その4
アンジェラが指揮を取っていた防衛本部からほど近い個室に、ネイトは案内された。とても命の恩人に対する待遇ではないが、それはネイトも心得ていた。
『さて……僕はそちらに敵対する意志はないんですが、ま、そういっても信頼してもらえないでしょうから。僕の騎士をそちらに預けましょう。質疑応答には僕がいれば問題ないですし』
というわけで、ネイトは寒々しい何もない部屋に一時隔離されたのである。
そして、早くも部屋に入ってから一時間近くが経過しようとしていた。
ネイトは椅子に座ったり、椅子の背の上で逆立ちしたり、部屋の中をひたすらぐるぐる回ったりと、適当な行動をしながら時間を潰している。
――それを別室で監視するレイヴン達は、釈然としない様子で見つめていた。
「……外部との連絡をとる様子もない。魔術師的な匂いも感じない。だが、あのわけのわからんオーバーテクノロジーを所有している。いやはや、全く意味がわからんね」
「全くもって。上からの報告も、わからないことしかわからないという情けないものですし」
両手を広げるヴァレリアに、ようやく落ち着いたらしいアンジェラは剣呑な視線を向けた。
……ちなみに、なぜか服を全て着替えており、レースが可愛らしい、ちょっとしたお姫様にも見える、ドレス姿の出で立ちに変わっていた。
「あれがなにで動いてるかくらいはわかるでしょ?」
「それが全く。魔術的にも科学的にも、どうアプローチしても分からないと」
「……動力もわかんないの? ガソリンとか原子力とかそういうのでもないってわけ?」
「んな映画やアニメじゃあるまいし、このご時世にそんな動力積んだ人型ロボットがいてたまるもんですか。……ヴァレリア、それじゃ、あっちの死体は?」
「そちらは現在現場を封鎖しています。防護服はもちろんのこと、ベールの魔術をかけた状態でも臭いが貫通してきますから、調査のような長時間活動は不可能です」
「ようは俺達じゃ完全に手詰まりってわけだ」
レイヴンは頭上の水晶体を見上げた。水晶体にはネイトのいる部屋の、今まさにこの時の様子が映し出されている。
「元より、彼から話を聞かないという選択肢は存在しません。……まあ、少しはイーブンに近い状態で会話したかったですが、致し方ありません」
「……こちとら全国民の命を救われたんだ。そんな奴と対等な話し合いって方が、おかしい話とも思うがね。で、誰が話すわけ?」
「決まってるじゃない!」
胸を張るアンジェラに、レイヴンはわざとらしくため息をついた。
「……ま、行政執行者様のお手並み拝見といきましょうか」
「――そのことですが、レイヴン・アトラザム。あなたの同席は許可しません」
「な――なんでよ?」
少々想定外だったのか、レイヴンは慇懃な態度も忘れ、面食らった様子で尋ねた。
「あの怪物の到来を予期したかのようなタイミングでの登場。胡散臭いと言わずなんと言いますか」
「いや、あれは本当に偶然で――」
「何より、本来これはあなたなどでは窺い知れない、聖主や我々(トークン)が対処すべき事案です。お互い、本来の業務に戻る、ということです。……本来ならば、あなたも彼のように軟禁して然るべきところですが、先の奮戦を一応信用して、ここは放免しているということをお忘れ無く」
とりつく島もないヴァレリアの言葉に、レイヴンは口をもごもご動かした後、力なく頷いた。
「ここは言う通りに致しましょうぞ、フロイライン」
「……うさんくさい」
アンジェラからのストレートな暴言にも微笑で応える。
「きもちわるい」
「そっちは傷付くからやめて! んじゃまあ、がんばって。これ、せんべつ」
レイヴンは内ポケットをまさぐり、キャンディーの小袋を取り出した。
それをまじまじ見ながら、アンジェラは首をかしげる。
「りゅーあご……?」
「龍顎散のどすっきり飴だ。がなりすぎのお嬢さんにはぴったりかと思ってね」
「ああそうお気遣いありが――がなりすぎぃ!?」
アンジェラが目を剥いて怒鳴った時には、レイヴンの姿は風と共に消えていた。
「逃げ足の速い……」
「……まあ、あれで当代有数の戦闘向きの魔術師ですから。ある程度の無礼講は許容せねばなりません。さて、ここからが本番ですよ、アンジェラ」
「わかってるわ! まあ見てなさい。私がさらっとあいつから情報聞き出してやるんだから。――あ、でも何か、そう、変わったことがあったら、念話で教えてね」
