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八百万が祭る 準備不足は否めない  作者: 東東
【第一章】出来てる準備はありません
2/22

「あの・・・、みーさんの今後について、そろそろ本格的に取り組むべきなんじゃないかなと思うんですが・・・」


 日常というモノは、とても有り難く尊いものであるにも関わらず、壊れるまでその尊さが分からないものの代表であろう。そして、ある日、何の前触れもなく唐突に壊れてしまうものの代表でもあった。

 ・・・つまりはその日、誰もが穏やかに息をつくであろう土曜日の午後、バイト二人組と社会人のお休みが揃い、日本中のサービス業やその他の、土曜日に息がつけない人々以外と同じように穏やかな息をついていた刹那、彼等の日常は日常の宿命とも言えるかもしれない運命によって、崩されてしまったのだ。


 彼等三人の中で、尤も善良、且つ、思い遣りに溢れた宇江樹蒼空の、唐突過ぎるほど唐突なその台詞によって。


 前触れを、少なくとも他の二人は感じ取ることが出来なかった。しかし振り返って考えてみるに、確かにその日の宇江樹は、多少、様子がおかしかった。口数も少なく、何かを思い悩んでいるようにも見えなくもなかったかもしれない。

 しかし日常という平和に浸りきり、あって当たり前のその平和が崩れ去る日なんてくるとは思っていない・・・、否、そんな想像が頭の端に浮かぶ度に、気づかなかった振りをしてその想像を握り潰してしまうような残りの二人にとっては、握り潰して捨てたはずの爆弾が拾われて我が身に投下されたかのような恐怖体験だった。

 それこそ、空気の割れるような沈黙が広がり、広がったその沈黙の中で木が遠退くほどに。


「・・・あの、仰りたいことも、思っていらっしゃることも分かります。ただ、何時までも逃げているわけにはいかないんです」

「にっ、にげ、逃げるって・・・、べつに・・・、なぁ?」

「おう! 何のことやらって言うか・・・!」

「・・・父達の活動がまた活発化してきていて、たぶん、こちらへの襲撃も再び再発し」

「機は熟していたな!」

「そっ、そうだな! そろそろこの問題に向き合う頃合いって感じだったよな!」

「・・・すみません」

「うーさん! 違う! 違うんだ!」

「そうだ! うーさんは何も悪くない! さっきのは結構な大嘘が混じった発言だったけどっ、でもずっと避け続けている訳にはいかない問題なのは確かなんだからさ!」

「・・・そう、言って頂けると・・・、それ、だけで、僕は・・・、」

「うーさん! 気を確かに!」

「頼りないかもしれないけど、頭数だけは俺達二人もいるから!」


 空気が割れそうなほどの沈黙は、本当に何かが割れて失われた。もしくは、失われてから割れたのかもしれないが。

 この状況の切っ掛けを作った宇江樹の苦しげな声に、動揺甚だしい、もっと具体的に言えば完全に腰が引けている芦と、その芦の引けた腰を支持するかのような力強い井雲の声が重なった時点までは、まだ広がる空気は割れそうで割れない状態を維持していたのだが、続く宇江樹の台詞に、脆くも全てが崩れ去る。

 つい一瞬前の自分の発言なんか、存在すら認めていないかのような井雲の力強い断言に、同調する芦、しかしそれもか細い宇江樹の謝罪で、それら二人の現実から目を背ける為の嘘もまた、崩壊した。

 何の罪もない、誠実な人間の痛々しい謝罪ほど、覚悟のない平和主義者に突き刺さるものはないのだ。特に、主義主張のない事なかれ主義には。

 色々なモノが崩壊し、宇江樹の謝罪が突き刺さった二人は、半ば縋りつくようにして宇江樹の肩を掴み、その正気を取り戻すべく前後に揺すったり、力なく投げ出されている手を握り締めて交互に声をかけていく。

 まるで・・・、否、確実にあちら側の世界、所謂、あの世、彼岸とでもいうべき場所に足を踏み入れかけている人を、呼び戻すかの如く。

 二人の必死の呼びかけは、その必死さ故に確かに届いた。・・・が、しかし。最初にその声が届いた相手は、二人がその必死な声を届けたいと願っていた相手とは違ってしまっていたのだ。届けたいというより、届けたくない相手に届いてしまったというか。


