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八百万が祭る 準備不足は否めない  作者: 東東
【二章】準備に行く手を囲まれます
11/22

『せや、鴉はあかん。鴉はな、遣いなんや』


 鴉は遣い・・・、その意味を、インタビューをしていた子供達も尋ねたようだが、結局、はっきりとはしなかった。真面目に問いかける子供達を完全に煙に巻いて、真義を語らず、他の話題に移ったかと思うとその話題すら曖昧に。

 ただ、鴉に何かすることだけは許されないと、それだけは結論として齎されて、インタビューは終わっていた。分かることは、影沼霜次郎にとって、鴉は特別だったのだろう、ということのみ。一体何故、鴉なのか、それは分からないが・・・、ただもう一つだけ、そのインタビューで分かるのは、顔だった。

 子供達と共に映っている影沼霜次郎の姿が、白黒写真でそこに映り込んでいたのだ。


「・・・意味は全然分からないけど、まぁ、印象通りの顔の爺さんだなって感じしない?」

「するな。説明も要らないくらい、こういう顔だろうなって感じの顔している。顔っていうか、これ、表情がそうなんだろうな。まぁ、顔もその表情が染みついてこうなってるんだろうけど」

「井雲さん、それは、ちょっと・・・、まぁ・・・、我が強そうな感じは確かにありますけど・・・」

「いや、我っていうか・・・、うん、なぁ?」

「分かるけど・・・、俺に同意求めないでよ、いっくん」


 写真の中の影沼霜次郎は、集めた資料や他の人達の話から浮かび上がる姿、そのものだった。立っている子供達の真ん中で椅子に座り、カメラの方向へ顔を向けているのだが、時代が違うのか、それとも地主の威厳なのか、きちんとした和装をしており、足を広げ、その間に両手で握った杖を突き立てている姿は、やたらと威圧感があり、しかもその威圧感が、はっきりと意地の悪いタイプの威圧感だった。

 多少丸まっている背とは対照的なまでの威圧を纏うその顔は、笑みを浮かべている。但し、漂わせる威圧感と同様に、どう見ても親切そうな笑みではなく、カメラを構えている人、周りを取り囲む子供達、更には写真となった自分を見つめているだろう人間まで馬鹿にしているような意地悪げな、人を食ったような笑みで、人柄の悪さが窺えるとしかコメント出来ないような表情なのだ。

 意地の悪い年寄りの見本を作ったら、まさにこの通り、とでも言うしかないような姿。

 何をどう考えても、この意地悪見本のような人が、みーさんに関係しているとは思えないし、正直、思いたくない。これがその時の三人に共通する気持ちだった。

 勿論、どう考えても関係しているとしか思えない状況なのだが、それでも尚、認めがたい心境なのだ。まるで、まだ世の中のことを良く分かっていない幼い神様が、悪い大人に騙されてしまった、その事を知ってしまったかのような後味の悪さすら感じて。

 三人とも、同じ気持ちだった。だからこそ、どうしたら良いのかが分からなくなる。調べてしまったことを、知ってしまったことを、感じてしまったことを、どう捉えたらいいのか判じかねてしまった状態。

 いっそ、何も調べてないことにしてしまおうか、この影沼霜次郎という人のことは、なかった事にしてしまおうかとすら思う。当初の目的だった、みーさんの仲間の神様捜しは、別の方法を使って調べた方がいいんじゃないかと、そんなことも思って。

 しかし、それは叶わなかった。理由はただ一つ、何よりも大切な一つだった。


「みぃ・・・」

「うおぉっ!」

「えっ? みーさん!」

「どっ、どうされたんですかっ?」


 三者三様の驚きが、それぞれを襲った。井雲は座ったまま数センチは飛び上がり、芦は動揺を声に表しながら仰け反り、宇江樹は逆に前のめりになって焦る。それぞれ表現は異なるが、唐突に驚いたのには勿論、理由があって・・・、全く予期していないタイミングで、すぐ間近にみーさんの声を聞いてしまったからだった。

