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1-3 見知らぬ森の中で

 起こったことに理解か追いつかず呆然としていたが、目に入るものはひたすら広がっている森だけだ。

 右を見ても左を見ても苔むした木々が鬱蒼と茂っており、その先を見通すことは叶いそうもない。

 首を上に向ければどんよりと重く淀んだ厚い雲が広がっていて、下へ目を落とすと黒く平らになった地面……ではなく水がある。


 ぐるりと見回してみれば、まるで俺を見張るかのように立ち並んだ樹木に囲われた直径一〇メートルほどの泉の中に立っていた。水深は浅く、膝が浸かるほどもないようだ。


 ここには先ほどまでいた薄暗い部屋の痕跡はどこにもない。月も星も出ていないわりに、あの部屋よりもずいぶんと明るく見える。

 もちろん、あの怪人の姿もない。それだけでもホッとするな。

 不気味さは薄れても、巨体というだけで威圧感は変わらなかったし。


 だが、今はあの怪人に居てほしかった。視界がホワイトアウトしたかと思ったら森の中に居ることの説明をしてほしい。どこかに送ると言ってこうなったわけだからあの怪人の仕業で間違いないだろう。

 それ以前に、俺が住む家の近くにはこんなに深い森なんてないんだ。ここがどこなのか見当もつかない。どうやってここまで連れてきたのかよりも、今どこに居るのかを教えてほしい。


 怪人の言葉を思い出しても、大まかな条件としか言っていなかったから、ヒントがまったくない状態だ。その後に魔王を助けてくれとも言っていたが、助けて欲しいのは俺のほうだよ。


 あれこれと考えていたが、このまま惚けていて誰かに斧でも投げ入れられたら厄介だ。

 ひとまずは水から出ようと一歩踏み出した瞬間、腰近くまで沈み込み肝が冷える。どうやら石の上に立っていたらしく、底の泥に足が埋まったようだ。

 びっくりしたなぁ、もう。


 溜まった泥に足を取られて靴がすっぽ抜けそうだけど、ジャブジャブと歩いて水から上がって振り返ってみれば、まだ空が薄暗いにもかかわらず足跡が見えるほどに澄んだ泉だった。


 綺麗な水を見ていると、起きてから何も飲んでいないことに気づいて喉の渇きを覚えた。

 そういえば、あの怪人が遠足前の母ちゃんみたいなことを言っていたな。ポットに水が入っているとかなんとか。

 それに、靴もズボンも濡れていてちょっと気持ち悪い。何かを振れば火が出るから、寒ければ火を(おこ)せとも言っていたっけ。

 幸い森の中だし、薪になりそうな乾いた枝なんてそこら中に落ちているだろう。それを拾いながら焚き火をしても問題なさそうな広場でも探すとしよう。


 散々探し回っても燃やせそうな枝はなかなか集まらず、濡れたズボンも生乾きになってきた。

 もはや意地になってうろついていると、日が昇り始めたころに水の流れる音を耳が拾った。


 その音を追っていくと森と森の切れ目には予想(たが)わず小川が流れている。

 緩やかな曲線を描く川の対岸は川原になっており、うまい具合に流木も何本か落ちている。ここから見ても乾いているのがわかった。なんだか都合がよいが、ここでなら焚き火をしても安全だろう。


 橋になりそうなものは見つからないし、そのまま足首まで水に浸かってチャプチャプと歩いて進む。どうせ乾かすんだし構うまい。


 乾いた流木から枝を折って集めてはみたが、いささか心許ない数だった。大きめの木からも切り取れたらいいんだけど斧なんて持っていない。今から泉まで戻って探すのも面倒だし、川原の石を使って石斧でも作ろうかと考えたところで閃いた。


