1-9 強制連行
とても小柄な、身長一五〇センチにも届かないような凸凹コンビの片割れが取った突然の行動に周囲は困惑しているようだ。
もちろん、俺も戸惑いを隠せない。いきなり仲間割れを始められても困ってしまう。
しかし、そのお陰で俺を捕らえようとするかのように狭まっていた包囲網が動けないでいるのはありがたいけど。
仲間相手に武器を向けるのはためらわれるのか、幾人かが構えを解くのが目に映る。
そして、その隊列を割って進み出てくるのは凸凹コンビのノッポのほうだ。
「――――――――?」
「――――――――――――――」
バイザーを上げたノッポの声に、両腕を精一杯広げたまま小さいほうが返事をする。
露わになったノッポの顔はビックリするほどのイケメンだった。
少々頼りなさげに見えるがとても優しそうな顔つきであり、その年は若く二十歳くらいだろうか。きっとその容貌で大勢の女性を誑かしているに違いない。
今は厳しい表情を浮かべているが、なぜかわざとらしく見えた。
小さいほうは見た目どおりに子供のような幼い声であっても、どこか決意を秘めたような響きを伴っていた。その目は真っ直ぐにノッポへ向けられていることだろう。
そう思うと、この小さな背中がまるで騎士のようにずいぶんと頼もしいものに思えてくる。
「――――――。――――――――。――」
「――――……」
その声を引き金に周囲が慌ただしく動き出し、俺を庇うかのように立ち塞がっていた小さな騎士は、広げていた手を両側から仲間に引かれて項垂れるように立ち去り、俺はまた一人で取り囲まれることになった。
その後は早いもので、トントン拍子に俺は地に組み伏せられ、両手を後ろで縛られて口には猿轡をかませられた。
自作の魔法使い風の杖も奪い取られてしまい、首から提げていた魔法の袋まで持って行かれてしまった。
今は指輪を外そうとしているようだがうまくできないようだ。力任せに引っぱっていて指がちょっと痛い。
何か叫いているが、言葉なんてわからなくてもそんな態度では協力する気なんてさらさら起こらない。
こうなる前に魔法で殲滅すれば楽だったかもしれないが、いくらなんでも人間相手にそれはできないだろう。
脅しに使うにしても、威力の調節を間違えて山が半分崩れたばかりのせいで正直自信がない。
もしもの時はやるしかないが、せめて俺を庇ってくれた子供騎士は助けたい。
しかし、下手をすれば俺諸共全滅する羽目になる。そうなっては元も子もないだろうから、ギリギリまで我慢することに決めた。
どうやら指輪を外すのは諦めたのか、革袋らしき物を被せられたようだ。後ろが見えないから感触だけでしかわからない。
そして、身を引き起こされてからは腕や足を始め、全身を鉄の鎖で雁字搦めにされてしまった。このままでは何かに目覚めてしまいそうだ。
口を塞ぎ手足の自由を奪ったその次は、いったい何をされるのかと警戒していたら、縛った鎖を引っぱられて村の中のほうへと連れて行かれてしまった。
足もグルグル巻きにされているので歩けるわけもなく、そのままズルズルと引きずられて進んだ先には小さな馬車が置かれており、俺はその中へ放り込まれてさらに縄で固定されることとなった。
シンデレラに出てくるカボチャの馬車のような装飾されたものではなく、畳一枚載せたらもう空きがなくなるくらいの大きさで、そこに御者台なんて付ける余裕もなく車輪も左右に一つずつしかなかった。ただの荷車に幌が付いただけの簡素な馬車だ。
そこへ仰向けで縛りつけられたまま馬に引かれて進み始めた。
*
馬がカッポカッポと歩くたびに俺の頭はガッコガッコと床に当たり続ける。
こんな整備も舗装もされていない悪路を、タイヤもサスペンションも使わず車輪を車体に直付けしただけの馬車で走るなんて何かの拷問だろうか。まれに大きな段差で車体が揺れる時なんて、床に頭を打ちつけてしまい目の前に星が飛び散ることもある。
首を動かしてみても幌に覆われているせいで今どこを走っているのか知ることもできない。
前方は開いていても、この体勢からでは馬の尻しか見えないでいる。