 話に夢中になっていたし、もう弁当を食べ終わっていても不思議はない。それでもテレビは点いているし、世の中どうなっているんだと思うくらい芸能ニュースは常に、どこかのチャンネルで流れているから、リモコンの使い方をマスターしたみーさんなら、好きに変えて楽しんでいるはずなのに、何故かすぐ傍、並んで座っている芦と井雲、その二人に向かい合っている宇江樹の間に挟まるような位置に、近づいていたのだ。

 ぽつん、と立っていたみーさんは、芦達の驚きを余所に、じっと見つめている。小首を傾げて、じっと、じっと。その視線は三人の間に広げられた紙へ注がれていて、一瞬たりとも逸らされない様は、何か、切実とすら言えそうなモノを含んでいるように見える。一途、と言い換えてもいいような。

 芦達は、何故か息を飲むほど緊張した。理由は明確ではないのだが、何かが起きるのかもしれない、という予感のようなモノを抱いたのかもしれない。

 みーさんが見つめる先には今まで三人が見つめていた紙があり、そこにはみーさんに関係している・・・、とはあまり三人としては思いたくないのだが、客観的に見て、みーさんに関係していそうな人間のインタビュー記事と、当人の写真が写っているのだから。

 そして、みーさんの視線は広げられた紙の中でも、はっきりと一点、写された写真へ結ばれていた。


 ・・・ふと、みーさんの瞳が何か、波打つように揺れたのを、三人は確かに見た、と思う。


 ぺたり、と音でも出そうなほど唐突に、みーさんはその場に座り込む。崩した正座のような座り方。そしてその小さな指、人差し指だけを伸ばすと、真っ直ぐに見つめていたあの一点、写真の方へ伸ばしていって。

 その指先がこの後、何を示すのか、それはもう、何もしなくても三人にも分かっていた。ただ、それでも本当にその指が指し示すのか、何かの可能性に縋るように見つめている先で、三人共が分かっていた未来が静かに訪れる。

 小さな指先が示す、たった一点。たった、一人。どう見ても、意地が悪くて根性曲がりな、厄介な老人。


「・・・みぃ」


 みーさんは、それでもその人を指差した。その人だけを、指差した。指差して、そして・・・、自分が指差していた先に定めていた視線を、ふいに上げる。固唾を呑んでみーさんの行動を見守っていた三人に順に視線を向けて、何かを訴えたそうなか細い声を出す。指は、決して示す先から離さずに。

 合図があったわけじゃない。強いていうなら、みーさんのその眼差しが合図だが、その眼差しに促されたわけではなく、ただ自発的に三人は写真の老人をもう一度、見つめる。写真は、何も変わらない。変わらない状態で、そこに映り込んでいる。その、はずなのに・・・。


 何故か、みーさんに指し示されているその人は、態と意地悪ぶっているだけの、根は優しい老人のように見えた。


 ・・・きっと、みーさんが指を離してしまえば、それまでと変わらず、意地悪そうで根性曲がりの老人にしか見えなくなってしまうのだろう。そんなこと分かりきっているのに、それでも尚、どうしても今は、幼い神様が、みーさんが指し示すこの瞬間は、写真の中には本当は優しい老人しか映り込んでいないのだ。

 三人は、じっと写真を見つめる。みーさんは、まるで写真の中の老人に何かを訴えかけるように、小さな指先で撫で続ける。写真の老人は、もう亡くなっているのに。もう、何も言わないのに。

 三人は、なんだか何も言えないほど胸が詰まってしまった。色々思うことはある。写真の老人の見え方も、どうなのだろうと思う部分はある。たぶん、色々気の所為だろうと判じている点もある。

