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八百万が祭る 準備不足は否めない  作者: 東東
【三章】準備も含めて目的です
12/22

 決行は、三人共の休みが揃う日にする、というのはもう言葉にする必要も無いほどの決定事項だった。


 芦が、もう一人でみーさんを連れ歩くという緊張を味わいたくない、という無言の訴えをしていたという理由もあるが、それとは別に、みーさんが会いたがっている人に、あのお堂があった土地の持ち主に、おそらく関係者である人に、ちゃんと手を合わせたい、という気持ちが三人共にあたのだろう。

 その行為に、意味があるのかどうかは分からなかったけれど。

 しかしそれが決定しているということは、つまり決行出来る日も決定している、ということだった。芦と宇江樹の休日は週末で、井雲が休みを取りやすい、シフトが休みになる確率が高いのも週末なので、必然的に、翌週の土曜日が決行の日になる。

 その為、それまでに宇江樹がお墓の場所を確認する、ということで話は纏まった。

 約束の日が来るまでは、勿論、いつも通りの日常を送ることになる。芦と井雲はバイトとみーさんのお世話、宇江樹は社会人としての勤めを果たしながら、お墓の場所調べと父親達の監視。

 ただ、そもそもはその宇江樹の父親達、あの宗教団体に怪しげな動きがある為、みーさんを守らなくてはいけない、だからみーさんの仲間の神様を探そう、という趣旨の元、今回の騒動は始まっているわけで、それはつまり、墓参りをしてもおそらく解決しない問題で、それならば空いている時間に、解決に向けて他の行動を起こすべきだった。少なくとも、お墓を調べる、という新たな役割を得た宇江樹以外は。

 しかし、何となく・・・、そう、本当に何となくで、何の理由もないのだが、何となく墓参りという新たな目的を果たしてから次の目標は実行すべきだろうという気分になっていた芦と井雲は、特に何か、新たな行動を取ることはなかった。それが次の目標ではなく、最初から一貫した目標であることから目を逸らして。

 そして目を逸らし続けて日々を送ること、数日。時間というのは何があっても淡々と流れていくもので、特に何もせずとも、とうとうその日はやってきた。


「みーさん・・・、その服、もの凄い気に入ったんだな」

「うん、この間、一緒に図書館行った時もご機嫌だったし・・・、蛇で恐竜って、どうなんだろうって思わなくもないけど」

「でも、可愛くて似合っていると思いますよ!」

「確かに」

「うん、それは間違いないな」


 前日、宇江樹が調べたお墓の場所をメールで教わりつつ、当日、時間通り訪れた宇江樹の前には、芦と井雲の手で着替えを完了していたみーさんがご機嫌な状態で待ち侘びていた。

 着ている服は勿論、先日図書館へ行く際にも着ていた恐竜型の服で、靴はまだ履いていないが、室内でまるで尻尾を振るようにご機嫌に歩き回っているみーさんの姿は、真剣に可愛い以外の何物でもなかった。

 芦が呟いたように、蛇なのに恐竜姿、という点や、外にみーさんを連れ出す、という点に色々思うところはあるが、それでも可愛いものは可愛い。

 見つめる三人の視線に気づいたのか、両手を挙げて、くるくるその場で回るみーさんの愛嬌たっぷりの行動を眺めながら、三人は、とりあえずその思う色々を隅の方に放り投げ、これからの行動を相談し始める。

 行き先は決まっているし、今回は留守番なしで全員で行動ということも決まっているので、他に決めるべきことは目的地まで向かう為のルートだけだった。

 当初、車で行動するのが一番安全なのではないのかという意見があって、みーさんを他人に見られない為にはそれが一番良いのではないかと思ったのだが、事前に目的地である墓場に一度、足を運んだ宇江樹情報だと、途中の道が狭かったり階段があったりするので、車だと逆に不便になるかもしれない、ということだったのだ。

