表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
八百万が祭る 準備不足は否めない  作者: 東東
【二章】準備に行く手を囲まれます
10/22

 他人に話を聞くという時間が掛かる役割を持った宇江樹から進捗を聞くのは、週末という約束になっていた。


 その為、芦と井雲は来るべき時の為に、それぞれが集めた情報を互いに見せ合い、整理して、宇江樹と合流する週末に向けて準備をしていた。一番、日常も仕事も大変そうな宇江樹が、一番大変な役割を負ってしまっている状態なので、そんな宇江樹の手間を少しでも省こうと思ったのだ。

 あまり物事を整理整頓して話せるようなタイプの二人でもないが、それでも奇なる部分にマーカーを引いたり、ノートにメモしたり、それくらいのことなら自分達にも出来るはずだと、そんな前向きな気持ちで進めていった作業は、実際に約束の週末が近づく頃には、一応それなりに形にはなっていた。中身がどうなのかは、別として。


「・・・しっかし、一つだけ言えることがあるな」

「まぁ・・・、そんな気はするけど・・・、でも、これ、言っていいことか?」

「分からん。ただ、もしかするとこの場では口にしない方がいいことかもしれないなぁ」

「だよなぁ・・・」


 纏め終わった諸々を見下ろして、芦と井雲は二人、何となくそれ以上は何も口に出さずに、そっとみーさんの様子を窺った。

 まだ食べ終わっていない朝食を嬉しげに突きつつ、朝のニュースの、芸能コーナーを見ているみーさんは、二人の視線に気づかない。唐揚げと芸能ニュースという最強タッグが目の前にいる場合、よほどの声を芦達が上げない限り、みーさんは大抵気づかないのだ。

 しかしそれが分かっていても尚、口に出すことが憚られることというのはある。

 絶対に聞いていないだろうし、聞こえないだろうけど、それでも聞かれていたらどうしようという心配、それに・・・、みーさんは聞いていなくても、お空の彼方にいらっしゃるのかもしれない、いらっしゃるのかもしれないが今もってその方が人間的な言葉で何と呼ばれているのかも分からない方が、もし聞いていたらどうしよう、という心配でもある。

 みーさんの信者だったのかもしれない人、少なくともみーさんの側の人間で何か死した後も超常現象が起きて土地持ちのままとなっている人に対する評価として、口にしたら最後、とんでもない不敬に当たってしまい、その結果、自分達にとんでもない不幸が当たったらどうしよう、という心配があったからこそ、口に出来なかった。出来なかったが、二人は心の底から、調べていた人に対するたった一つの評価を下していたのだ。


 ・・・この人、絶対に変わり者だった。


 どの資料を見ても、個性の強さがぎらりと光る、という感じの様に、そんな評価を下さずにはいられない。しかも変わり者というのも、おもしろおかしい変わり者というより、何となく、あまり関わりたくないタイプの変わり者という感じがするのだ。

 つまり、性格的にもあまりお付き合いしたいタイプじゃない、というか。

 二人とも、口には出さない。色々なモノを憚って、決して口には出さないが、交わす視線だけの会話では、はっきりとその気持ちを伝え合っている。これは絶対、変わっている。間違いなく、アレな人だ、と。

 微妙な沈黙を孕んだまま、手元の資料を見つめる時間がどれほど続いたのか。二人にとって決して短くはない時間は、それでもいつかは終わりを迎える。勿論、待ち人が現れるからだ。この場にまだ集まっていない、情報を手に。


 鳴り響くチャイムの音に肩が跳ねるのは、もうトラウマと言い換えても良い事象だろう。


「芦さん、井雲さん、宇江樹です」

「今開ける!」


 正直、トラウマ状態なのでチャイムなんて鳴らさないで名乗るだけでいいのだが、真面目な宇江樹は常にチャイムを鳴らし、同時に芦達が怯えるので声もかけてくれる。

 よほどのことがない限り反応しないはずのみーさんですら、聞こえた音に一瞬、動きを止めてドアの方を振り向くほどなのだから、やはり一度、やんわりとチャイムを鳴らすことを止めるように伝えるべきなのかもしれない、と思いつつ、芦は返事を叫びながらドアに駆け寄る。

 開けた先にいた宇江樹は、先週よりはマシな顔色ではあるが、相変わらす疲れを滲ませた様子でそこに佇んでいた。

 仕事、親父、与えられた役割と、とにかくやることが多いのだろう宇江樹が疲れているのは激しく当然で、芦は当然、すぐさま宇江樹を部屋の中に入れ、ドアに鍵とチェーンをしっかりかけつつも、宇江樹にとにかく座って人心地つくように促す。

