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八百万が祭る 準備不足は否めない  作者: 東東
【四章】万端に整わないのが準備です
21/22

 人間達にとって幸いなことに、みーさんの姿は車中、芦の部屋に戻る前に元の状態に戻っていた。

 それは、とても、とても幸いだった。少なくとも、人間達にとっては幸いだった。幸い、だったのだが・・・。


 幸いなのかどうか、明言出来ない変化が代わりに齎されてしまった。芦の部屋に、帰還した途端に。


「・・・可愛いよなぁ」

「・・・えぇ、可愛いです。とっても、可愛いです」

「・・・可愛いよ、そりゃ、可愛いよ。でもさ・・・、この可愛さに逃げてもいいのか?」

「・・・逃げてない、ただ、目が眩んでいるだけだ」

「・・・芦さん、その、確かにそうかもしれませんが・・・」

「・・・オマエ、どうどうと言うなよ、そういうこと」


 三人は、沈痛な面持ちで顔を付き合わせていた。丁度、円陣を組むように三人で輪を作り、その輪の内側に顔を向けている、という状態。そして、聞き耳を立てられているわけでもないのに、極力声を潜めた状態で、話し合う。話し合う、というほど建設的な話ではないのだが。

 ただ、建設的な話し合いはどうしても出来ない状況でもあった。何故なら、彼等の許容量をオーバーした事態が発生してしまってることだけは、確かだったからだ。

 人間が、それも平均的なメンバーが受け止めるには、あまりに難しい事態。三人は、無言のまま横目で伺う。楽しげで、嬉しげな様子を見せる、全てに気づかない振りさえすれば、平和的な光景を。


「みぃー!」

「かぁー!」


 可愛らしかった。果てしなく、疑いようもなく可愛らしかった。それだけは、間違いの無い事実ではあるのだが、しかしそれだけでは澄まされない事実もそこにはあって、三人はそっと目を逸らし、そのまま目を瞑り、ただひたすらに考える。瞑想にも似たスタイルで、迷走する。

 三人がこの芦の部屋で揃い、みーさんも部屋に戻り・・・、そこで起きてしまった、諸々を。


 芦の部屋に戻った人間二人の視界にまず最初に映り込んだのは、床にいる、丸くて黒い何かだった。


 ・・・もし事前に『鴉』という単語を井雲から聞いていなければ、咄嗟になんだか把握が出来ないほど、丸々としていて、しかもなんだか艶々もしていたのだが、確かに、よく見えれば紛れもなく、鴉で。

 体長は、おそらく二〇センチ程度の、とても小さい鴉で、しかも丸い。ひたすらに、丸い。羽根が艶々しすぎていて、一見、そういう癒やし系のボールなのかと思うような形態だった。

 そんな存在を前に、もう何かの条件反射的にドアをしっかり閉めはしたものの、狭い玄関に横並びになったまま、固まっている芦と宇江樹の前で、丸々としたその黒い存在は、ようやく、といった感じの、少し重たげな仕草で小さく跳ね、自らが生きていることを示すと、今まで黒一色だったその塊の中に、突如、違う色合いの黒を見せる。

 違う、というより、白い円が描かれ、その中心に、もっとキラキラした黒を見せたのだ。キラキラした・・・、円らな、黒を。


 その円らな瞳を見つけて、ようやく芦と宇江樹が自分達が見つめている存在が生きているのだと認識したのとほぼ同時に、次の変化は訪れた。


 並んで突っ立っていた人間二人の隙間を擦り抜けるように、みーさんが部屋の中に駆け込んで行ったのだ。靴を、履いたままで。

 突進して行くその姿に、靴を履いたままであることは勿論、視界に入ってはいたが、あまりに勢い良く駆け込んでいくので、誰も何も言えなかった。ただ、その行動を見つめるばかりだ。