 その為、今回は徒歩ということも決定していた。大体、芦宅から三〇分から四〇分ぐらいの距離だというので、歩けないこともないだろう、という判断もある。それに今回は三人で行動なので、誰か、他の人間に見つかりそうになっても、三人がかりで頑張れば隠せる、誤魔化せる、という判断もある。

 過去、二度一人でみーさんを連れて歩いている芦としては、今日は一人ではないので多少気楽な気持ちでの外出となりそうだった。それこそ、飲み物や多少のおやつを鞄に詰めてしまうほどに。


「やっぱり・・・、こっちの細道行って、階段で一回上がってから、こっち側に下りて、それから回り込んだ方が人気がなさそうでいいかもなぁ」

「そうですねぇ、たぶん、その道が一番、人気がなさそうですね」

「でもさ、みーさん、そんなに何回も階段上り下りさせたら可哀想な気も・・・」

「あー・・・、確かにそれはあるな」

「あのっ、それなら階段は僕達が抱っこか何かして上がり下りしてあげるっていうのはどうでしょう?」

「うーさん、ナイスアイデア!」

「それがいいかもな。どっちにしろ、みーさんが自分で階段上ろうとしたら、たぶん、凄い時間かかるし」

「まだ小さいもんなぁ・・・」


 携帯に表示させた地図を眺めながら、三人の相談は進む。まず第一に、他人に遭遇しないこと。第二に、みーさんに負担が掛からないことを考えながら道を選べば、少し遠回りにはなるが大体の進路はそれほど時間をかけずとも決まっていく。

 そもそも、選択肢が限られているのだから、行くと決めてしまえばそう時間は掛からないのだ。

 そうして三〇分程度の打ち合わせで進路を決定した三人は、改めてみーさんの服装や、必要な物があるのかどうか等を確認した上で、まるで重要なミッションに出発するかのような重々しい沈黙を広げた後、とうとう芦の部屋から旅立つ。

 芦は自分一人の責任じゃない、という多少の重圧からの解放、他の二人は初めての徒歩でみーさんとの外出という緊張感、そしてみーさんは三人とのお出掛けという状況に、ただひたすら楽しげにしながら・・・、墓参り、という、実は芦達三人共があまり経験のない行為に向けて、突き進んで行ったのだった。


 *******


「・・・っていうか、実はこの間、図書館行った時も気になったし、その前にも何度か気になったことがあるんだけどさ、聞いてもいい?」

「駄目だ」

「いっくん、一応お伺いの形は取ってたけどさ、まだ内容も言ってないのに拒否るのって、有り得なくない?」

「有り得る。この状況だったら、有り得る」

「いやっ、だってまだ何も言ってな・・・、」

「言わなくても分かる。分かるから言うな」

「いっくん!」

「芦さん! 分かって下さい! 口にしたら最後、引き返せない言葉というのがあるんですよ!」

「うーさん! 俺、そこまで大層なこと、言おうとしてないって!」

「してます! 僕達の生活を根底から揺るがすかもしれないことです! 僕達はここで、生活しているんですよ! 分かって下さい!」

「そうだぞ! あーちゃん、うーさんの言う通りだ! この場所で生きてく以上、飲み込まなくてはいけない言葉があるだろ!」

「・・・俺はただ、これがみーさんが起こしている超常現象なのか、それとも元々ここで起きる自然現象なのかを聞いてみたいだけなんだけど」

「だからそれを聞いたら駄目なんだよ! 自然現象だったら救いようがないだろ! いいからこの疑問はどこかその辺に放り投げとけ!」

「・・・いっくんの、いけず」


 最初は緊張感を保ちつつもそれなりに会話も交わしていた三人のそれが途切れがちになり、やがて完全に途切れたのは、歩き始めてから二〇分ほど経った頃だっただろうか。

 たった二〇分ではあるが、みーさんを連れて歩くことにそれぞれが多少慣れ、また道程も半分ほど乗り切ったという状況が、ある意味、彼等三人に余裕を与え、そしてその余裕が、この場合、悪い方向に働いてしまったらしい。