 宇江樹は芦の気遣いに感謝を示し、井雲とも挨拶を交わし、チャイム音が聞こえて以来、テレビではなく人間達の様子に興味を示していたみーさんにも丁寧な挨拶をしてからお楽しみ時間を邪魔したことを詫びて、楽しい食事の再開を促して・・・、みーさんが促された通りに楽しい食事を再開させたところで、ようやく宇江樹は深い、深い溜息をつき、肩の力を抜いた。

 玄関から戻ってきて自分の所定の位置に腰を下ろしながら、そんな宇江樹の様子に毎度感じる哀れみを今日もはっきり感じながら、同時に、芦も井雲も、今日は何となく、微妙な緊張のようなものも感じていた。これから宇江樹が開示する、新たな情報に対する、期待や不安を孕んだ緊張を。

 そして逆に、宇江樹は芦達が集めた情報に、同じような期待や不安を感じているのだろう。落ち着いたその目には芦達と同じ色が浮かんでいて、互いに互いの情報に対する感情を見て取りながら、宇江樹は斜めがけしていた鞄を肩から外し、中から一冊のノートを取り出してくる。

 おそらく、宇江樹が集めたのだろう情報が書き記してある、ノートを。


「一応・・・、色々、話は聞いてこられたんですが・・・、何か、どう言ったらいいのか・・・」

「・・・うん、とりあえず、お互いが持ち寄った情報を交換して確認してから、意見を言い合うってのはどう?」

「いっくん、流石!」

「じゃあ、これ、俺と芦が纏めたヤツ。そっちはそのノートに纏まってるんだよな?」

「はい。じゃあ、これを・・・」

「うん。芦、見ようぜ」

「おう」


 自分が集めた情報を書きしたのだろうノートを抱き締めるように持ったまま言葉を濁す宇江樹の様子に、芦も井雲も、その濁された理由が何となく、分かってしまった。何故なら芦と井雲の二人の間ですら濁された何かと同じ空気が、そこには漂っていたからだ。

 ただ、同じ空気を感じたからこそ、珍しく、決断は早かった。最初に意見を井雲が述べれば、あっさりとこれからの動きは決まり、宇江樹は抱き締めているノートを井雲に、井雲は芦と共に纏めた一式を宇江樹に渡し、芦と並んで一冊のノートを覗き込む。向かいでは、宇江樹が井雲から渡された、芦との合作された紙を見つめる。

 それぞれが紙を捲る音だけが響く沈黙は、十数分ほど続いた。一週間分の情報、しかし一週間ずっとそれだけに専念していたわけでもなく、また、集められる情報も限られていたので、さらっと目を通すだけならそこまで時間は掛からない。

 実際、書類に目を通すのにある程度慣れている宇江樹は芦と井雲が二人がかりで集めた情報もさらさら目を通せてしまったし、逆にあまり書類に慣れていない芦達も、宇江樹が仕事の合間を縫って何とか聞き出せた情報、世間話レベルのそれに目を通すくらいなら、大した時間もかけずに出来た。

 ・・・が、目が通せたからそれで良いのかといえばそんなことは全く無く、勿論、その先があるからこそ、目を通していたわけで。

 自然と、視線は互いに絡んでいく。それだけで、全てに目を通し終わったのだろうという気配は伝わったのだが、誰が何を切り出すのかはその視線では決めきれない。

 ・・・いや、正確に言えば、三人とも、言いたい事はある程度同じで、その気持ちも視線だけで伝わってはいたのだ。何故なら沈黙している、なかなか切り出せないというその空気そのものが、何を言いたがっているのかを示しているも同然だったのだから。

 無言の、探り合い。もしくは、無言の、押し付け合い。三人は視線を絡め合わせたまま、自然と顔を寄せ合う。まるで、誰にも聞かれるわけにはいかない密談でも始めるかのように。誰にも、というか、聞かれてはいけない存在は、すぐ近くにいる小さいけれど偉大な存在か、もの凄く遠いけれど偉大な存在なのだが。

 つまりは偉大な存在に聞かれるわけにはいかない、ちっぽけな人間のちっぽけな密談は、最後には互いに縋るような視線を向けることによって、いつも通りの勝敗が決する。ただ単に、いつも通り、一番人の良い人間が折れた、というだけなのだが。


「・・・たぶん、人柄とか評判とか、そういうの、一言で言い表せる人なんだと思うんですけど」

「・・・うん、俺らもそんな気はしている」

「ってか、うーさんが話聞いた人達は、あからさまにそう言っていたんでしょ?」

「はい、思いっきり仰ってました。もう、皆さん、口を揃えて仰ってました。でも・・・、ご本人のお話見ても、そんな感じなんですね・・・」

「なんか、そういう評価されるのを自慢ってでも思ってたんじゃないかってくらい、清々しくそんな感じだよな」

「自分で好き好んでそういう評価を貰ってたって感じだよな、ここまでくると・・・」


 仕方なく口火を切った宇江樹共々、誰も明確な一言は口にしなかった。ただ、芦がそっと広げて三人の間に置いた、宇江樹のノート、そこに話を聞き込んだ一人が断言した台詞が書き込まれていて、三人の視線がそこに向かうことによって、明言しない一言は明確になっていたのだ。

