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八百万が祭る 準備不足は否めない  作者: 東東
【四章】万端に整わないのが準備です
20/22

 同じ頃後、同じことを祈っている人間二人がいた。

 勿論、芦と宇江樹だった。


 このお祈り内容は、芦がベースを考え、他の二人もチェックしたわけだが、内容の趣旨としては、とにかくみーさんに大人の神様の味方を作ろう、という意図が一番強かった。

 お祈りの内容通り、何かあった時、自分達人間だけでは心配、可哀想、という意味が勿論あったし、そしてお祈りには乗せていないが、実のところ、自分達に起こっている問題、それも当初から発生し、今もって全く解決の糸口が見えない問題、つまりご利益問題もどうにか片付いたらいい、というか片づけて下さい、という気持ちもあった。

 もしみーさんの為に頑張っていることを大人の神様に認めて貰えれば、そしてみーさんの安全がこの労力の果てに図られるのならば、これはもう、頑張りを認めてもらったも同然、今、とりあえず保管してあるだけのご利益を、素直に受け取っても良いのではないかと、そんな計算もあったりするわけで。

 尤も、この計算は芦と井雲の計算で、宇江樹の計算は、貰ってしまったご利益の一部、自社商品が売れまくるという保管も出来ないご利益に対して、それを貰ってしまった現状を許してもらいたい、という計算だったりするのだが。

 しかし多少、計算の違いはあれど、それぞれに祈りには乗せていない計算はある。・・・が、祈りに乗せている、メモにはっきり書いてあるみーさんに力を貸して下さい、という、自分達の元にいる小さな神様を案じる気持ちが一番強いことは、何の偽りもない本音だった。


 そしておそらく、それが何の偽りもない、本当の本音だったからこそ、瞬間的に真っ白になってしまった脳裏に、祈りは鮮明に浮かんだのだろう。


 忘れてしまうかもしれない、焦って思い出せなくなるかもしれない等々、色々心配していたそれは、突然聞こえた鈴の音をきっかけに、真っ白になってしまった脳裏に、だからこそ鮮明に浮かび上がった。もうそれ以外の一切が浮かばないほど、はっきりと。

 芦も宇江樹も、指し示して行動していたわけではなかった。むしろ、頭の中は白一色になっていた為、何も考えられない、何も見えない状態で、それでも二人揃って全く同じ行動を取っていたのだ。祈りを捧げる、という同じ行動を。

 本来なら、芦の部屋でお堂を前に祈りを捧げていた井雲と同じように、胸の前で両手を握り合わせ、目を閉じて、頭を垂れ、祈りを捧げるのがあるべき姿だったのかもしれない。

 しかし、芦も宇江樹も、今は片方の手をみーさんと繋いでいる状態であり、その手を離すという選択肢は、どれだけ真っ白になろうとも、脳裏に浮かぶはずもなかった為、二人とも、手を離すのとは逆の行為、その小さなみーさんの手を、空いていたもう片方の手でしっかりと握り締めるという行動を選択していた。

 つまり、みーさんの左右の手が、それぞれ芦と宇江樹の両手によって、しっかりと握り締められている状態。それは端から見ると、その小さな手に縋っているようにも見えるのだが、人間二人にその自覚はない。

 ただ、何も考えられていないのに、小さなその手だけは離してはいけないのだと、何故かそれだけを無意識に思っていた。

 そうして、小さな神様の手を両手で握り締めた既にこれ以上育ちようがないほど育った大人二人は、視線を特に意識もなく、斜め前方、あの一度だけ音がした鈴に結んで、一心不乱に祈る。真っ白な頭にしっかりと、鮮明に刻まれたメモの内容を、ひたすらに祈る。