 ・・・悪い方向というか、特に方向が悪いわけではないが、そちらを向くと辛くなる方向、というか。


 ──とにかく、人気が無かった。人気、どころか、人に会わなかった。


 それは、芦がみーさんを連れて図書館に行った際と同じ状況で、もっと言えば、お堂を運搬した際と同じ状況とも言える。そしてそのどちらの状況の時も、芦はその人気のなさにたった一つの疑問を抱いてしまうのだ。

 ここは、本当に都会なのか、と。

 図書館に行った際は、誰にも聞けなかった。みーさんしかいなかったからだ。いや、正確に言うなら、みーさんに、この人気のなさはみーさんのおかげなのか、それとも自然発生的な状況なのかを問うことは出来たのだろう。

 しかし、芦の心の片隅に、みーさんにそんな、繊細な気遣いに近い力の使い方が出来るとも思えず、そうなると必然的に自然発生的な状況だとなってしまう為、聞けなかったのだ。もしそれが分かってしまったら、自分一人で虚しい現実に耐えなくてはいけなくなるのだから、出来るわけもなかった。

 でも、今は一人じゃない。仲間が二人もいて、ならば疑問を分け合うことぐらい出来るのではないかと、そんな具体的な考えまで持っていたわけではないのだが、それでも疑問を素直に口に出すくらいの行動は自然と取ってしまったのだが・・・、それは許されない疑問だったらしい。

 よくよく思い返してみれば、お堂を運び出す際にも同じように許されなかった疑問なのだから、この結果は分かっていた気もするのだが。

 芦は、自然で素朴な疑問を許されなかったことに、そしてその許されなさが、まるでその疑問を口にする事は重罪だとでも言わんばかりの拒絶具合に、結構な重みの哀しみを覚えた。それは拒絶されたから、ではない。そうではなく・・・、拒絶されてしまうくらい、やはり深刻な事態なのだと実感してしまうからだ。

 人が、いない。人に、会わない。人気の無い場所を選んで歩いたら最後、誰にも、会えない。


 ・・・いっそ住所も都会じゃなければ、諦めがつくのに。


 まるで何かの情けのように住所だけが都会。名ばかりの、都会。・・・どうしてここに都会の住所を与えたのか、一体誰に抗議すればいいのか分からないが、実態があまりに即していない現実に、ひたすら哀しみを覚えている芦と、そんな芦の気持ちを充分に察しながら、仕方なく目を逸らすしかない二人で、場は哀しみの沈黙に暫し、包まれていたのだった。

 相変わらず、誰にも会わないままで。

 そういて哀しい沈黙が続いたのは、おそらく、一〇分程度だっただろう。その間、もう誰も使っていないような、古くて細い階段を上り、少しだけ小高い、ベンチ以外何もない謎の空き地を通り過ぎ、すぐに下りの階段を下りて、また細い道に入っていく。

 勿論、階段の上り下りはみーさんを抱き上げるようにして上りながら、最初の試算でいえば、おそらく残り一〇分あるかないか程度の距離まで進んだところで・・・、それは起きた。起きた、というより、起きる前だった、とでも言うべきかもしれないが、とにかく、異変が訪れたのだ。


「・・・あのさ、」

「どうした?」

「芦さん?」

「いや、なんか・・・、ここ、直進して、このまま真っ直ぐ、墓地に行かない?」

「え?」

「でも、この先はコンビニが一軒、あるはずなんですけど・・・」


 異変が訪れたのは、芦だった。それは芦自身にも良く分からない、謎の反応で、唐突に、身体の奥底から湧き上がるように異様なモノを感じて、予定外の行動を望む台詞を口にしないわけにはいかなくなってしまったのだ。

