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今時流行りの殺人事件

 石造りの塀に沿って紅葉が生い茂る中庭には、巨大な灯篭や、小さいながらも立派な造りの池が立ち並んでいる。苔色に濁った池の中には数匹の錦鯉が遊泳しており、風に流されて水面に落ちた銀杏(イチョウ)の葉と共に、中庭の風景を鮮やかに彩っていた。そんな風情ある庭に今宵急遽集められた人々は、お互い不安げに顔を見合わせながら一人の男が喋り出すのを待っていた。


 その男の名は、平等院鳳凰堂。明らかに偽名である。人を信用してなさそうな腫れぼったい目つき。パーマ頭に、無精髭。ヨレヨレのTシャツに破けたジーンズという、見た目も明らかに安っぽくて怪しさ満点だ。


 何でも都会からやってきた名探偵だと宣う平等院は、しばらく黙ったまま突っ立って黄色に染まる銀杏の木を眺めていたが、やがて集まった人々を振り返ると薄っぺらい笑顔を浮かべ彼らに語りかけた。


「お待たせしました。皆さん、集まっていただいたのは他でもない。先日この老舗旅館で起きた女将殺害事件のことです」

「!」


 若い探偵の渋く低い声が、色鮮やかな中庭に重く響き渡った。人々は目を見開き、やがて矢継ぎ早に平等院に食ってかかった。


「は……犯人が分かったのか!?」

「一体誰なんだ、早苗女将を崖から突き落として殺したのは……!?」


 唾を飛ばし詰め寄る宿泊客達を、探偵はまあまあ、と笑いながらやんわりと押し退けた。


「ところで皆さん、気がつきませんか? この事件……老舗旅館で起こった、完全なる密室殺人。館には古くから伝説の童歌(わらべうた)が残され、数年前にも同じ部屋で同等の事件が起こっている……」

「それは昨日の夜聞いたよ」

「やはり、何か関係があったのか? 今回の事件と……」


 息を飲む関係者達を前にして、平等院が芝居掛かった演技で首を横に振った。

 

「いえ。何も関係はありませんでした。ですが、余りにも……」

「?」

「余りにも今回の事件、”古典”すぎる!」

「!?」


 気がつくと西の空には宵の明星が浮かび、辺りはすっかり冷え込んできた。探偵の突然の叫び声が中庭に木霊し、人々は思わず飛び上がった。


「何? こてん?」

「どういうことだ?」

「だってそうでしょう! こんなあからさまな老舗旅館で、密室殺人だなんて。私はねえ、曲がりなりにも探偵ですからこんなシチュエーション、はっきり言って何百回も見て来ましたよ! 使い古され過ぎてるんですよ! ”古典”なんです、密室殺人自体が!!」

「……知るかよ、お前の職業病なんて」


 徐々に光を増して来た月明かりの下で、宿泊客の一人が呆れたようにため息をこぼした。


「愚痴言ってる暇あったらさっさと事件を解決しろよ、平等院探偵」

「もう私はね、犯人に言いたい。もっと最新の推理小説とか読んで、今の時代の流行を研究してから犯罪を犯せと。今時もっとねえ、ネットやらSNSやらを駆使したハイテクな犯罪とか、爆弾とか使った派手な奴が流行ってるんですよ……」

「人が死んでるのよ。推理小説と現実をごっちゃにしないでちょうだい」


 どうやら派手に活躍できないことにブツクサ文句を垂れている平等院に、宿泊客から鋭い声が飛んだ。古池で鯉がぽちゃん、と音を立てて跳ねた。たっぷりとヒゲを蓄えた丸メガネの老人が、でっぷりとしたお腹を突き出しながらよたよたと前に出て来て平等院に告げた。


「おい、お前は”古典”の素晴らしさを分かっていない、平等院。ミステリにも歴史と伝統というものがあるんだぞ。”古典”は、お前の腕の見せ所でもある。その中でも密室は最早芸術足りうる……」

