序章
「もうそろそろ・・・、お迎えがきそうな気がしてましてな」
虫の声すら聞こえない真夜中の暗闇の中、木々の吐息だけが広がるその場所に、溜息に混じってしまった沁みのような声で、その呟きは洩らされる。全く洩らす気がなかったのだろうそれは、しかし洩らされてしまったからといって、誰が反応するわけでもない。聞き取ってくれるわけでもない。何故なら、聞き取ってくれる人がその場にはいないのだから・・・、少なくとも、聞き取って反応してくれるような存在だけは、いないのだから。
もう一つ洩らされたそれは、溜息というよりは安堵に近かった。もしくは、安堵そのものだった。
「・・・お迎えにがくる、なんて、まぁ、厚かましい表現だったかもしれませんなぁ」
再び洩らされた呟きは、大気に解ける前に小さな苦笑で彩られる。それは自嘲というには柔らかく、微笑にするには哀しげで、聞こえる反応が何処にもない様が、どこか淋しげにも見えるものだった。
俯き、肩を落とした姿が、その淋しげにも聞こえる声を更に、更に淋しくさせて。
「お会い、出来んでもいいんです。ただ・・・、ただ、一言・・・、」
風が、吹く。
木が、揺れる。
月が、零れ落ちる。
「・・・まぁ、未練がましく言うことでもありませんな。叶うなら、叶うんでしょうし」
微かな声は、吹く風に飛ばされ、揺れた木々に砕かれ、零れた月影に隠されて、もう何処にも残らない。
けれど残らずとも、発せられたことが確かならば・・・、確かで、あるのならば・・・、
──きっと、その場所には残っていたのだろう。