箸を持たせる。

 お腹を減らしたみーさんを待たせるのは悪いので先に食べさせてしまうから、三人揃っての食事前の挨拶はない。礼儀といて、それはどうだろうという話題が上がったこともあるのだが、よく考えたら神様と一緒に『いただきます』もないだろうという結論に達した為、今もって温め終わった順で食事に突入するスタイルが保持されている。

 温めるのが芦なので、みーさん、井雲、自分の順番で弁当は温められる。その為、いつも最後になる芦が自分の弁当を手にテーブルに座り、端を中身に突き刺した段階で、予定調和として井雲と視線が絡んだ。

 二人とも、先ほどの取っ組み合いを忘れてはいない。というより、その切っ掛けとなったメールの文面を覚えている。あの、どう考えても限界ギリギリの文面を。


 間違いなく、拙いことが起きている。宇江樹の身に、そしてそれがやがては自分達の身にも。


 思い詰める性質を持つ宇江樹が謝罪までしている、許してくれと請うている、それが芦達の恐怖を誘っていた。芦も井雲も何も分からないこの状況でも断言出来ることなのだが、おそらく、宇江樹は何も悪くないのだ。

 ただ単に、負わないでいい責任を何故か負ってしまっているだけなのだろう。そして、そんな哀れな宇江樹を責めるような事態は絶対に起きないと、それだけは断言出来る。出来る、のだが・・・、それ以外が、何も分からない。

 絶対に、気が遠くなるような事態が起きているに違いないのに。

 弁当の中身を口に詰めながらも、芦と井雲は間もなく訪れる時間に対する恐怖で思考を完全に占められていた。同時に、それだけの恐怖を感じながらも危機的状況を具体的に目の前に提示されない限り現実感を持ちきれない現代の若者である二人は、その恐怖に占められている思考とは別の所で、実は二人揃って同じことを考えてもいた。

 廃棄弁当だろうと何だろうと、やっぱり肉は美味い、とか、とにかく急いで食べ終わっておかないといけない、だって宇江樹が来たら食事を永遠に中断する羽目になるかもしれないんだから、とか。

 あらゆる事に深刻になりきれない世代の二人組は、一週間分の芸能ニュースを纏めて垂れ流している番組を楽しげに見ながら食事をしているみーさんを余所に、半ば必死の形相で弁当の中身を消費していた。来るべき瞬間に備えて。

 そして、その瞬間は丁度、二人共が食事を終えた瞬間に訪れる。過剰なほど気を遣い、その気遣いをしすぎる所為で死期を早めているのではないかと思うほどの宇江樹らしいタイミングで運命のチャイムを鳴らした後、部屋に入ってきた宇江樹は・・・、


 顔面蒼白で、青息吐息の、全身を小刻みに震わせた、何故まだ死んでいないのだろう、っていうか生ける死者ですよね、もしくはただの死者が動いている状態ですよね、という状態だった。


 こら、駄目だ・・・、というのが、部屋に入った途端、ふらつきながらへたり込んだ宇江樹を見た途端、芦と井雲の二人共が抱いた決定的な判断で、それは火を見るより明らかという表現を通り越し、火に身投げするより明らか状態で、とにかく一度、静かに目を伏せるしかなくなる。

 つまり、直視出来ない状態だったのだ。

 二人は、物も言えないほどのダメージを受けて俯いている宇江樹の姿に、伏せて逸らした目を再び向けることが出来ない。哀れすぎて心情的にどうしても無理というのもあるし、同時に、このダメージがやがて自分達の元へとやってくるのも分かっていたからだ。

 宇江樹は、みーさんがいた土地を調べていたのだから、きっとその調査に関係していることで、こうなっている。それば、宇江樹がこうなる理由は芦や井雲にも関わる何かなのだから。

 暫しの沈黙。聞こえてくるのは明るい芸能ニュースと、時々上がるみーさんの歓声だけ。ちなみに、みーさんはまだ弁当を食べ終わっていない。唐揚げと芸能ニュースがある限りは、おそらく三人の堪え難い沈黙に気づくことはないだろう。それが良いか悪いかは別として。

 永遠に続くかと思えるほどの、重すぎる沈黙。しかしそれも永遠には続かない。三人の間によく沈黙は落ちるが、長々と続いたことは殆ど無いのだ。自分が話を切り出すのも責任を負うようで嫌がる芦と井雲ですら、何かの切っ掛けや沈黙が堪えきれずに声を出してしまうのだが、そこに宇江樹を加えると、彼の責任感が沈黙を破ってくれるからだった。

 そして今回の沈黙も、破ったのはその宇江樹の責任感で。

 項垂れたその顔をゆっくりと上げた宇江樹は、相変わらずの顔色で、唇の色が赤をどこかに置き忘れたぐらい、白かった。目は虚ろで、全身の震えも収まってはおらず、もうこれは意識が戻って来てないだろうと断定したくなるくらいだったのに、それでも彼の責任感は彼に口を閉ざし、沈黙を守ることを許さなかったのだ。

 動き出したその気配を感じて半ば反射的に顔を上げた芦と井雲の前で、動かせるほどの力が残っていたとは思えないその唇が、震えながらゆっくりと開かれて。

 焦点が、合っていないのに唇だけが動いていく、その様はもう誰がどう見ても、ホラーだった。小心者二人組が、思わず身を寄せ合い、両手をがっしりと取り合うほどに・・・ホラー過ぎた。


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