「私は何も芸術的な美しさのなんとやらに浸りたい訳じゃないんです! ただどかーんと派手な事件をパパっと解決して、新聞にデカデカと載ってチヤホヤされたいだけなんです!!」

「何て頭悪そうな台詞なんだ……」

「ダメだこいつ……探偵失格だわ」


 人々が呆れ返るのも無視して、平等院はなおも無駄に体を捩り月に向かって吠え続けた。


「大体トリックの技法に頼り過ぎてるんですよ、最近の犯人は。物理学だか何だか知らないですけどね、頭良いアピールはもううんざりだ。何かあったら直ぐ専門知識を持ち出して……技術(テクニック)より動機(ハート)でしょうが! 殺人事件は!」

「聞いたことないわよそんな話」

「別に犯人も、アピールするためにやってる訳じゃないと思うが……」

「何処に行くんだ、おい?」


 平等院が不貞腐れた顔をしながら、中庭をトボトボと歩き出した。それから犯行現場となった、中庭に隣接する鍵のかかった納屋の扉の前に立つと、深々とため息をついてみせた。


「はあ……同期がエアジャックのテロリストやら理解不能な知能犯と戦ってる間に、私は片田舎のこじんまりとした旅館で、使い古された密室なんだ……。こんなことやってて、探偵キャリアの何の役に立つっていうんだろう……私はもう探偵失っか」

「良い加減にしなさい!!」

「!?」


 すると、突然納屋の内側から扉が開け放たれ、頭を垂れていた平等院にクリティカルヒットした。


「女将!?」


 中から出て来たのは、何と死んだと思われていたこの老舗旅館の女将・田中早苗本人だった。中庭に集まった人々は目を丸くして驚きの声を上げた。


「女将!」

「生きてたんですか!?」

「皆、この人よ! この人が私を呼び出して、”事件が起きないから”とか訳わかんないことを言いながら……」

「何だって!?」


 女将は地べたに蹲る平等院を指差して険しい顔で叫んだ。


「幸いこの人が不慣れな密室トリック作りに夢中になってるおかげで、私は気絶で済んだみたい」

「そうだったんですか……良かった、女将……」

「平等院、あなたねえ!」


 女将は探偵の首根っこを捕まえて無理やり起き上がらせ、啖呵を切った。


「貴方も探偵なら、事の大きさに関わらず全力を尽くしなさい! どんな小さい事件にもね、そこには人間が関わっているのよ! トリックの出来で手を抜くんなら、探偵なんか今すぐ辞めなさい!」

「さ……早苗さん……!」


 それから女将は平等院を納屋の中にぶん投げて、外側から扉の鍵を閉めた。女将がため息を漏らした。


「フン……たかが密室一つに手こずってどうするの。しばらくその中で反省してなさい。貴方を探偵として、鍛え直してあげるわ。せめて”完全な密室”が作れるようになってから、もう一度声をかけてちょうだい」

「おお……何だか良く分からんが、良い話っぽい……」

「何処が?」

「とりあえず、警察に連絡だ」


 女将の言葉に、集まった人々がどよめいた。納屋の中からは平等院の呻き声が聞こえて来た。


「さ……早苗さん。私が、私が間違ってました。”古典的な密室”だからって、手を抜いたらダメなんだ……。ありがとうございます、おかげで探偵として大切なものを思い出せました……」

 女将はもう、しかし彼の話を聞いてはいなかった。

「さあ、皆さん。お騒がせ致しました。どうぞお部屋にお戻りください」

「あれ? でも完全な密室を作ったら、私此処から出られなくないですか?」

「酒と肴をご用意いたしましょう。ささ、是非……」

「待ってください。あれ、開かない。早苗さん? 早苗さぁん……」


 いつの間にか夜は更け、雲に覆われた空にはうっすらと月が輝いていた。女将は集まった人々を連れて、中庭を後にした。残されたのは、納屋に閉じ込められた哀れな探偵の悲痛な叫び声だけだった……。

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