こんな間近で馬を見たことはなかったが、元の世界の馬との違いは特に見当たらない。茶色い毛並みで黒い尻尾のよくいる馬だ。
もしもこれが美少女だったなら、この光景にも一切の文句はないんだが……。
今はどこなのか、どこに向かっているのか、後どれくらいかかるのか、何をしに行くのか、そもそも俺はどうしてこうなったのかなど聞きたいことは山ほどあれど、言葉が通じないうえに猿轡をかまされていてはどうにもならない。
俺を庇ってくれた子供騎士の姿はなく、見えるのは馬の尻と幌の裏地だけだ。
それに、取り上げられた魔法の袋と自作の杖も近くにはない。
杖は欲しければくれてやってもいいが、袋はダメだ。
あれにはめちゃ美味お菓子が入っている。
もしも、一枚でも減っていたら顔にゾンビ張りつけの刑に処してやる。あの凶悪な腐臭に悶えるがいい。
もう馬車に揺られて何時間も経っているだろうに、ふとした瞬間漂ってくるんだ。
たぶん、つまずいた時とか砲弾を避けた時にゾンビの体液が服に飛び散ったんだろうな。着替えも袋の中だから早めに返してほしい。
*
日が暮れたころには移動を止めてご飯を食べるようだ。
馬車から引きずり下ろされ、武装した全身鎧の集団に取り囲まれての食事となったが、手に被せられた袋と縛られていた縄を解かれ、後は猿轡を外されただけで鉄の鎖は少し緩められただけだった。
ジャラジャラとうるさく音を立てながら、味のしない固いパンと塩辛くて固い干し肉を噛みちぎって、ぬるい白湯で流し込む作業を行う。
これは食事と言うよりは作業だろう。あまり他人様から施された物にケチをつけるのもどうかと思うが、これはちょっと擁護できそうにない。
塩辛い干し肉を、味のしないパンで中和させつつも嵩増しさせて、そこにただのお湯を加えてさらにまろやかにしてから嚥下する。
それでもまだ塩辛くて、俺が初めて作った料理よりもひどい味だったと思う。
素材の味を活かして塩だけで味つけしましたっていう意識高い系だろうか。
肝心の牛肉の味は強すぎる塩気でぶち壊されているけど。
それでもすべてを平らげると少し離れた原っぱに連れ出され、そこでベルトを緩められた後は放置されてしまった。
連れてきた全身鎧は俺をあまり見ないようにしているし、まさかここで用を足せということだろうか。
見られながら致すか、着替えもないまま人知れず垂れ流すかの、究極の選択を強いられたことになるが、いくらなんでもこれは……。
……………………尊厳よりも快適さを選びました。
野外排泄プレイを終えると再び猿轡をかまされ、手を縛られてから袋を被せられたうえに鉄の鎖も締め直されて、元どおりの姿となって馬車の中に寝かされることになった。
そんな一日を何度か繰り返し、がやがやとやかましい喧噪を抜けて少し経ったところで馬車が止まった。
ようやく目的地に到着したらしい。
余談だが、たまにパンの代わりに出された茹でたジャガイモの美味しさだけは心に深く刻み込んでおいた。
*
馬車の定位置から降ろされていつもように引きずられながら連れられていくと、予想どおりというべきか、辿り着いた先は牢屋だった。
ところが、そこは少々趣が異なっている。
石で作られた小部屋の一面に鉄格子が嵌まっているような典型的なものではなく、ごく普通の部屋のように見える。
広さも十畳ほどはあり、ベッドやテーブルなど家具も一通り揃っており、隅のほうにはインテリアのつもりなのか壺なんかも置かれている。
牢屋のわりには、デカゾンビに滅ぼされた村の家屋と比べたらずいぶんと豪華な部屋だった。
もしかしたら、村の中央区域にあった屋敷よりもお金が掛かっているかもしれない。今までの俺への扱いからしては考えられないような一室と言えた。
しかし、部屋の中は鉄格子で二つに区切られていて、やはり牢屋であることは間違いないだろう。
そんな洋風の座敷牢には先客はおらず部屋を独占状態なのが嬉しい。
だが、区切られた狭いほうには俺を連れてきた全身鎧が二人残っており、結局は一人で過ごせないようだった。壁に沿うように置かれた横向きの椅子に座っていても、監視されているとなれば心が安まらない。