 怪人曰く、石を切っても刃こぼれしないという素敵アイテムがあるじゃないか。

 早速手品袋に手を突っ込み、慣れない違和感に背筋を震わせてナイフサイズの黒い短剣を取り出した。


 包丁以外では初めての刃物だが、意外にも持ちやすく俺の右手にフィットした。

 これで切れ目でも入れたらいいだろうと、逆手に持ち替えて木の真ん中辺り目がけて勢いよく打ち下ろしてみれば、刃の半ばまでが埋まり込み短剣が垂直に自立した。


 力任せにやった割りには思ったよりも深く刺さったが、さすがに都合よく真っ二つにはならないな。川原に流木を見つけた時点で俺の運は尽きたようだ。


 気を取り直して木の端のほうを何度も突き刺していると本体に細い亀裂が走る。

 そこへ短剣を滑り込ませてぐねぐね左右に振っているとようやく二つに割ることができた。なんだか一仕事終えた気分だが、また同じように短剣を突き刺し、ぐねぐねしてさらに半分に割っておく。


 次に石を組んで簡単な竈を作り、その中へ集めた小枝や小さな木片を少しずつ入れていく。

 さっきがんばって割った薪には出番が来るまで控えてもらう。


 後は火をつけるだけだが、これが一番面倒くさい。

 とりあえず、怪人が言うところのワンドを取り出そうと袋に手を突っ込んだ。またいくつも映像が浮かぶが、これに該当するのは茶色い木の棒だろうな。

 対象を決めて手を伸ばす。


 そして、袋から取り出した灯りのともった卵色の蝋燭から小枝へと火を移す。

 ワンド? 同じ袋の中に火のついた蝋燭があるのに、使い方もわからない謎の棒なんて選ぶわけがないだろう。

 それ以前に振ったら火が出るっておかしいだろう。意味わからん。

 おかしいといえばこの蝋燭もなぜか燃えたままだ。


 そもそも、元いた泉の位置すら定かでないほどに動き回ったのに、まだ袋から物が取り出せるのが不思議でならない。そりゃ気味の悪さに背筋もぞくぞくするってもんだ。

 下半身が濡れたまま歩き回っていたから風邪をひいたのかもしれないけどさ。


 用の済んだ蝋燭は袋の中へぽいっと片づけ、燃え始めた小枝を簡易竈の中へ入れて、ほかの小枝や木片から小さな物を選び取り、徐々に太くなるようにそれらを順番にくべて火を育てていく。さっきがんばって割った薪をくべられるほどにまでなればもう一安心だろう。あともうちょっと薪がほしいが、一息つこうじゃないか。


 袋へ手を突っ込んで青いティーポットを取り出して水を飲もうとしたが、その手が止まった。

 コップは入ってないんだな。代わりになりそうな物は綺麗な液体入りの小瓶くらいだが、中身がわからなければ捨てることもためらうし、大口開けてジャーっと流し込むしかないだろう。


 お下品だがこの際仕方ない。諦めて青いティーポットだけ取り出したのはいいが、その中身が半分くらいしか入っていなかった。こんな五〇〇ミリリットルくらいのよくあるサイズなのに半分だけじゃ足りないだろう。


 川の水なら目の前に大量に流れているけど、こんなの飲みたくないよなぁ。こんな事ならあの綺麗な泉の水を汲んでおけばよかった。

 とりあえず、服が乾いたらあの泉まで戻ることにして、今はこのティーポットから半分だけ飲むとしよう。


 上を向いて、あ~んと開けた口にゆっくり注いで飲んでいるが……妙だな。

 山の地下水みたいに冷たいのは嬉しいんだけど、ティーポットの水が一向に減らなくて寒気がする。飲むのをやめてティーポットを揺すってみても、量が変わっていないような気がしてしまう。


 ちょっと試してみようと焚き火から離れ、足下へ向けて一、二、三、と数えながら水を垂らしてみる。

 ………………そろそろ六〇を越えたがまだ水は止まらない。

 ティーポットの重さは変わっていないのに、足下はとっくにびしょ濡れだ。袋に続いてこれも不思議アイテムなのか。この気味の悪い水飲んじゃったけどお腹を壊さないか心配だ。