「みぃ!」

「うぉっ!」

「みっ、みーさん!」

「あぁっ、すみません! 僕が少し旅立ってしまったばっかりに!」

「いやっ、うーさんの所為じゃない!」

「そうだよ! うーさんは戻って来さえしてくれれば、それだけでもう・・・!」

「みぃー!」

「うんっ、そうだよね! そうだよねっ、みーさん!」

「・・・あーちゃん、気持ちは分かるけど、意味不明な同意は止めようよ」


 芦、井雲の必死の叫びをキャッチしてしまったのは、その神という存在に相応しく、小さな神様、みーさんだった。

 満足するまで唐揚げを食べてまったりしていた食後の優雅な時間に、午後のワイドショーを見ていたのだが、聞こえてきた叫びに二人も知らぬ間に反応して宇江樹のすぐ傍まで近寄っており、彼岸から宇江樹を呼び戻そうとして縋りつく二人を真似て、その腹に正面から抱きついてきたのだ。

 みーさんに全力で抱きつかれた宇江樹は、その瞬間、足を踏み入れていたはずの彼岸から全力で駆け戻る。それはもう、追い縋る彼岸の者達を三途の川に放り投げるくらいの勢いで。

 そして戻って来た途端、戻るのと同じくらい全力で謝り倒すその姿に、井雲と芦は当然の如く、フォローを入れ・・・、芦に至っては、全く意味が分からないまま、宇江樹にしがみついたまま元気に声を上げるみーさんに良く分からない同意までするという、迷走ぶり。


 芦宅は、たとえ日常が割れようと失われようと、今日もいつもと変わらず、ただ混乱し続けるだけだった。


 *******


 流しっぱなしになっているワイドショーは、現在、『今は入っているニュース』という真面目なコーナーに変わっていた。

 別にそのコーナー変更に合わせたわけではないのだろうが、芦宅もまた、数分間の混乱を経て、今、違う場面へと変わりつつある。・・・たとえコーナーが違っていても流れているのがワイドショーであることには変わりがないように、たとえ混乱を経て違う場面へと移ろうと、根本的な諸々は全く変わっていないのだが。

 ただそれでもとにかく、画面は混乱から切り替わった。


「とりあえず・・・、現状を把握しよう」

「いっくん、把握も何も、見たままの状態だと思うんだけど・・・」

「いや、そっちじゃなくて・・・」

「親父達のってことですよね?」

「あ? そっちなの?」

「・・・重い腰を上げる為には、それなりの力が必要ってことなんだよ」

「・・・まぁ、確かに親父達の問題は、嫌でも前進させられるような威力がありますよね」

「・・・確かに」

「実はまだ、具体的なことは分かっていません。具体的に何かが決まっているのかどうかも分かりませんし・・・、ただ、最近、東狐さんとの電話の会話や、手帳に何かを書きつけているところをさり気なく覗き見た限りでは、また芦さんのお名前が頻繁に出てくるようになっているんです。しかも芦さんだけじゃなくて、井雲さんの名前もちらほらと」

「・・・何で俺?」

「そりゃ、仕方ないんじゃね? 俺の部屋出入りしているの目撃されていて、おまけに隣の部屋に越してきているんだから、もう立派な関係者だろ」

「本当に、申し訳なく・・・」

「いやっ! うーさんに苦情言っているわけじゃないから!」


 ・・・場面は、切り替わったつもりで全く切り替わっていなかった。最終的に宇江樹が平謝りし、他の二人が必死のフォローを入れる展開は、他に観客がいればそろそろ飽きたと呟かれるほど、つい数分前と同じだ。

 もっと言えば、宇江樹が芦や井雲と知り合って以来、幾度となく繰り返されていた、見飽きた光景でもある。

 尤も、本人達が飽きるような問題でもない為、全く何の問題も無く繰り返されているし、唯一の観客たりえるみーさんは、三人が騒いでいればただ嬉しそうにするか、もしくは三人に誘導されて他のことに夢中になっているので、そもそもその騒ぎに気づいてないことも多く、繰り返される同じ騒ぎを飽き飽きして眺める嫌な観客となることはなかった。


