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八百万が祭る 準備不足は否めない  作者: 東東
【四章】万端に整わないのが準備です
16/22

 ──『蛇頭黒白神社』、それが目指すべき場所の名前だ。


 三人が検索し、もうここしかないと決めたその場所は、とても歩いて行ける距離ではなく、しかしどこかで一泊しなくてはいけないまでの距離でもない、という微妙な距離の神社で、しかもそこまでメジャーな神社でもないようだった。

 名前に『白』もついているが、黒い蛇の神様が奉られている神社で・・・、というより、元々は白い蛇の神様だったのだが、人間の為に頑張った結果、黒くなってしまい、今も黒いまま、人間の為に頑張っていらっしゃるという、有り難い神様らしいので、元が白かろうとみーさんの仲間の神様と見なしていいのではないか・・・、と、他にもう探しようもなかった三人が結論づけた神様だったりする。


 穢れなき白き蛇神様は、その昔、その土地の水の恵みをもたらしてくれていて、おかげでそこは五穀豊穣の、とても豊かな土地だったらしい。


 ・・・が、まぁ、色々エピソードが長く、難しい、昔の表現を使っていたのでさっくりその辺りを簡単に纏めてしまうと、いつの時代にも欲深い奴がいて、そいつが土地を汚すようなことをしでかしたらしい。

 理由は、その土地が汚れて、不作になれば米の値段が上がり、他の土地の人間だったそいつのところから米を買わざるを得なくなり、つまりそいつが大儲けになるから、ということらしい。

 土地が汚れ、そいつの目論見通りに不作になってしまった人達は困り、次第に飢え始めて、死人も出てくる。そんな人々の様子を当然、憂えた白い蛇神様は、土地の穢れを我が身に背負い、土地を元の状態に戻して、人を救ったということらしい。

 ・・・で、穢れを背負ってしまったので、その穢れの所為で黒い蛇になってしまった、でも黒くなりながらも、今でもその土地を守っています、という落ちだった。

 正直、『え? やっぱり黒って良くないって扱いですか?』と思わなくもなかったのだが、三人はその点には軽く目を瞑り、薄く開いている目で『っていうかもしかするとみーさんも元は白蛇だったって可能性もあるし』などという都合の良い解釈をしてみつつ、とにかくその神社なら、黒くて人間思いの、親切な神様がいる、という結論に至ったのだ。

 で、その結論に至った以上、向かう先はその神社で、願うべきはその神様だろう。すぐにでも向かい、色々願うべきだと分かってはいたが、何の問題も無くその結論に突き進める、というわけではなかった。

 まず第一に、三人の日程が揃わない。井雲はいつもなら比較的休めそうな週末も仕事が立て続けに入ってしまい、他の日もとても休めない、という状況に急遽、なってしまう。

 理由が他のバイトの都合、というのだから、もし言えるものなら、こっちは神様の都合があるんだから譲れ、言いたいのだが、勿論そんなこと出来るわけもなく、とにかく仕事尽くしになってしまった。

 歩いて行ける距離なら、それでも日中、多少なりとも時間を合わせられるだろうが、数週間は無理、ということになってしまった井雲に加えて、今回は宇江樹も休みが取り辛い状況に陥ってしまう。

 休み返上で働かなくてはいけなくなってしまったその理由が新商品の売れ行きが好調すぎて、というものなら、バイト生活に好き好んで甘んじている芦と井雲としては、何かが後ろめたくて何も言えない。お仕事、頑張って下さい、程度の一言しか、言えない。

 三人のうち、二人まで仕事の都合で休みが取れない状況に何故か突然追い込まれた中で、ただ一人、繁忙期と全く無縁のコンビニバイトに就いている芦だけは、いつも通りの日程で日々が進み、休みもいつも通り休める状況で、そうなると、もう何度目かの神様連れた一人旅、という選択肢が目前に迫ってしまうわけだが・・・、それも、今回ばかりは流石に無理、という結論に至る。

 理由は、やはりその神社までの距離だった。歩いて行くにも、自転車ですら無理という距離では、乗り物に乗って行くしか手段はない。

 しかし芦は車の免許を持たず、かといってタクシーなんかでそんな距離を移動出来るだけの資金もなく、だからといってみーさんを連れて公共機関を利用するわけにもいかない。公共機関は、流石に他の人間がいるのだから、そんな危険は冒せない。

 ・・・八方塞がり、という言葉が三人の中で浮かんだのは、当然と言えば当然だったのだろう。そしてその塞がった状況を、三人は、三人の休暇が揃う貴重なその日のうちに打破することが出来ず、つまり何も解決出来ないまま、暫く休みが揃わない日常に突入してしまったのだ。