『心得ています』
「ありがと。じゃ、いってくる!」
アンジェラは堂々と胸を張り、部屋を出て行った。
ヴァレリアはドアが閉じたのを確認してから、肩の力を抜きながら息を吐き出し、別室の様子に目を移した。
「……さて。アンジェラがあなたとまともにやり合えるかどうか」
アンジェラが扉を勢いよく開け放つと、中のネイトは穏やかな笑みで迎えた。
「ああ、どうも。ぼちぼち、僕の知見を求めてくる頃かと思ってましたよ」
「お見通しだったってわけ?」
「この国についてはさておいて、この時代の人類の状態は、知識の上では知っていますから」
ネイトは回転椅子をくるくる回す。見た目通りの子供じみた行動と正反対な冷静で簡潔な言葉に、アンジェラは自身のペースがおおいに乱されていることを自覚しつつ、最初の問いかけをした。
「あなた、何者?」
「……うーん、ずいぶんと抽象的な問いかけですね。それを知ってどうします。状況から判断して、僕はあなた方が想定しうるタイプの人間ではないという結論に至ると思うんですが」
「だから聞いているんじゃない」
ネイトは椅子の回転を止め、右足を椅子の上にあげ、膝に顎を起き、アンジェラをすっと見据えた。
「僕が何者かというのは、そこまで重要なマターですか? あなた方の街を破壊し尽くした彼らについての詳細――そう、たとえば、これから先の襲来はあるのか、とか、奴らはどこから来たのか、とか、奴らは見た通りの竜という種なのか、とか、優先して聞くべきことはいくらでもあると思うんですけど」
そして、と、ネイトは両手を広げる。
「僕はその全てに答えられますよ」
そう言いながら見張った瞳の紅い光には、得体の知れぬ力があった。
術や呪いの類ではない。その目に宿るのは絶対的な自信だ。相手を呑み込む、圧倒的な説得力がその目にはあった。
……が、アンジェラはそれに屈する少女ではなかった。というか、彼女はそんな機微を察知する能力が著しく低かった。
「いいえ、あなたのことを教えて」
頑な、愚かにも見える態度に、ネイトは困惑気味に口をへの字にし……。
「あははははははははははははっ! ……そうですか、ま、時間はいくらでもありますしね、いいでしょう。では、僕の話をしましょうか」
ひとしきり笑ったあと、穏やかにアンジェラを見つめ、語り始めた。
「……細かいことは抜きにして、まず僕が何者か、ということですが。ま、自分で言うのも恥ずかしいんですが、一応、英雄とか、やってました。未来で」
「え?」
アンジェラはぽかんと口を開けた。
「僕が使っていたあの兵器――神骸機というのですが、あれを使って、人を竜の手から守っていました。ま、最後は失敗したというか……人類最大の痛み分けで、僕の英雄としての生涯は終わりました」
「……ふ、ふーん」
「また、もう一つばっさり結論だけを申し上げますと、遠くない未来に、人類は竜に屈します。世界の覇権は彼らの手に移り、それから、竜による千年王国が築かれる。竜は人を管理し、地球を統治するんです。僕達の時代になるまでね」
ネイトはアンジェラの反応を確かめるように、一旦言葉を止め、再び見つめる。
「……え、えーと、つまりあなたは、千年後の人……?」
「はい、その通りです。ま、英雄になるまでも色々あったんですが、一々話していては先に人類が敗北してしまうでしょうから、また追々」
「ちょ、ちょっと待ちなさい……こういうの映画で観た!」
「へ?」
今度はネイトが口をぽかんと開ける番だった。
「あなた、その未来を変えるために過去を改変しにきたのね! そうなんでしょう!?」
「……ええ、そういうことになります。あの、もしかして時間旅行ってこの時代ポピュラーなんですか?」
「まさか! 時間は不可逆、絶対よ。どんな魔術を用いても覆せないわ」
「その論理でいくと、僕の言っていることを信用できるとはとても思えないんですが」
「さっき自分で言ったじゃない、あなたは私達が考え得るあらゆる可能性に合致しないの。つまり、私達の考えの外から来た存在……たとえば、未来から来た人、って結論付けても不思議じゃないでしょ?」
「……なるほど」
今度はネイトが考え込む番だった。
『……困ったことになったなあ』
内に響くファーレンハルトの声に、ネイトはため息で応じた。