 飽きてくれる観客がいないことが、当の三人にとって幸か不幸かは別として。


 そして今もまた、小さな観客の注意は三人の騒動から離れている。一度はその騒動に参加したのだが、この騒動を・・・、というより、この類いの話を聞かせるのは色んな意味で拙いと判断した三人により、騒ぎが再発するより先に、他の方向へその注意を逸らされていたからだ。

 食後のデザートという、最近使われ始めた手法によって。

 ・・・コンビニの廃棄物で、お気に召すのは唐揚げ弁当だけではなかったことが発覚した今日この頃だったりする。

 弁当以外で廃棄が出るかどうかは、その時々によるし、決まった物が廃棄で出るわけではないが、偶に出るデザート系は小さな子供らしく、みーさんのお気に入りになった。

 特に気に入っているらしいのが、今まさに食べている、お饅頭などの餡子系のデザートだ。プリンやヨーグルトといったデザートも好きではあるが、餡子には多少、その反応が負ける。


 やっぱり日本の神様らしく、和菓子が好きなんだな、というどうでもよい考察で三人が盛り上がったのは、数日前のことだった。


 そして運良く出た廃棄の蓬まんじゅう美味しそうに食べているみーさんは、三人の騒ぎに気づかず、両手で大切に持っている饅頭を、小さな口で少しずつ、嬉しそうに食べている。

 目まで瞑ってその味を堪能している姿は微笑ましい限りだが、三人は騒いでるまっただ中なので、あまりその愛らしさを堪能出来ない。ただ、時折、美味しさに感じ入るのか小さく頷くその動きに反応しては、横目で一瞬の清涼剤のようにその愛らしさを確認してはいたのだが。

 しかしその清涼剤に縋りきって、問題から逃げるわけにもいかず・・・、逃げられるものなら逃げたくて仕方がないのだが、この問題がから逃げようとすると、あの恐怖の襲撃がまた再来してしまうのが分かっているだけに、逃げられない。

 それにその恐怖は自分達だけではなく、今は芸能ニュースではなく普通のニュースが流れてしまってる為、テレビを見ることすらなく饅頭を堪能しているみーさんにまで襲いかかるのだ。いや、むしろみーさんにこそ、襲いかかってしまう、というべきなのだろうが。

 それが分かっているからこそ、騒ぎの後の数秒の脱力感漂う空白の後、三人は逃げ出すことなく、再び問題の元に立ち戻る。逃げても逃げても、追いかけてくるだろう恐怖から、永遠に逃げ切る為に。

 沈黙の後の最初の口火を切ったのは、井雲だった。重々しく静かに開く口は、決して望んで最初の一人になろうとしたわけではない。ただ、宇江樹は現在、感じなくていい自責の念ですぐには立ち上がれない状態だし、芦は過去の襲撃を思い出して半ば唐突的に身を震わせ始めたので、選択の余地のない選択として、井雲がその口を開くしかなかっただけだった。


「あの人達が何をしようとしているのかはともかく・・・、今のままずっとってわけにはいかないことは確かなんだし、そろそろマジに考えないとだよな」

「まぁ、そうかもしれないけど・・・、でも、どうする? 前だって、どうにかしようって思ったからあんなに色々行ったのにさ、結局、どこ行っても誰もいなくて・・・、って、この話、俺ら、うーさんにしたっけ?」

「えっと・・・、この話って、どの話ですか?」

「俺らが・・・、っていうか、俺がみーさん連れて、神社仏閣巡りの旅に向かって、心折れて帰ってきたこと。俺が、一人で、たった一人で、頑張ったことなんだけど」

「バイトさえなければ、最後まで俺だって付き合ったんだけどなぁ・・・、ってか、途中までは俺も一緒に行ったよな?」

「なに、都合の良い言い方してんだよ! 最初の神社にすら行きつかないほどちょこっとしか付き合わなかっただろ! 意気揚々とバイトに行ったくせに! あの後、俺がどれだけ大変な思いをして・・・!」

