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八百万が祭る 準備不足は否めない  作者: 東東
【四章】万端に整わないのが準備です
18/22

「みぃー!」

「あ、ごめん、みーさん、電話みたいだから、ちょっと待ってね」


 芦がゲームを次々クリアーしていく様を、楽しげに見つめていたみーさんの目の前で、その覗き込んでいた携帯が音を鳴らして震え出す。驚いて声を上げるみーさんを宥めつつ、突然の電話相手を確認してみれば、表示されているのは今日、この場にやってこられなかった井雲だった。

 その名前を見た途端、芦が慌てて通話ボタンを押して手の中の機械を耳に押し当てたのは、今の自分の状況が状況なので、何か、みーさんに関する不測の事態でも起きたのかどうか、という心配が込み上げてきたからだ。

 場所も離れているのだから、そんな連絡が井雲から入るわけもないのだが、おそらく、慣れない土地に宇江樹という頼りに仲間が不在の状態で待ち続けている状況に、芦自身、気づかないほどのストレスを感じていたのだろう。それが、些細な出来事を悪い方、悪い方に受け取ってしまう状態を招いていたのだ。

 だからこそ、慌てて発した芦の声は、はっきりとした焦りの色を滲ませていた。


「どっ、どうした! 何があった! ヤバイ感じだったりするのか!」

『・・・あーちゃん、まずは落ち着こう。っていうか、俺は今日、あーちゃんにちょっとした電話をするのも許さない感じなのか?』

「えっ? そんなわけ、ないじゃん! そうじゃなくて、何が・・・!」

『何もないって。いや、何もないってわけでもないけど・・・、つーか、何かあるならそっちだろ。今、どんな感じなんだよ?』

「いやっ、どんな感じって・・・、とりあえず、うーさん待ちだけど・・・」

『あれ? うーさん、まだ相手のとこ?』

「うん・・・、長引いてるんだろうな・・・、やっぱ、社会人は違うんだと思うんだけどさ、俺らとは」

『まぁ、それもそうか・・・、って、そうそう、あのな、俺、今からバイト上がりになった』

「・・・はぁっ? 今日、一日バイトなんじゃないのかよっ! 一日バイトだって言うから、俺とうーさんで来たのに!」

『急に上がり時間が早まったんだよ! 仕方ねーだろ! 大体、今までバイトだったんだから、どっちにしろ、出発時間には間に合わないだろ! うーさんの約束の時間もあるんだろ』

「まぁ・・・、それはそうなのかもしれないけどさぁー」

『そうかも、じゃなくて、そうなんだよっ! つーか、バイトが早めに終わったからってそっちのことを気にした、俺の律儀な友情にケチつけるなよ!』

「・・・すんませーん」

『気持ちの篭もってない謝罪だな・・・、まぁ、いいや。ってか、うーさん、今も戻りそうな感じ、ないのかよ?』

「いやぁ・・・、話ながらもちらちら外見てるんだけどさ、まだ、戻って来そうにないんだよなぁ・・・、これ、もしこのまま神社が閉まるまで戻って粉かたら、どうしよう?」

『神社って、閉店時間みたいなのあったっけ?』

「そこまでは調べてないけどさぁ・・・」

『まぁ、流石にそんな、何時間も遅れたりはしないんじゃねーの? ってか、もしそんな事態が発生したら、流石にうーさんから連絡あるだろ』

「それもそっか・・・」

『じゃあ、とりあえず俺、部屋戻るわ』

「あっ、じゃあ、俺の部屋、入っとけよ。お堂でお祈りしといて」

『あぁ、それか。りょーかい。一旦部屋戻って、着替えてからそっちの部屋行くわ。うーさん戻って、神社向かう頃に一度、連絡くれよ。お堂の前でスタンバイしておいて、その連絡が入ったら一心不乱にお祈りするからさー』

「分かった! じゃあ、神社向かう頃に一報入れる!」

『おうっ!』


 井雲との通話を終えて電話を切ると、みーさんがキラキラした目で『今のは何ですか?』と言いたげな視線を投げかけてきていた。

 その無垢な目に、微笑ましい思いを抱きながら「井雲だよ」と答えてみると、今ここにはいない井雲が自分達の傍にいたような気でもしているのか、両手を挙げて嬉しさを表現してくるみーさんに、芦の笑みは更に深まる。