 当初の予定では、これから人気の無い民家裏に当たる裏道を使って態々近づいている墓地を迂回し、裏手に回ってから墓地の中に入る、ということになっていた。

 今、辿り着いた場所から真っ直ぐ向かえば距離としては近いし、墓地の正面入り口に簡単に辿り着くのだが、その手前にコンビニがあるので、人に会ったら大変だから、という理由で、迂回しようと話し合っていたのだが、何故かその時、芦の足は止まり、迂回の方向にどうしても芦が向かわなくなってしまっていたのだ。

 理由は、芦にも全く分からない。冷静な思考では、今でも当初の予定通り、迂回すべきだと考えている。いくら、人気があまりにないのだとしても、コンビニを利用する客すらいないのだとしても、何かの店があるということは、少なくとも店員はいる、ということになるのだ。

 つまり、必ず他人がいる、みーさんが見つかる危険が増える、これは間違いないだろう。

 しかしそれが分かっていて尚、何故か、芦の中の、冷静ではない部分が叫んだのだ。訴えてきたのだ。このまま、真っ直ぐ進もう、迂回するのは止めよう、それはやるべきではないのだ、と。

 芦は、理性を凌駕するその声を、無視することが出来ない。また、無視するべきではないと感じて、他の二人に訴えた。迂回ではなく、直進しようと、理由を上手く説明することすら出来ないが、それでも切々と、訴える。


「なんか、分かんないんだけど・・・、こっちの道、入らない方がいい気がして仕方がないんだよ」

「嫌な予感がする、みたいな感じってことか?」

「そうそうっ、なんか、凄いするんだよっ、そういうの! それに、この先直進したって、コンビニ一軒くらいだろ? 大丈夫だよ、それぐらい、どうにかなるって。店の前、ささっと通り過ぎればいいだけだろ?」

「でも、お客さんとかがいたら・・・」

「いないって! そんな希望、今更あるわけないじゃん!」

「あーちゃん! 希望がないって言うな!」

「そうですよっ、芦さん! お客さんという希望がなくても、店員という希望はきっとありますから!」

「それ、希望なのっ?」

「希望だよっ! 希望ってことにしておけよ!」

「すげぇ虚しい希望だな、それ・・・、って、じゃあ、もうそれが希望ってことでもいいから、とにかくここを直進しようって! なんか、絶対その方がいい気がしてるんだよ!」

「まぁ・・・、俺は別に、いいんだけど・・・、たぶん、ここまで来たら、大丈夫な気がするし・・・」

「そう、ですね・・・、もしお客さんに遭遇しても、三人いればみーさんを隠しながら先に進むことぐらい、出来そうですもんね」

「じゃあ、決定! よしっ、直進しよう!」

「・・・直進するのはいいんだけど、そこまで直進したがる理由が分からなくて怖ぇーんだけど」

「・・・俺も自分で、自分の直感が結構怖い・・・、なんで俺、こんなに真っ直ぐ行きたがってるんだろ・・・?」

「何か、嫌な予感がしているってことなんですよね?」

「うん、なんだか分からんけど、びしばししてる・・・」


 理由は、全く分からない。芦にも、他の二人にも。勿論、三人の手を交代で握り締めては、楽しげに足踏みしてみるみーさんにも全く、異変はない。しかしそれでも芦は圧倒的なまでの嫌な予感に支配され、二人に訴えたのだ。途中、宇江樹が口にした希望すらも打ち砕く勢いで、切々と。

 その結果、希望という単語の定義を改めて考える羽目になりかけながらも、最終的には芦の訴えが認められ、三人は止まっていた足を、直進方向に進め始める。

 少し歩くと、すぐにある意味問題になっているコンビニが見えてきて、三人の間に多少の緊張感が生まれるが、しかしある意味、微かな期待も滲んでいたそれは、あっさりと打ち砕かれることになる。これまたある意味、分かっていた結末のような気もしないではなかったが。

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