 勿論、それから三人が顔を合わせる機会すらない日々が始まった、というわけではない。宇江樹はともかく、芦と井雲は部屋も隣で、みーさんのお世話も互いがバイトでいられない時はもう一人が引き受けている状況なのだから、殆ど毎日、数時間程度は顔を付き合わせているのだ。

 しかしこの二人で打開策が出るわけがなかった。また、宇江樹とも電話やメールでのやり取りはしていたが、なかなか打開策は見つからず・・・。

 一週間ほど、そんな状況が続き、久しぶりの誰も休みが揃わない週末を芦とみーさんだけで過ごした後、転機は訪れた。もたらしてくれたのは、宇江樹だ。もう他にそれをもたらせる人間はこの三人の中にはいないことが分かりきっているので、ある意味、自然な流れだったのだが。


『僕、仕事関係であの神社の方向に行く事になりました! 社用車使えるし、その日は時間も余裕があるので、あの神社寄れます! だから、うちの社用車であの神社向かいましょう!』


 ・・・このメールが配信された時の芦と井雲の心境は、一糸乱れぬシンクロ的な状態で、同じことを思っていた。

 流石うーさん! ・・・と。そして当然のことながら、この宇江樹の提案を軸に、それ以降のスケジュールを組むことになったのだが・・・、どう頑張っても、組み込めない部分というのは出てきてしまう。

 勿論、その組み込めない部分というのは、三人の中で尤もスケジュールを合わせやすい芦ではなく、また、絶対的に優先しなくてはいけない宇江樹でもなく、どうしても仕事の予定が開けられず、しかしどうしてもこの作戦に必要な役割があるわけでもない、井雲だった。


『・・・スマン、やっぱり休めん! 人生が掛かっているんだ、金銭的な意味で』


 ・・・このメールが井雲から配信された時の芦と宇江樹の脳裏には、以前、一度目に見える形で書き出した井雲の経済状況が浮かんでいた。それこそ、宇江樹のメールが配信された時の芦と井雲ペアと同じほどの、シンクロ状態で。

 経済的に三人の中で誰よりも逼迫している井雲は、バイト日数を減らすわけにもいかないし、バイトを首になるわけにもいかないので頼まれればバイト仲間の誰よりも働かないわけにはいかないのだ。

 つまり、バイトの人数が減っている今、どうしてもスケジュールが空かない。万が一、強引に開けてしまえば、井雲の経済状況に破綻という風穴が空いてしまう。

 そして車が運転出来て、その車自体を用意出来るメンバーのうち、一人は時間を取って、車も用意して、運転も出来る状態でスタンバイしてるわけであって、どうしても、どうあっても井雲の手が必要、というわけでもない。それに出来ることなら、早めにみーさんの仲間を見つけてあげたい、という気持ちもあった三人は、それぞれの苦悩の果てに、最後は毎回みーさんの外出時は欠かさ参加する羽目になっている芦の、滅多にない決断力を発揮したメールで、最後の決定が下されることになる。


『仕方ないから、俺とうーさんで決行する! いっくんは、バイトが終わり次第俺の部屋に直行して、お堂の前で俺達の無事を祈れ!』


 ・・・このメールが芦から配信された時、井雲と宇江樹は、仲間でありながら、ある意味、全く真逆のことを感じていた。

 井雲は、流石に実行が一人じゃないとなると決断早いな、という、芦の判断に多少呆れたものを覚えていて、一方の宇江樹の方は、芦が井雲の分の負担を潔く引き受けたのだと感動を覚えていたのだ。

 間違いなく、正しい反応は井雲の方だったのだが、付き合いの長さか、それとも善良さのレベルの違いか、芦に対して真逆に近いものを覚えた井雲と宇江樹が、互いに感じたそれを共有する機会は、ある意味三人共にとって幸いなことに、永遠に訪れなかった。


 *******


 決行の日は、宇江樹の提案から、かなり早くに訪れた。井雲の返事と芦の決断が早かったのもあるが、そもそも宇江樹の仕事の都合がある為、そうそう日程を引き延ばすわけにはいかなかったのだ。

 その為、日程が決定した時の宇江樹の連絡は『明後日には行かないといけないんですが』という、切羽詰まった内容で、勿論、その申し出を飲むしかない芦は、井雲とも相談し、すぐにみーさんの外出準備に取りかかった。