手に被せられていた袋や、縛られていた縄と猿轡は外されて、歩ける程度には手足の拘束を緩められてはいるが、それらとは逆に鉄の鎖はより増やされてしまい、動くたびにジャラジャラとうるさくてかなわない。
それに、食事の前に手を洗えただけで風呂にも入っていないんだ。
せめてこのゾンビ臭い服から着替えたいけど、そこの全身鎧に伝えたらいいんだろうか。
「あの、ちょっといいですか? 着替えたいんで袋だけでも返してもらえませんか?」
鉄格子の向こう側にいる全身鎧に向かって袋の形を指で宙に描き、それを取る仕草をしながら声を掛けてみたが、チラッと顔を向けただけでそれ以上の反応は寄越さなかった。
態度の悪さは連行中の仕打ちでよく知っていたが、ボディランゲージが通じたのかどうかがわからないし、否定するならするで何か返事が欲しかった。
無言なのがその答えなんだろうけど、独り相撲みたいで虚しさが沸き上がってくるじゃないか。
かといって、ほかにやることもなく、鉄格子の嵌まった窓から外を覗いてみても壁と庭が見えるだけで気になる物は何もない。
それでわかった事といえば、この部屋が三階か四階にあることと、定期的に鐘が鳴ることくらいだ。
飛び降りて逃げたとしても死にはしないだろうが足の骨くらいは折りそうだし、窓の鉄格子は逃亡阻止というよりも転落防止用なんだろうな。窓ガラスもないし。
鐘の音はどこから聞こえてくるのか見当もつかない。
何をやるでもなく椅子に腰掛けてぼうっと過ごしていると、日が暮れたころにも鐘の音が鳴り響き、それから少し経って食事が運ばれてきた。
あの固くて塩辛い干し肉ではなくまともな内容でビックリだ。全体的に味つけが濃いけど美味しく頂けた。相変わらず固いパンも出てきたが、あの時よりはましな味がした。
*
次の日も、そのまた次の日も、朝と夜に鐘が鳴ると食事が運ばれてくるだけで、一切の娯楽もなくただひたすら暇と戦う毎日だ。
監視係の全身鎧は適度に交代しているようだが、話し掛けてみても一様に無視されてしまう。
声を掛ければ一応は顔を向けてくれるから、暇にかまけて『あっち向いてほい』なんてやってみた事もあるが虚しさが募るばかりだった。
パソコンかスマホでもあればいいんだけど――あっ!
すっかり忘れていたけどパソコンだ。元の世界のパソコンだよ。
バイトに行く前にスリープモードにはしてあるけど、俺しか触らないと思ったから設定を変えてログオンパスワードはスキップさせているんだよ。
このままでは俺の不在に気づかれてDドライブやEドライブが見られてしまう。
ダウンロード販売で有名な海外のゲームショップのものや、笑ったら寝ろスレで拾った画像や動画なんかはまだいいとしても、エロゲ―を見られると思うと――いや、部屋に入ればあの無駄にでかい箱は目に留まるか。
フィギュアやエロマンガも本棚に並んでるし。もうこの時点で詰んでるな。
普通のマンガやラノベはダウンロード版を選んで買い直したりしているけど、エロマンガだけは実本じゃないとダメなんだ。電子版では使い勝手が悪い。読みたいページをすぐに開けないからだ。あれは早くどうにかしてほしい。
しかも、汚れるから定期的に買い換えないといけないんで出費がかさむんだよな。
エロゲ―も、あの無駄にでかい箱は邪魔でしかないのに、妙な魅力があってダウンロード版ではなくそちらを選んでしまう。
あれも魔法なのかもしれないな。半額シールのごとくエロゲ箱の魔法。
スマホはポケットに入れたままだし、マドレーヌやチョコレート菓子が入った買い物袋を入れたバッグもない。
全部あの怪人の所に置いてきたんだろうか。バッグは刺されたあの現場かもしれないが……。
これは同じ世界だし、まだ何とかなるかもしれないな。
スマホには大したものは入ってないからまだいいけど、パソコンはどうにかしないとマジでヤバイ。
大事に残してある魔法の箱も、下手に触られて折り目なんかつけられたら発狂しかねん。
あぁ……早く帰りたい。ほんとに。