「あっ、あの! 聞いてます! お話、一通り聞いてましたから! 他の神様にお願いする為に、この辺りの歩いて行ける神社仏閣を幾つか回って、でもどこにも他の神様がいる様子がなくて・・・、えっとぉ・・・、」

「うん、そこの神様の代わりに願い事を叶えまくりました。みーさんが」

「み?」

「あっ、ううんっ! 違うよ! 全然違うからね!」

「あーちゃん、その否定の仕方は逆に不審者だから。あっ、みーさん、ほら、真面目なニュース、終わったみたいだよ? 今度は・・・、世界の芸能ゴシップ列伝だって・・・」

「とうとう世界までいくんだな・・・、日本から離れてくれたと喜ぶべきなのかなぁ?」

「芦さん、確かにみーさんは日本の神様なのかもしれませんが、だからってそのそういう喜び方はどうかと思います・・・」


 宇江樹の控えめな意見を余所に、みーさんは新たに始まったワールドな醜聞を興味津々に見始める。その醜聞にみーさんを誘う形になってしまった井雲は勿論、何とかその微妙な状況を自分達の精神状態が良くなる解釈をつけようとして失敗した芦も、沈痛な面持ちをしてはいたのだが、しかし画面に釘付けになってしまったみーさんを今更どうにか出来るわけもなく・・・、本日何度目かの数秒の沈黙の後、結局、三人は一致団結して、一つの結論に達した。

 すなわち、この問題まで追及していたらキリがないから、とりあえず今はさっき持ち上がった案件に戻りましょう、という案件だ。所詮、この三人では重すぎる案件を幾つも同時進行で対応していくことは出来ないのだから。

 ・・・なんせ、たった一つの案件ですら持ちきれず、右往左往すら出来ずに茫然と佇むような、三人なのだから。

 そんな三人は、みーさんのテレビ問題から離脱後、どうにかもう一つの問題からは逃げ出さず、改めて三人での話し合いを再開させた。まずは自然な流れで芦が再びみーさんを連れて辿った苦しく、辛く、そして最終的にはこれはオカルト問題だったのかと思うような遭遇の仕方をした東狐美南と宇江樹の父親の話まで語って、宇江樹の父の不始末を盛大に背負い込むことを人生の命題にでもしているかのような宇江樹の謝罪を間に挟みつつ、結局何も得られなかった虚しさを語り尽くした。


「どうにか・・・、しようとは思ったんだよ、でも、どうにもならなかったって言うか・・・」

「その後、やっぱりどうにかしようとして、結局アレじゃん? もう、これ以上どうすればいいんだよって言うか・・・」


 疲れ切った芦の嘆きに被せるように、井雲が視線だけで『アレ』を示しつつ、溜息を零す。勿論、視線で示された先は部屋の奥、ベランダに繋がる窓に背を向けて設置されている、存在感が在りすぎるブツ、『お堂』がある。一度として設置した当初の目的を果たすことがないそれが。

 ちなみに、最近お堂と窓の間に設置されたはみ出したご利益の収納用ラックは、既に三段目が組み上がっていて、間もなく四段目に突入予定だ。おまけに最近、ベランダには一切出られてないし、それどころか窓に部屋の中が見えないような曇り硝子風のシールを貼る羽目になっている。

 理由は勿論、お堂と収納しているご利益が外から見えないようにする為で、そのシールが地味に高かったりする。

 ・・・出費は、際限なく膨らんでいく。そしてご利益もまた、際限なく膨らみ続けている。この二つが同時に膨らんでいく現実が、どうにもまだ受け入れ切れていない三人だったりするのだが。

 しかしそうして三人の視線が自然とお堂へ向かい、数秒、指し示したかのように見つめていると、ふいにまるでそのお堂から天啓でも受けたかのように唐突な、半ば独り言めいた呟きが零れ落ちたのだ。


「やっぱり・・・、他の神様に頼ろうとしたのはちょっと良くなかったんじゃないでしょうか・・・?」

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