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パーフェクトヒューマン殺人事件

 男の頭の上で、ゆっくりと”シーリングファンライト”が回っている。


 カフェの天井にあるような、くるくると回る謎の扇風機だ。右を見ればスチールの本棚にずらりと専門書や学術系の本が立ち並び、左を見れば”スパティフィラム”とかいうアメリカ原産の珍しい観葉植物が飾られている。壁に貼り付けられた”フェルメール”の”真珠の耳飾の少女”や、”ミレー”の”落穂拾い”のレプリカポスターを見つめながら、高層マンションの一角を訪れた男は苦笑いを浮かべた。


「何とも、オシャレなお部屋ですねえ……。フェルメールは、何期の何派の何主義だったかな? 私が昔通ってた美術学校の寮では、それを答えるのが合言葉になっててね。間違えたら、踏み絵をさせられたんですよ」

「本当ですか?」

 男の言葉に、そばにいた若い警官が驚いたようにピクリと眉を動かした。意気揚々と語り出そうとするヒョロ長の男を睨みつけ、すぐさま強面の刑事の低い声が後ろから飛んできた。

「おい、此奴(こいつ)の言うことを一々真に受けるな。此奴(こいつ)は美術になんかこれっぽっちも興味を持っていないぞ」

非道(ひど)いなあ刑事さん。私だって、教科書くらいは読みましたよ……」


 男はそう言って薄っぺらい笑顔を貼り付け刑事の方を振り返った。


 男の名は、平等院鳳凰堂。明らかに偽名である。人を信用してなさそうな腫れぼったい目つき。パーマ頭に、無精髭。ヨレヨレのTシャツに破けたジーンズという、見た目も明らかに安っぽくて怪しさ満点だ。


 刑事が白い手袋をはめながら、ジロリと自称・名探偵の平等院を睨みつけた。


「お前を呼んだのは、容疑者のプロファイリングのためだ。何百年前に死んだどっかの巨匠が、どんな派閥だったかなんてことじゃ無え」

「はいはい……ああそうだ。”フェルメール”は、”バロック期”だった。”ヨハネス・フェルメール”……”フェルメールはこの項目に転送されています。小惑星については……”」

「失礼ながら、そこの小さい注釈の部分は、飛ばしてもいいんじゃないでしょうか?」

「ああそうか」

「そもそもネット記事を読み上げなくていい!」


 スマホの画面を覗く平等院と若い警官を、強面の刑事が鋭い声で遮った。


□□□


「おかしいですねえ……」


 漆喰(しっくい)で塗り固められた真っ白な壁を見渡しながら、平等院はわざとらしく眉を吊り上げて見せた。その横で膝をついていた刑事が、探偵を睨みあげた。


「何がだ。捜査の時間は限られてるんだ、勿体振らずに言え。ったく、上からの命令じゃなけりゃお前みたいな奴……」

「どうもこうも、この部屋はおかしいことだらけです」

「?」


 ブツクサと文句を垂れる刑事を無視し、平等院はツカツカと歩みを進めると勝手にクローゼットを開けた。中にはクリーニング済みのジャケット数着と、冬物のコートや小綺麗なスーツがハンガーにかけてあった。平等院は納得したように頷くと、部屋の方を振り返った。


「ね?」

「だから、何が、だよ。俺には全然おかしいようには見えないが」

「それこそが、ですよ刑事さん」

 苛立ちを隠せない刑事に、平等院は煽るような口調で告げた。


「見てください。壁掛けテレビに、オシャレな家具の数々。この部屋は、完璧すぎる。まるで”自分には欠点が何もない”とでも言ってるかのようだ」

「はあ?」

「大体殺人鬼ってホラ、アニメや漫画ばっかり見てるんでしょう?」

「それはワイドショーの見過ぎでは……」


 首をかしげる若い警官を無視して、平等院は捲し立てた。


「”フェルメール”だなんて、これは”如何にも”な意味の無い飾り、”ミスリード”ですよ。大体九割方の人間は、”フェルメールの美しさ”そのものじゃなくて、”フェルメールが美しいと思っている自分”に酔ってるに違い無いんですから!」