 ただ、それでもみーさんは指を差し続けているから、とても、とても、何かを訴えそうな、物言いたげな様子でいるから。

 それなのに、写真の老人は何も語らないから。それなのに、みーさんは・・・、みーさんは・・・、


 なんだか、酷く会いたそうにしているように見えるから、


 少なくとも、三人ともにそう見えていた。だから、何も言えなくなってしまった沈黙の中で、それでもその言葉が零されたのは、あまりにも自然な流れだったのかもしれない。

 ただ、誰がその発想が出来たのか、というだけの違いで、発想出来たら三人の内、誰が口にしてもおかしくなかったのだろう。

 誰がしてもおかしくなかった発想をして、誰が洩らしてもおかしくなかった台詞を零したのは、芦だった。芦自身、何故自分がその役目を担ったのか、担えたのか、分からないくらい自然に、それは零されていて。


「この人ってさ・・・、今、近くなのかな・・・」

「近くって?」

「いや、お墓的なの、近くなのかなって・・・」

「あぁ、そういう・・・、たぶん、そうじゃないですか? 昔からこの辺りに住んでいて、土地を持っていらした方という話ですから、逆に、他の土地に縁は無いんでしょうし・・・、だったら、近くにお墓、あると思います」

「じゃあさ・・・、とりあえず、お墓参り的なこと、した方がいいのかな? ほら、俺達、一応、この人が持っていた土地で好き勝手しちゃったわけだし・・・、それに・・・、」


 芦の視線は、みーさんへ流れる。むしろ、ずっとみーさんに向けられていたのかもしれない。そして井雲と宇江樹の視線もみーさんに結ばれていて、だから芦が口にしなかった言葉の続きは、声に出されなくても分かっていた。

 いまだに、写真を見つめ続けるみーさん。離されない小さな指。どことなく、淋しげな姿。


 ──みーさんが、会いたそうにしているから。


 死んだ人間に会わせてあげる方法なんて、芦達にはない。死人を蘇らせる力なんて勿論ないし、死人に声を届ける方法、死人の声を聞く方法も勿論持っていない。

 むしろそんなモノがこの世のどこかにあるなんて三人ともあまり真剣には信じていないし、だからもう、死者に対して出来ることなんて一つもないと言い換えてもいいのかもしれない。

 でも、そんなもう会えない人にそれでも会いたいと思う時、人が取れる行動は知っているから。そういう時の為に、もう会えない人に会う場所があるのだと思うから。


「・・・そうだな。うん、とりあえず、ご挨拶的なモノはした方がいいだろう。人として、礼儀かもしれないしな」

「それがいいと僕も思います。じゃあ、僕、お墓の場所、調べてみますよ」

「あ、マジで?」

「はい、亡くなられた時、お香典も出してますから、調べられると思います」

「なんか、うーさんばっかり色々頑張ってもらってて、マジ、申し訳ないっていうか・・・」

「いえいえ! とんでもないですよ!」


 芦の零したそれに、最初から他の選択肢はなかったかのように、井雲と宇江樹の同意が重なる。宇江樹からは、墓の場所確認という作業の申し出まで行われ・・・、結果、とにかく墓参りに向かう、という結論だけが出た。

 当初の目的、その準備の為に行われた行為の全てを使って、ただその結論だけが出て、その結論以外の結論は、みーさんの前にでは出せない人物評価だけしか出せていない状況。

 準備として行われた行為の全てが、意味を成していないかのような現状に、一応、三人ともが自覚をしてはいた。してはいたのだが、しかし・・・、何かを察したのか、感じたのか、今までずっと写真を見つめていたみーさんが、唐突に顔を上げ、何かの期待に満ちた目で三人を見渡してくるから。


「みーさん・・・、このお爺ちゃんの、お墓参りに行こうか?」

「みぃ?」

「こんにちは、元気ですよ、って言いに行くんだよ」

「みぃ・・・、みぃ!」

「あ、やっぱり嬉しそうですね、みーさん」


 墓参り、の意味がみーさんに分かっているのかどうかは分からない。ただ、芦が、井雲がそれぞれかけた言葉に、みーさんは嬉しそうに声を上げたから。その声に、三人は嬉しくなったから。

 だから、何も解決に至っていなくても、今後の行動の一つは、決定したのだった。


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