 人間達のそんな視線を全く気にしていないみーさんは、床に鎮座する黒い、真ん丸の鴉に突進して行ったかと思うと、そのすぐ手前で立ち止まり、一度、全身を激しく震わせた。

 そして感極まったような声で、「みぃ・・・!」と一声、鳴き声を上げてから、床に膝をつき、両手を広げて・・・、必死と、その丸い鴉を抱き締める。

 頬ずりし、涙まで流しながら、喜びを体中から発して強く、強く抱き締めて。

 その姿に、人間三人は見覚えがあった。思い出すまでもなく、すぐさま脳裏に蘇るほど、はっきりと脳裏に再現されるその光景は・・・、三人の決死の大作戦、お堂運搬作戦が成功したその時の、みーさんの反応、あの、お堂に縋りついて喜びの涙を流す姿だった。

 そして、その時の光景とよく似た光景が広がっているということは、つまりそこから先の展開は、大まかな意味合い的には分かりきっているものなのだ。

 詳細は全く分からずとも、何が起こるのか分かっていなくとも、結果的に、当初の目的は全く達成されず、ただ人間にはどうにも出来ない展開が広がるだけ、というそれが。


「カァー!」


 ・・・元気な鳴き声が、大まかな意味合いで分かりきっていた展開の、始まりを告げるものだった。

 みーさんに抱き締められていた小さな黒い真ん丸の鴉の羽根がもごもごと動いたかと思うと、突如、それが抱き締めているみーさんの手を擦り抜けるように広がり、身体の大きさのわりには大きな羽根が、一瞬、羽根を広げた中身、つまり身体の部分を完全に覆って見えなくなった次の瞬間、羽根が、まるで風で散る桜の花弁のように一斉に、消え去って。

 宙に、その黒い羽根が舞ったような気がした。しかし実際にはそれは唐突に消え去った羽根に対する勝手なイメージで、床には一枚の羽根も落ちず、宙にも舞わず、ただ、羽根だけが消えたのだ。文字通り、本当に消えて。


 代わりに、そこにはみーさんという小さな神様に抱き締められている、そのみーさんより更に小さな、人間の子供に似た姿の子供が現れたのだ。


 みーさんより、頭一つ分くらい小さそうなその子供は、黒い艶やかな短髪が方々へ跳ねて、来ているものはみーさんが最初に来ていた服に似た、なんだかストリートチルドレンみたいな少し汚れた感じの灰色のコートめいた物、円らな瞳はきらきらした黒で、みーさん同様、なんだかとても無垢な愛らしさが乱れ打ち、ぐらい発揮されている子供だった。

 ・・・ので、もしその容姿がそれ以上の表現が不要であるならば、可愛らしい人間の子供、で済んだのだろう。いや、人間の、なんて注釈すら不要で、ただ可愛らしい子供の姿、だけで済んだ。

 それが済まなかったということは、それだけでは済まない表現が必要な部分があった、ということだった。

 みーさんの身体が黒く、うっすらとした鱗が見えるように・・・、その子にもまた、どうしても人とは違う点があって・・・、


 足と手の先が、思いっきり尖った爪のついた三本指だった。


 ・・・それは、完全に鴉の時の姿が残った状態で、つまりたった今、見たにも関わらず信じ切れない光景を、信じないわけにはいかない光景でもあった。三人の意識が、遠退く一歩手前いまで追いつめられる光景でもあった。

 追いつめられ、逃避しそうな人間三人の精神は、しかしギリギリのところで踏み留まる。留まりたかったかどうかは別にして、踏み留まってしまう。理由はおそらく、三人共がそこにいた所為だろう。そこにいたのが、たった一人なら間違いなく、意識は逃避していたはずだから。

 そしてギリギリ踏み留まっている三人の前で、盛り上がりがようやく一段落ついたらしい小さくも偉大な存在達は、しっかりと抱き締めていたみーさんがその腕を緩めるのと同時に、みーさんに抱き締められていた存在の視線が、三人の方に向いたのだ。