 芦は、何の打算もない、純粋な好意ほど、人を優しくするものはないと、みーさんのこういう仕草を見る度に感じてしまうのだ。そしてそれはきっと、芦だけではなくて。

 嬉しそうにはしゃぐみーさんの頭を撫でながら、芦の脳裏にその時、漠然とした蛇の姿が浮かび上がる。巨大な、蛇。黒と白のその蛇が、交互に脳裏に浮かび、芦はその蛇を思いながら、願いが、祈りが届くことを願ってやまない自分を改めて思う。

 このみーさんの力に、どうかなってくれる神様があの場所にいるように、と。

 意識していない心の片隅で、この願いが聞き届けられ、みーさんが無事、きちんとした神様の庇護に入れば、自分達人間がみーさんという神様に対してある程度の立派な行いが出来た事になって、つまりは積み上げられるだけのご利益を正式に頂いても問題がなくなるのではないかという打算も多少、あったりするのだが、それは本当に、片隅にあるだけで、芦の意識が見つけられないくらい小さなもので。

 つまり、それぐらい真剣に・・・、みーさんのことを思う気持ちが、そこにはあるということだった。


 ──結局、宇江樹が戻ってきたのはそれからほど三〇分後だった。


「すっ、すみまっ、せ、ん! ・・・おそ、お、遅く、なりました!」

「平気平気! 仕事なんだから、仕方ないじゃん。ってか、大丈夫だったの? 仕事の方は」

「はいっ、だ、大丈夫でした。なんとか、今後の取引が出来そうで・・・」

「おぉっ、良かったじゃん! 幸先良い感じ」

「そう・・・、です、ね。でも、なんか凄いお待たせしちゃって・・・、芦さんの方こそ、大丈夫ですか?」

「大丈夫、大丈夫」

「みぃ」

「あ、みーさんも、お待たせしちゃって・・・、あとで、何かお菓子買ってあげるね」

「みぃ!」

「良かったね、みーさん。・・・って、そうそう、あのさ、さっきいっくんから電話があって、なんか、バイトが急遽、早く上がれることになったんだって。だから、お堂の前でスタンバイして、成功を祈願してお祈りするってさ」

「あぁっ、芦さんが言ってたヤツですね!」

「そうそう。ってわけだから、ちょっと電話するからさ」

「お願いします」


 もの凄い必死の形相で駆け戻って来た宇江樹は、全力を出し切ったのか、車内に入るなり運転席に倒れ込んだ。

 しかしそれでも約束の時間を大幅に過ぎてしまったという罪悪感が成せる技なのか、死に際の呼吸のような荒すぎるそれを吐き出しながらも、駆け戻って来た時と同じレベルの必死な形相で、どうにか謝罪の言葉を吐き出してくる。

 正直、あまりに必死すぎて、みーさんが目を丸くして固まってしまっている様を横目に捉えている芦としては、そこまで必死に駆けて来ないでほしかった、と思わずにはいられないのだが、勿論、そんな思いは口に出さない。出したら最後、本当に宇江樹が最期を迎える勢いで謝罪し始めてしまうのが分かっていたからだ。

 その為、とにかく宇江樹の謝罪モードを解除するべきと判じた芦は、まだ続きそうな謝罪を少し強めの声でざっくり切ると、すぐさま話を時間ではなく、仕事の方向へずらした。

 幸い、逸らした方向は良い答えが返ってくる状態で、芦としては一安心だったのだが・・・、宇江樹の人の良さはこの程度の抵抗では逸らしきれないらしく、その顔にはいまだに芦を案じる色を滲ませ、今にも再び謝罪したそうに尋ねてくるのだ。

 これは拙い、と微妙な危機感を抱いた芦は、笑顔で答えながらも、目まぐるしくこれから先の展開をどうすべきか、考える。すると宇江樹はその謝罪の手をみーさんにも伸ばし始めて・・・、芦はそこで突然、何かの天啓のようにただ一人の姿が脳裏に浮かび上がるのを見た。