「お前を基準に美術を語るな」

「この部屋には、アニメグッズも漫画雑誌の一冊もありません。脱いだ服が床に散らばったりしてません。何処にエロ本を隠しているんでしょう? 何処でカップ麺食べてるんでしょう? この部屋には、生活感がない。あまりに完璧すぎるんです!」

「だから、お前の生活と一緒にするなよ」


 刑事が呆れ顔で、暴走する中流階級探偵の口を鷲掴みにして塞いだ。若い刑事がその隣でタブレットを取り出した。


「この部屋の住人ですが……名前は吉田ソウヘイ、三四歳。若くしてIT関係の仕事で資産家になり、交友関係は派手……。その分黒い噂が絶えず、恨みも買っているようですね。この部屋は別荘代わりに週末泊まりに来るみたいです。被害者は田中早苗さん、二二歳。弁護士の父親を通して、吉田と知り合ったようですが……」

「なるほどな。人を殺すようなタマにゃ見えねえが……」


 刑事がタブレットを覗き込み、吉田の顔写真を確認した。キリッとした眉と筋立った鼻は、なるほど何処かの国の若手俳優に見えなくも無い。平等院が息を吹き返した。


「でもね、人は誰しも欠点を抱えてるものですよ。この部屋は、全然それが見当たらない。完璧だ。怪しさの欠けらもない。だからこそ、逆に怪し……」

「裏の裏の裏とか、疑い出したらキリがないわな。ま、証拠になるブツは出てこなかったワケだ。とりあえず隣の住人に聞き込みして、今日のところは帰るとするか」

「分かりました」


 刑事は平等院の口を押さえつけながら、部下とともに小綺麗に整えられた部屋を引き上げた。

 

□□□


「すいません。私こういう者ですが……」

 刑事が容疑者の隣の呼び鈴を鳴らし、出てきた主婦に警察手帳を見せながら会釈した。すると、平等院が下からにゅっと飛び出してきて尋ねた。


「奥さん、突然ですが貴方は自分の隣に住んでいる人間がどんな人物が知っていますか? 職業は? 家族構成は? 年齢は、交友関係は、趣味は、何期の、何派の、何主義なのか……?」

「”物語の始まり”みたいに言ってんじゃねえ!」


 刑事が平等院の頭を押さえつけた。三十代くらいの主婦はドアチェーンの向こう側で訝しげに首をかしげた。

「さあ……? あんまり話したことないですけど。部屋にいらっしゃることも少ないし……あの、何かあったんですか?」

「いいえ。何もなかった(・・・・・・)んです。欠点が見当たらなかった。きっと隣の人は、人に後ろ指を指されるようなことは何一つしたこと無いに違いありませんよ。深爪もしたことないんでしょう」

「は、はあ……?」

「邪魔すんなよ!」


 刑事が平等院を通路に投げ飛ばした。壁にぶつけた拍子に、平等院の爪は割れた。


「痛ってえ!」

「奥さん。何か隣人のことで、気づいたことはありませんか? 詳しい内容は話せませんが、人の命がかかっています。若い女性が、悪意ある人間に突き落とされたのです」

「まあ……!」

 探偵を無力化し、刑事は震える拳を握りしめ改めて主婦に向き直った。

「もし犯人が分かれば、我々は今すぐにでもそいつの首根っこを捕まえて、被害者と同じ目に(・・・・・・・・)遭わせてやりたい(・・・・・・・・)くらいですよ。どんな些細なことでもいいので、是非我々に協力してください」

「そういえば……」


 主婦は右手を口元に当て、少し考え込むような仕草をしてから呟いた。


「隣の人、時々顔を変えて”変装してる”って噂聞いたことあります。”自分は名探偵だ”とか、”今日から私の名前は平等院鳳凰堂だ”とか、夜な夜なワケの分からないことを言ってるんだとか……」


 

 


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