 洋服、持ち物、それに何をどうお願いするのかを焦って間違ったり足りないなんて事にならないよう、紙に書いて熟考までした。

 みーさんの外出着は、みーさん自身の希望としてはあの、お気に入りの怪獣服のようだったのだが、しかし今回ばかりはその服装はどうだろう、という疑問が芦と井雲の間で持ち上がり、要検討となってしまったのだ。

 勿論、あの格好をしたみーさんの可愛らしさは疑いようがないのだが、多少、巫山戯気味の格好と言えなくもないのではないか、という懸念があった。

 怪獣の格好をした、神様・・・、いくらまだ子供の神様とはいえ、こういう格好が他の神様の前で許されるのかどうかは微妙だと思ったし、何より、そんな格好をさせている人間に、神罰のようなものが下る可能性もある気がしたのだ。

 芦と井雲は、手持ちの、芦の母が何故か理由も告げずに送りつけてきた芦の子供服を片っ端から並べ、検討した。万が一、他の人間に姿を見られたとしても、みーさんの人とは違う部分が見えないで済むような格好で、且つ、他の神様の前でも、そこまで巫山戯た感じに受け取られないような、出来るだけきちんとした服装。

 ・・・残念なことに、きちんした格好を子供時代にした覚えのない、芦だった。

 つまり、きちんとした服装を、そもそも持っていないわけで。二人は、手持ちの服を前に、ひたすら悩んだ。悩んで、悩んで、悩み抜いた。その結果、とりあえず巫山戯ていると受け取られなければ良いだろう、という判断を下さざるを得なくなり、その判断の元、選んだのは、本来なら膝が隠れるくらいの丈で着る、裾の広がったグレーのパンツと、深緑のパーカーだった。

 パンツはみーさんの身長だと踝ぐらいまで隠れるので、靴下を履いてしまえば足は完全に隠れるし、パーカーは正直、カジュアル過ぎると思ったのだが、顔を隠す為にはやむを得なかった。

 ただ、どちらも色味が抑えた感じなので、カジュアルではあるが、巫山戯ている感じにはならないだろうという気がしたのだ。靴も、深緑の紐靴があったので、パーカーと色がお揃いで、何となく、センスが良い感じにも見えるし、紐靴であるが子供用なので、紐は飾で、本当はマジックテープがついており、簡単に脱着出来る優れ物。

 これなら、どうにか・・・、と思ったところで、怪獣の服ではない服を用意されていることに多少の不満顔をしているみーさんを見つけ、二人がかりで宥め、用意した服を試しに着せつつ、まだ不満顔のみーさんに、いつもと違うみーさんも素敵! だの、子供モデルみたい! だの、可愛いだけじゃなく格好良い! だの、みーさんが聞いて分かるのか微妙な褒め言葉を並べ立て、どうにかその機嫌を直して貰えるように褒めちぎる。

 必死だった。それはもう、色んな意味で必死だった。会いに行く神様の機嫌も損ねたくはないが、みーさんの機嫌が直らないのも困る。困る、というより、辛い。

 芦と井雲は、可愛らしいみーさんの機嫌を損ね続けるなんて修行のような真似を続けることが出来ない人間だった。だから、必死に必死に、みーさんのご機嫌を取って。

 最終的に、褒めちぎりながらおやつの杏仁豆腐を出し、且つ、テレビをつけて一緒にワイドショーの芸能ニュースで盛り上がることで、何となく、その場を納めて、みーさんの機嫌も持ち直したのだった。

 ・・・芦達の必死さが報われたとかではなく、おそらく、芸能ニュースで持ち直してくれたのだろうが。

 それから二人でメモを纏め、纏め終わった文面をメールで宇江樹にも送り、仕事の合間に確認してくれた宇江樹の意見や感想を元に、更に文章を推敲して完成させると、他に必要そうな物を書き出し、鞄に詰めて。

 井雲はその辺りで、バイトの時間を迎えてしまったので、荷物の最終確認は芦一人で行うことになってしまったが、勿論、芦にそういったことを一人で自信を持って行う力はない。

 その為、出来る限りの知恵を絞って用意した荷物の一覧を、メールで宇江樹と井雲の二人宛に送り、二人の意見を募った後、再び指摘があった持ち物を揃えて・・・。

 三人で集まって完成させた準備ではないが、現代の文明の利器である携帯を使って三人の力を合わせて行われた準備は、決行日二日前の夜まで掛かり、ようやく終わった。

 但し、翌日、一日かけて心の準備と終わったはずの荷物とみーさんの服装の再点検を何度も何度も行っていたので、ある意味、二日がかりの準備になっていたのだが。


 しかしとにかく、宇江樹が社用車で迎えにくるその時間には、どうにかスムーズにみーさんと共に車に乗り込み、出発出来る運びとなった。

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