 祈って、祈って、自分達が何をしているのかすら分からなくなるほど、祈り続けて。

 二人共、神様の存在を、そこで手を握り締めている、みーさん以外の存在をはっきりと感じ取っていたわけではない。ただ、何となく圧迫感を感じているとか、みーさんが黙っているから、様子が変だからとか、そんな、どうとでもとれる理由以外は何か、決定的なことを感じたり、見たりしたわけではないのだが・・・、それでも一心に祈り続ける二人は、決定的なことなど、どうでもいいほどにひたすらに祈る。


 どうか、どうか、どうか、お願いですから、みーさんの、力になってあげて下さい、と。


 二人の祈りはその場で重なり、そして、離れた地で、もう一人の祈りもまた、重なっていた。人間三人の真剣で必死なお祈りはぴったりと一致し、その場に存在するはずの神様に捧げられる。

 その場に存在する、小さな神様の為の祈りが。


 ──そして、祈りは届けられる。祈りの先の存在に、確証すらないままに。


 変化は、祈っていた先ではなく、握り締めていた先に訪れた。芦と宇江樹、同時に気づいた変化。

 小さな、小さな手が、握り締めていたそれが、まるで痙攣でも起こしたかのように小さく震え始めたのだ。

 その反応に、何も考えられずとも反射的に、人間二人は目を開け、自分達が握り締めているその手の持ち主へ視線を向ける。真横、腰にも満たない高さしかない存在へ、視線を下方に向ける形で。

 心配したからとか、そういう明確な意図があって向けたわけじゃない。ただ、震えていたから反射的に向けただけ。しかし見た事もない変化は、その向けた視線の先で起こっていたのだ。


「みっ、みーさん!」

「これっ、芦さん! これって・・・!」


 あまりにことに、人間二人は祈りを忘れ、半ば悲鳴染みた声を上げる。驚きのあまり動揺し、意味のある単語を上手く紡げないまま、視線を変化が起き始めているその姿に固定して、ひたすらに慌てて。

 小さな神様、みーさんは、震えていた。芦達に握られていた手だけではなく、全身が細かく震えていたのだ。しかし震えるだけではなく、全く違う変化も起きていて、それこそを人間二人は驚きを持って騒いでいたのだ。


 フードが、取れていた。

 顔が、覗いていた。

 仰向けのその顔に嵌まっている瞳の色が、変わっていた。

 見たこともない、真っ赤に変わっていた。

 フードが、取れていた。

 取れて、当然だった。

 何故なら髪が、フードの中に隠れているべき髪が、変化していたからだった。

 変化して、ざわついていたからだった。

 フードが、取れていた。


 髪が、真っ黒な蛇の姿になって好き勝手にざわついている所為だった。


「うぉー! どっ、どうっ!」

「どっ、どどっ、どう、あっ、芦さぁん!」


 人間二人は、もう騒ぐしかなく、他に何も出来そうになかった。

 お互いに何かを訴えかけるような、その実、何の意味も成さない言葉ばかりを騒ぎ立てながら、どうする事も出来ずにただ小さな神様に訪れた変化を見つめ、膨大な汗を流すしかない。

 周りに他の人間が現れたりしていないか、この変化を他の人間に見られていないのか、そんな心配も出来ず、また、みーさん自身にその変化を問うという発想すら持てず・・・、ただ一つ出来ること、していることと言えば、どれだけの変化が訪れていようとも、小さなその手を決して離さないことだけ。

 離すなんて発想を、浮かべないでいること、だけ。

 そして他に出来ることが何一つない二人の目の前で、みーさんは見開いた真っ赤な目を相変わらず、前方、斜め上辺りへ向けながら、ふいに、その身体の震えを一際大きくした後、身体と同じくらい震える声で、一声、鳴いたのだ。


「みぃ・・・」と。


 その声はまるで、泣くのを耐えているようにも聞こえた。何かの圧倒的な程の感情を、耐える所為で震えているようにも。そしてそのか細い声が聞こえたのとほぼ同時に、再び、あの鈴が、重い、重い音を辺りに響かせて。