 円らなあの黒い瞳を真っ直ぐに向けて、元気そうな、愛嬌のある顔に満面の笑みを浮かべて、はっきりとした好意を、その顔に刻んで。

 ゆっくりと、立ち上がろうとしたのは分かった。両手を、あの三本の指を持った手を床について、同じく三本の爪を持った足で踏ん張って、お尻を上げ、次に頭を上げようとしたのだから、たぶん、そこから上半身を持ち上げて、立とうとしたのだろう。


「みぃー!」

「カァ・・・」


 手を離すことが叶わず、思いっきり顔面から倒れ込んでしまったが。

 それは、ちょうど人間の赤ん坊が立ち上がろうとして、失敗した光景によく似ていた。立ち上がれそうで、まだ立ち上がれない年齢の赤ん坊に。だからこそ、三人はすぐさま、察してしまう。

 この小さな存在が、個体としてみーさんより身体が小さいのではなく・・・、本当の意味で、まだみーさんより小さい、否、幼いのだと。

 みーさんを子供、と表すなら、幼児と、表してもいいぐらいの存在で、つまり、まだ歩けもしないほどの年齢なのだと。

 今度こそ、本当に気が遠退きそうだった。三人揃っていても尚、どこかに意識が旅立ちそうだった。しかしやはり三人の意識は、旅立つに旅立てない。何故なら立ち上がれなかったからといって諦めたりはしなかった存在は、丁度人間の赤ん坊さながら、はいはいをして三人に近寄ってきたからだ。

 一生懸命頑張っています、というのがはっきり分かるほどの頑張りで、すぐ傍で付き添って歩きながらの、みーさんの応援を受けながら。


「カァー!」

「みぃ!」


 すぐ目の前までやってきて、はいはいの態勢から上半身を起こしてお座りの姿勢に戻りながら、一声、嬉しげな鳴き声が上がった。そしてそれに応えるように、もしくは言い添えるように、みーさんからも元気な鳴き声が響く。

 鳴き声、だけ。言葉ではないのに、何故か三人とも、その声が何を意図しているのかが、分かる気がした。たぶん、挨拶。それも、とても好意的なもの。みーさんのそれは、その挨拶を真似て、口添えしているのだろう。それが、分かった。分かって、しまった。


 ・・・今日からお世話する方が、増えてしまったのだと。


「鴉って・・・、地主が、なんか、思い入れあるっぽかったよな・・・」

「・・・お世話、していたって話ですよね。あと、今思い出したんですけど・・・、インタビューで、変なこと、言っていたような・・・」

「あー・・・、遣いだってヤツだ」


 三人の顔には、笑顔が浮いていた。貼りつけたような、引き攣った笑顔が。

 こういう状況でも、とりあえず好意を向けられたら笑みを作ってしまう哀しき習性によって浮かべた笑みをキープしたまま、井雲の呟きのようなそれを切っ掛けに、他の二人も呟きのような声で思い出したそれを呟く。

 地主の、謎の行動。謎の発言。

 全てが、腑に落ちた気がした。腑に落ちてしまった、気がした。

 そしてそんなどうしようもない気持ちを抱えたまま、三人は一瞬だけ視線を交わした後、嬉しげに両手を振っている幼子と、その様子を満足そうに頷いているみーさんへ再び笑みを貼りつけて笑い返しながら、落ちてしまった腑を取り出して、諦めたように口にする。

 最初に諦めるのは、全てを投げ出した感のある井雲だった。


「あれってさ・・・、今更だけど、神の遣い的なことだったってことかなぁ?」

「神のって・・・、俺らが行った、あの神社の・・・、ってことじゃないよな? 地主が言ってたもんな。つまり、アレだ・・・」

「みーさんの、遣いってことですよね? 遣いにしては、少し幼いというか・・・、みーさんより幼いみたいなんですけど・・・、でも、みーさんですよね?」

「みぃ?」

「あっ、いえいえ、呼んだわけじゃなくて!」


 みーさんは、ご機嫌だった。ご機嫌に、自分の呼び名に反応してくれた。諦めがちな人間三人の様子には気づかずに。

 そして、新たに加わった幼子も、ご機嫌だった。三人に、にこにこと笑いかけてくるほどに。

 間違いなく、三人に対して良い印象なのだろう。・・・自分が今、ここにいる全てのきっかけを作ったのが目の前の三人だと、はっきり理解しているのだろうその態度に、三人もまた、笑みを返し続けるしかない。他に、一切の術がない。