 今日この瞬間、この場にいないのは、こういった状況への対応の為だったのではないかと思うほどの、適任の姿を。

 無限謝罪に入り込みそうな宇江樹から離脱し、場面展開を試みるにうってつけの姿を。


 その名を口にし、場面転換を試みた途端、明るい表情が戻った宇江樹の姿に、芦はその時、今日初めて井雲に深く、深く、感謝したのだった。


「いっくぅーん! どうよっ!」

『・・・どうよって言うなら、今、最高に怖ぇーよ。何でいきなり、そんなハイテンション?』

「いやぁー・・・、うーさん、戻って来たからさ、いまからいよいよだよって感じ!」

『あー・・・、そっか。うーさん戻って来たのは良かったけどさ、なんでそのテンションなのか、全く理解不能なんだけど』

「その点に関しては、後日、改めて、みたいな・・・」

『え? あ、そう・・・、まぁ、いいけど。ってか、とにかく今から行くってことだよな?』

「そうそう、行くよ、とうとう行くよ! 行くんだよっ! 行く・・・、んだよなぁ・・・」

『おい』

「うん、いや、行くって。だからさ、うん、その、いっくんの力の限りの応援的なお祈りを求む!」

『まぁ、そりゃ、するけどさ、するけど・・・、そっちの方がメインなんだから、頼むぞ』

「・・・だよな。うん、頑張ります」

『メモ、忘れるなよ? でも、一応暗記していけよ? カンペで喋るのより、暗記の方がたぶん、印象良いだろうし』

「・・・善処します」

『・・・うん、まぁ、頑張れ』

「了解です・・・」


 井雲の応援と、それに返す力ない芦の了承で、通話は終わった。かけ始めた当初は自分の思いつきに酔い痴れるように意気揚々としていた芦だが、通話が終わった頃には、その顔色は悪くなり、声も力ないモノに変わっていっている。

 理由は勿論、これから先、みーさんや自分達の将来に関わる重要な役割があるのだと、思い出したからだ。

 思い出すまでもなく、その為に来たのだから、今更の認識ではあるのだが。

 しかし、それでもその出来事に直面し、実行間際までにならないとどうにも実感を持てないのが芦達、ある意味の現代っ子で、そして実感を持った途端に、それは重く、重くのし掛かってきてしまう。それこそ、溜息が漏れるほどに。


「・・・はぁ」

「芦さん? どうかしたんですか? 井雲さんに何か・・・」

「あ、いや、全然違う。いっくんは、ちゃんと成功祈願のお祈りするってさ。ただ、メインはこっちなんだから、頑張ってこいって。なんか、それ言われたらそうだよなってつい、重い感じになっちゃってさ・・・」

「それは・・・、そう、ですよね・・・。でっ、でも! 大丈夫ですよ! だって、悪い事するわけじゃないんですし、それに、ちゃんと何をどうお願いするか、メモもしてきたじゃないですか!」

「うん・・・、あ、そうそう、それ、出来る限り暗記しろよって、井雲が。カンペ有りじゃ、印象悪いかもしれないし、だって」

「・・・確かに、それはそうかもしれませんね。大体頭には入れてあるつもりなんですけど・・・、緊張すると、うっかり頭から抜ける可能性、ありますよね?」

「だよな。俺も一応、覚えているつもりなんだけど・・・、ど忘れする可能性、めっちゃあるわ」

「じゃあ、行く前にもう一度、メモを見返して頭に入れ直しましょう!」

「そうだな」


 顔色を唐突に悪くし、表情も暗くなった芦を心配した宇江樹にかけられた声に、芦が返した不安げな答え。

 そんな芦を、今度は宇江樹が不安から助けるべく、メモの再読を提案し、そこでようやく自分でも出来ることが見つかったことそれ自体に安堵した芦が、早速メモを取り出すと、運転席から身を乗り出した宇江樹と共に、試験前の学生のようにぶつぶつと暗記作業に入る。

 人間二人の突然の行動に、不思議そうな顔をしたみーさんまでが二人が見つめるメモを一緒に覗き込み、意味が分からないながらも二人の呟きを真似て鳴き声を洩らす様に、つい、和みそうになりながらも、それから十数分をかけて、二人とも改めて頭の中にメモ内容を刻みつけたのだった。

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