 一度ではなく、二度、三度と鳴った後、もう全ての使命は終わったと言わんばかりに再び沈黙した鈴の代わりに、今度は酷くけたたましい、とても聞き慣れた音が、何かの異変を人間二人に、伝えていた。


『なっ、なんか! なんかっ、いきなり、いきなりお堂の背後が光って! で、出てきたっ・・・、あっ、違うか! 出ていらっしゃった、だと思うんだけどっ、ヤバイ、ヤバイって! ってか、そっち、どうなっているんだよ!』


 半ば反射的に取った芦の携帯からは、井雲の、久々に聞く、混乱しきった声が響き渡った。それは、芦が井雲をみーさんという存在に引き込んだあの日に聞いた声にとてもよく似た、焦りに満ちている。

 その声を聞くだけで、逆に、動揺しまくっていた芦自身の気持ちが落ち着いてしまうほどに。

 そしてその声はぴったりと携帯に耳を押しつけているにも関わらず辺りに洩れるほどの音量で、おかげで、状況を言葉で説明しなくとも、宇江樹にはそのまま話が伝わる、という状況が出来上がっていた。

 つまり、芦と同じように、限界まで焦っている井雲の声に、宇江樹もまた、落ち着いてしまったという状態で。

 思わず、芦と宇江樹は視線を交わし、何かの気持ちを確かめ合ってしまった。そして指し示したように視線を落とし、みーさんの姿を確認した後、おもむろに芦はその口を開く。妙に落ち着いた、ともすれば何かを悟ったのではないかと思えるほど、静かな声で静かな言葉を紡ぐ為に。


「みーさんが・・・、もの凄く、神様っぽい格好になってる・・・」

『神様っぽい格好ってなんだよ!』

「ってか、そっちこそ何がどうなって、そんなに慌ててるんだよ? 出てらっしゃったって、何が?」

『かっ、か、かかっ』

「か?」

『鴉だよ! 鴉が光ったお堂から、突然出ていらっしゃったー!』


 井雲の、携帯からダダ漏れ状態だったその声に、芦と宇江樹は沈黙した。それは、井雲の電話内容に驚いた、声の音量に驚いた、というよりも、その声に反応した、みーさんに驚いたからだった。

 鴉、という、おそらくその単語に反応し、一度、跳ね上がるように身体を上下に強く震わせたみーさんは、紅い目、蛇の髪の状態で、その紅い瞳を爛々と輝かせて、芦を見上げたのだ。正確には、芦が持って、耳に当てている携帯を見つめた。

 はっきりと、何かの期待に満ちた瞳で。


「あー・・・、えっと、うん、なんか、みーさんが心当たりがある模様」

『だろうなっ! ってか、どうしたらいいか分からんから、とにかく早く帰ってこい!』

「いや、でも、まだこっちの、大人の神様には会ってないっていうか・・・」

『偉い神様だから、人間如きの前に簡単に姿を見せてくれないだろう! 姿見せてくれてなくても、明らかにこれっ、お祈り関係しているから、もうとにかく戻って来いって!』

「・・・だ、そうだけど・・・、どうする? うーさん」

「帰るしかないと思います。みーさんも・・・、ほら、なんだか凄い期待しているみたいなので」

「それもそっか。・・・じゃあ、今から帰るから、ちょっと待ってて」

『ちょう急ぎで帰ってこい!』

「はーい」


 完全に我を失っている井雲と、その井雲の様子に落ち着きを取り戻してしまった芦との会話は、そこで終わった。

 通話を終えた後、宇江樹と再び視線を合わせて特に意味もなく頷き合った後、気遣い屋の宇江樹がまだ姿が変わったままのみーさんと、みーさんの髪の毛の蛇に謝罪をしつつフードを被せ直してから、再びみーさんを間に挟み、手を繋いで車まで戻る。

 途中、神社の敷地内を完全に出る間際、芦が深い意味もないまま振り返ると、そこには風もないのに揺れている、音の聞こえない鈴が見えていた。

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