『笑い話か狂人のような扱いを受けると思っていたが……どうする、ネイト。この国の末路を伝えるか?』
(――いいや。たぶん、この子は予言と直接の関係はない。僕が先に予言のことを伝えたら、不要な混乱と疑いを招くだけだ。もう少し、この国全体の様子を見たい)
「――いやあ、よかった。話が早くて助かります。与太話みたいに思われるとばかり思っていたんですが」
「まあ、下界の人間に言ったらそういうこともあるかもね! でも、この私は信じるわ! いいえ、信じたい! だから、もっと話を聞かせて!」
「……では、本題の一つを」
ネイトの笑みが消え、極めて冷徹なトーンで言葉を紡ぐ。
さながら博物館の機械音声のようであった。
「あなた方の敵――いいえ、これからあなた方の天敵となる竜という種は、この星に遙か昔より棲み着いていた種です。あなたも御伽噺とかで聞いたことがあるでしょう?」
「ええ! よく映画にもなっているわね」
「彼らはそういう空想の話で描かれてきたものと、基本的に大差はありません。ただ、それはあくまで基本的な形であり、彼らは様々な姿形をとります。……あなたは、ギリシャ神話のゼウスって知ってます?」
「もちろん!」
「彼も竜です。竜としての名は雷蹄。彼の操る雷土が海を打った時、蹄のような足跡を残した事から…………」
「……いやいやいや、ゼウスってヒゲのお爺ちゃんでしょ? あと、その、ちょ、ちょっとはしたない言い方をするけど、き、近親相姦ばっかりしてて……」
「それはその時代の人が雷蹄についての情報を後世に残すために記したもので、だいたい事実です。脚色もあるらしいですけど」
「ええ……ほんと?」
「こっちは証明する手立てがないので、あなた次第ですとしか。……雷蹄の操る雷土、いえ、雷土こそが雷蹄なのですが、竜はそれぞれそのような権能を持っています」
「権能……」
「その竜を竜たらしめる力と思っていただければ。その現象は、何も雷土だけではありません。北極や南極のような氷に閉ざされた世界を生み出したのも、街を破壊し尽くすハリケーンも、彼らの権能の一端なんです。……ま、自然そのものなんてとんでもない権能を使えるのは、竜の中でもとびきりの大物だけですけどね」
「えと……じゃあ、あなたの言うことが本当なら、私達は上で死んでるあんな奴が近くにいるのに普通に暮らしていたってこと?」
「はい。無論、竜としての姿を晒すことは、今はないです。……近いうちにあるでしょうが、それがいつかは言えません」
「待ってよ、私達は現に襲われて――」
「ええ、おかしいんです。だから。僕が介入した。僕は……未来を変えなくてはいけない。その上で何が一番未来を変えうるかといえば、竜と人の戦争の結果の逆転です」
『……………………』
ファーレンハルトの唸り声に、ネイトの唇の端は少し歪んだ。
しかし、アンジェラはそれには気付かない。
「人と竜の開戦に先んじて竜が現れたこの地には、僕やあなた方が知らない何かがあるはず。僕はその何かを見つけたいんです。それが……糸口になるかもしれないから」
「……あなたの言いたいこと、正直全部はわかってないけど、目的はわかった。それをみんなが信じる信じないは別にして、私は、あなたの行動を見たから、信じられる」
「と、いうと?」
「この私、アンジェラ・アストレイアが宣言します! あなた……ええと、名前、なんだっけ?」
「ネイトです」
「ファミリーネームは?」
「……ありません」
「そう。……じゃあ、ネイトをこのアトラティアに客人として迎え入れます! 地球最後の神秘の楽園は、あなたを歓迎いたします!」
アンジェラはスカートをそっと摘み、恭しく頭を下げた。
「……こういう映画みたいなの、一回やってみたかったの!」
「はあ……えっと、ありがとうございます。――僕からも一つ聞いて良いですか、アンジェラ」
「もちろん! なんでも聞いて!」
すっかり相好を崩し、胸を張るアンジェラに、ネイトは困り顔で言った。
「エイガ……ってなんですか? 牙?」
「…………へ?」
この二人の奇妙な尋問は、アンジェラがぽかんと口を開けて幕を閉じるのだった。
別室のヴァレリアは、唇を真一文字に結んだまま、水晶に移る景色を見つめていた。
――彼女の呼びかけに、アンジェラはついぞ答えなかった。