 誰もが口を揃えて断言し、芦達が探し当てた本人の話しぶりからも断言出来てしまうそれ。もし、偉大なる存在を意識しなければ、力の限り口にしているだろうそれ。

 みーさんのお堂が立っていた土地の所有者で、死した今も尚、超常現象の真っ直中にいる人が、そんな評価をせざるを得ない人だとは思いたくないのだけれど。


 影沼霜次郎という人は──、周囲から忌避されるタイプの、変わり者だった。


 確かに、相当な金持ちで、土地持ちで、つまりは凄い人だったのだろう。影沼家自体の歴史も長いらしく、当人も事業を成功させているのだから、そういう意味では凄い人、特に、芦や井雲のようにアルバイトでふらふらしている身としては、恐れ入るほどの凄さではあった。・・・が、人柄や評判的には、あまり羨ましくないタイプの凄さで。

 生涯独身だったらしいその人は、あまりに変わっている所為か、他の家族とも疎遠で、一番近い家族が兄妹だったようだが、その兄妹とも仕事上の絡みが多少ある程度で、親しく付き合ってはいなかったらしい。

 また、友人らしき人も話には出てこず、それだけならまぁ、淋しい老人、と思えるのだが、言動が変わっている上に結構激しく、あまり淋しげな姿が見当たらない。

 別に、一人で生活している老人が淋しく見えないことは、構わないだろう。むしろ、良いことなのかもしれない。ただ、近所付き合いを馬鹿にしたり、世間で言われている他の成功者に対する悪態をインタビューで答えたり、会社や一部親族への苛烈な対応だったりを見るにつけ、変人で偏屈なタイプなのは間違いないようだった。

 おまけに、近所の人は、日課のようにして取る影沼霜次郎の一部行動に結構迷惑していたようで・・・。


「・・・この人、これ、好きでやってたのかな? それとも、近所に対するちょっとした嫌がらせ・・・、じゃなくて、うん、まぁ、何か、アレな理由でやってたのかな?」

「あー・・・、鴉の餌やり?」

「そうそう、鳩の餌やりで迷惑かけている人なら道端で見かけたことあるけどさ、鴉って、俺、初めて聞くんだけど・・・、いっくん、ある?」

「ない。ってか、鴉って結構、怖くないか? なんか、目でも突いてきそうっていうか・・・」

「実際、大分怖がっている人もいたようですね。やっぱり、餌やり効果で近所に鴉が増えてしまっていたので・・・、近くを通る羽目になった時、やっぱり怖かったとか・・・」

「これ、抗議しても駄目だったんだよな?」

「えぇ、全然聞く耳を持ってもらえなかったようですね」

「蛇なら分かるけど・・・、鴉か・・・」

「ってか、これ、あれだよな?」

「これとあれって、何だよ、あーちゃん」

「いや、こっちのほら、写真入りのインタビューのヤツ」


 影沼霜次郎の謎の迷惑行動に、三人それぞれ首を傾げている中、ふと、芦が自分がコピーした資料の一部を思い出し、三人の真ん中に差し出す。それは近所の学校の子供が、地元の人に話を聞いている、インタビュー記事だった。

 おそらく、昔からいる人だからと選んだのだろうが、どれも皮肉やからかい混じりの返答で、素直な子供達が腹を立てなかったのかどうかが気になる内容でもあった。正直、インタビューを断ってもらった方が良かったんじゃないかと思ってしまうものばかりでもあるのだが、その中の一文が、芦の記憶に引っ掛かったのだ。

 その箇所を目で探し出し、他の二人に見やすい向きに紙を向け直して、指で差す。一読した際、不思議に思った箇所。意味が分からず、おそらく、話を聞いていた子供達も戸惑っただろう、それ。

 子供達の質問は、野良犬や野良猫についてだった。その当時、ブームに乗って飼い始めたのはいいが、結局飽きてしまい捨ててしまう、無責任な行為の果てに野良になってしまった犬や猫の特集がテレビであったらしく、それについての意見を求めたものだった。

 たぶん、他には他意のないそれに、影沼霜次郎は、不可解な答えを返しているのだ。


『犬も猫も、どうでもいいわ。興味ないな。これが鴉に何かした、いう話なら、とんでもないことやけどな』

『鴉ですか?』

『せや、鴉はあかん。鴉はな、遣いなんや』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