 袋にティーポットをしまいながら焚き火の前へと戻り、その場に腰を下ろしたらどっと疲れが押し寄せてきたように感じた。

 もうこのまま寝転がって何も考えず眠りたい。

 そういえば、外套がどうとか言ってたっけ。どうせそれも不思議アイテムなんだろうな。

 それを取り出そうと袋に手を入れたところで大事なことを思い出した。


 お菓子を貰っていたことを忘れていただなんて自分に驚きだ。

 一つでお腹いっぱいになるとかいう不思議アイテムのお菓子だ。

 食べるのが不安ではあるが、もう得体の知れない水も飲んじゃったし、いまさら気にしても仕方ないだろう。


 そうと決まれば早速とばかりに、笹の葉で包まれた未知なるお菓子を軽い興奮に震えながら袋から取り出した。

 包みを開けてみるとスコーンのような、クッキーのような、そんな見た目の焼き菓子と思しき物が入っている。大きさは熱量の相棒(カロリ○メイト)二本分くらいだろうか。厚みもちょうどそれくらいで食べ応えがありそうだ。


 あと、包んでいたのは笹の葉だと思っていたが、開いてみたらどうやら違うらしい。

 お絵かきの時間に幼児が描いた葉っぱをそのまま持ってきたような一品で、ブナの葉に似ているがそれにしては細長い。見たこともない形の葉っぱだし、これも不思議アイテムなんだろう。気にするだけ時間の無駄であることを俺は学んでいるから何も問題はない。


 そんな葉っぱの事よりお菓子が先だ。手に取って匂いを嗅いでみると、ほんのりと甘い香りがする。焼けた砂糖ではなく何かの蜜だろう。

 端の角を一口囓ってみると、熱量の相棒に似た食感ではあるが、味はまったくの別物であった。


 デパートなんかで売っている缶に入った細長い焼き菓子、ラングドシャに似ていて優しい甘みが口の中へ溶けるように広がり――つまるところ、とても美味しい。

 これにチョコレートを挟むと何かの恋人になれそうな気がする。


 なんて事を考えているうちにあっという間に食べ終わってしまい、いつもの癖でもう一つ手を伸ばそうかと思ったが、身体はそうではないようでかなりの満腹感があった。

 これに紅茶があればなおよかっただけに、そこだけが残念だ。


 こんなに美味しい物をくれたあの怪人が悪いやつであろうはずがない。

 今までいろいろと思うところはあったけど、これからは全面的に信用していきたいと思う。正直まだ気持ち悪さは残っているが、お菓子以外にも便利な道具も頂いてしまったわけだし、せめて疑いの目で見続けるのはやめるべきであろう。


 使い方がよくわからなかったワンドも、きっと言葉そのままに振れば火が出るんだろう。

 寝る時に使えと言っていた外套だって、そこらに放り投げればテントに早変わりすることだろう。

 そういうテントはすでにホームセンターで売られているしな。

 疑う余地はもはやない。皆無だと言ってもいい。


 お腹はいっぱいだし、喉も渇いていないし、日が昇ったばかりではあるが一眠りしようと、意気揚々に袋から外套を取り出して平らな所へ放り投げる。

 すると、どうしたことか、何も起こらないではないか。やはりあの怪人は……いや、待て。

 投げたらテントになるなんて俺が勝手に想像したことだ。疑う前に怪人の言葉を思い出せ。あの母ちゃんみたいに言っていたやつだ。


 たしか……羽織って眠れば雨風は凌げるとかなんとか……。

 そうか、羽織ればテントになるのか。使い方を間違えていたんだな。あわてんぼうさんだ。

 気を取り直して放り投げた外套を拾いに向かい、その場に腰を下ろして肩の上から羽織ってみたがテントにはならなかった。


 待てど暮らせど何も起こらない。

 テントどころか傘にもならないが、あえていうならちょっと暖かいくらいで取り直したばかりの気も抜けてしまった。不思議アイテムばかりではなく普通の物もあったんだなと、ある意味では安心できたかもしれない。


 袋からこの外套を取り出す時に今着ているような服が何着か近くに置かれていたけど、それもおそらくはただの服だろう。濡れてもすぐに乾いたわけでもないんだし、不思議な服なんて想像もできない。エッチな下着ならすぐに思い浮かぶのに。


 勝手に期待していたテントにはならなかったが、予定どおり一眠りしようと焚き火のそばまで戻り、外套を羽織ったままでごろんと寝転んだ。


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