 そして術がないまま、三人は視線も交わさないまま、話し続ける。


「っていうかさ、その、神の遣い的な子だとして・・・、なんでお祈りした途端、その、この子が出てきちゃったんだろう?」

「・・・もしかして、なんですけど、僕達、みーさんに力を貸して下さいってお願いしたじゃないですか?」

「まーなぁ・・・、あ、そっか、そういうこと?」

「そんな気がしてますけど・・・」

「え? なに? いっくんもうーさんも、なんか分かっちゃった感じ?」

「分かったというか、それしかない気がするというか・・・」

「ほら、俺はここで、オマエとうーさんは神社で、力貸して下さいってお願いしたじゃん? だから・・・、」


 みーさんの力になる、みーさんの遣いを呼んでくれたってことなんじゃないかってこと。


「・・・そう考えると、辻褄、合うだろ?」

「・・・合うな」

「・・・合いますよね」


 沈黙が、数秒。

 その数秒のうちに、みーさんとその、小さなみーさんの遣いらしき子は、改めて仲良く抱き締め合い、やがてみーさんに誘われて・・・、テレビの方向へ向かっていく。勿論、小さい子の方は、はいはい状態でついていっていたが。

 到着した先で、みーさんが慣れた調子でテレビの電源を入れ、リモコンでチャンネルを変えていき、お目当ての芸能ニュースを垂れ流している番組まで辿り着いて、その画面を指差しながら、傍らにいる子にジェスチャーを交えて何かを伝えている様をぼんやりと眺めつつ、三人は、全く同じ危惧が脳裏に横切るのを軽く無視してしまう。

 あの子にまで芸能ニュースなんてモノを見せて良いのだろうか、という危惧を。

 本来なら何か手を打たなくてはいけないのかもしれない。しかし、今はそこまで手が回らなかった。そこまで手が回らない、というより、何処にも手が回っていないのだから、新たな方向に手なんてどう頑張っても回るわけがない。

 悲痛な愚痴を、洩らす以外にはもう、何も出来ないのだから。


「・・・ってか、神様増やされてもっ!」

「何の準備もしてないのになぁ・・・、心の準備すら出来てなかったっての」

「まさか、練りに練ったあのお祈りで、こうくるとは思いませんでしたね・・・」

「これ、どうすんのっ? どうしたらいいのっ? もう一回、あの神社の神様に何か、お祈りすればいいってことかな?」

「いや、でも、お祈りったって、今度は何をお祈りするんだよ? さっきのお祈り結果、ちょっと趣旨が違う結果が出ているんで、取り消しして下さいってお祈りするのか?」

「・・・巨大な天罰が下りそうな感じですね」

「あぁー! 他の蛇神様、何処にいる!」


 テレビに夢中になり始めた小さな神様と、その神様の小さな遣いは、背後で巻き起こっている人間の騒ぎには気づかない。

 結構な声で騒ぎ始めているのだが、初めてだろうテレビに興奮気味の小さな遣いは勿論、その子にテレビを教えて自慢げの小さな神様もまた、背後の騒ぎに気づくほど、その騒ぎが気になったりはしないのだ。

 ある意味、いつも通りの騒ぎでもあるし・・・、おそらく、本来神様という存在は、小さなことをそこまで気にするような、心の狭い存在ではないのだろう。

 海原のように広大な心で、果てが見えないほどざっくりしとした祈りや願いの叶え方をする。


 予想外なほどざっくりと叶えられてしまったソレに、人間側に対応出来るだけの準備が整っているのかどうかなんて些細な事、全く気にしないのだが神様なのかもしれない。


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