応えたい
よろしくお願いします。
「……到着」
次に入って来たのは、薄い紫色の髪をしたセミロングの女の子。この女の子もジャックさんと同じような服装で黒のスーツを着ていた。眠たいのか目が閉じかけている。
「おはようパルマ。今日はどこを見回っていたのかな?」
ジャックさんが訪ねた。
「今日は東側を見回った。相変わらず平和だった」
「まーたパルマは街の見回りなんかやってたの?そういうのは私達の仕事だパルマはやらなくていいんだよ?」
「なら私も入れて?」
「それは駄目さ軍は二十歳からだパルマは十九だろ?あと一年待ちなよ」
「待ち遠しい」
あまり表情の変化は無く淡々と話すパルマさん。それと私より三つ年上だったことに驚いた。
……少し残念。
「パルマ紹介するよこの娘は詩織、華那さんの娘だ。そして詩織あの子はパルマ、歳もこの中じゃ一番近いし仲良くしてあげてね」
「詩織ですパルマさんよろしくお願いします」
「……ん」
短い返事を言うと同時に左側の席を一つ空けて座った。ジャックさんと丁度向かい合う形となる。
「――ではみんな集まったようだしそろそろ始めようか」
ジャックさんが静かにそう告げた。私はジャックさんの左隣に新しく置いてもらった椅子に腰掛けている。ジャックさん達が始めようとする中私は思ったことを口にした。
「あの、あと一人揃っていない気がするんですが……?」
私が訪ねると全員の表情が険しくなった。
「……あいつは裏切り者だ」
ぽつりとそう零したのはテスタさんだ。
「詩織そのことについては後で話そう。今はそれぞれ持ち寄った情報を交換する時間なんだ、ごめんね」
「は、はい。そのごめんなさい邪魔しちゃって」
ジャックさんも申し訳なさそうにもう一度「ごめん」と言ってくれた。
「んじゃ私から報告するよ」
「その前に一ついいか?」
テスタさんが私を一瞥して。
「俺はまだそいつを認めていない。同席は許すが参加は認めない、よってここからは――
『タスト語での会話を強制する』
聞き慣れない音、言葉が耳に飛び込んできた。
「テスタそれはよくない詩織だって意を決しているんだそれは君だって知っているだろう?それを踏みにじってはいけない」
『聞こえなかったのか?俺は強制すると言ったんだ。大体考えてもみろ元々この場所では華那の世界の言葉つまり「日本語」で話すことを義務づけされていた。それは俺達の会話が外に盗まれないようにするための措置だ。ならばこの場合は逆。内側に危険要素があればこちらの言葉で話すのが当然だろう?』
「けど僕は詩織に誓ったんだそれを破るわけにはいかない」
『誓いを立てたってことに驚いたけど私もテスタの意見に賛成だ。別にしーちゃんが悪いって言っている訳じゃなくて私の性格上、不安要素は一つでも少ない方がいい』
「ピェルナまで……だが」
「ジャックさん私のことは大丈夫です、同席を許してもらえるだけテスタさん達の心に近づいていると思うのでこれ以上は罰があたります」
私にはテスタさんが何て言っているのか分からないけど何となく雰囲気で伝わってくる、これ以上の言い合いはジャックさんやテスタさんの仲が悪くなる可能性がある。それだけは嫌だ。
「ごめん詩織」
「いえ」
そんなこと言わせたしまって申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
■ ■ ■ ■ ■ ■
あれから二時間ほど過ぎ話し合いが終わったのか、それぞれ席を立った。
一番最初に出て行ったのはパルマさん、出て行く途中で何かを私に呟いていたが聞こえなかった。その次にピェルナさんが「今度二人でお茶でもしよう」と言って出て行った。最後にテスタさんが「お前に期待などしていないが華那の娘というなら俺達を――」と少し間を開けて
『――認めさせてみろ』
私はこの世界の言葉は分からない、でもハッキリと意味は伝わってきた。きっとテスタさんは待ってくれている、少ない可能性を私に見出してくれている、きっとそれはテスタさんだけじゃない。ジャックさんもピェルナさんもパルマさんも同じで、私の何かを待っている。
「はい。待っていて下さい。いつか必ず応えてみせます」
だから私は今できる真っ直ぐな気持ちを声に乗せて言った。
テスタさんはしばらく私の目を見た後何も言わずに部屋を出て行った。
今この部屋にはジャックさんと私の二人きり、これからどうするのか訪ねようとした時、お腹が小さく鳴った。
いくら申し訳程度に鳴ってもこの静かな空間じゃ絶対に聞かれている、すごくはずかしい、くすくすと笑うジャックさんを見て顔が熱くなる。やっぱり聞こえていたみたいだ。
「まだこっちに来て何も食べていなかったね、それじゃご飯にしようか」
「……はい」
■ ■ ■ ■ ■ ■
「ごちそうさまでした、美味しかったです」
「それはよかった、食後に珈琲はどうかな?」
「いただきます」
こちらの世界の料理ってどんなのか気になっていたけどジャックさんが作ってくれた料理は日本の料理とあまり変わったところはなかった。ジャックさんによるとこの国の食文化はお母さんか基礎を造ったため日本の食に近いと言う。流石に食材は日本のものと同じというわけではなく見た目は似ている程度。だけど食感は大体想像通りで違和感は無く、調味料もちょっと違うけど料理人を目指していた訳でも無いので私はすぐに受け入れられた。
むしろ向こうで食べていたときより美味しい。
私の前に珈琲が入ったカップが置かれた。
今私達が居る場所は一階にあるリビングで広さは普通の家よりちょっと広いくらい、真ん中に六人座れる四角いテーブルが置いてあり、カウンターを挟んだ向こうにキッチンがある。私は料理ができるまでここに座り、ジャックさんが料理しているところをここから見ていた。時々目があったけどその度にジャックさんが笑いながら「もう少し待ってて」と言ってくれた。
ジャックさんが淹れてくれた珈琲を飲む、少し苦いけど美味しい。
「美味しいです」
「ありがとう」
向かいの席に座るジャックさんが照れくさそうに答えた。
ゆっくりとした時間が流れる。私は口につけていたカップを置いて、一つ息を吐きジャックさんに言った。
「私にこちらの世界の言葉を教えて下さい」
ジャックさんもカップを置いて姿勢を正した。
「そういえばまだこちらの世界いついて何も教えていなかったね。ここは「タースト」って言う世界。詩織達で言うところの「地球」にあたる。そしてこのターストでは主にタスト語って言う言語が使われている、一部例外の所はあるが概ねタスト語がこの世界共通の言語だよ」
「あと、不思議に思っていたんですがどうしてジャックさん達は日本語を話せるのですか?」
「それは華那さんの影響だよ。華那さんとはじめて出会った時、今の詩織と変わらずこちらの言葉に首を傾げていた、でも華那さんは僕達の言っていることを一生懸命理解しようとしていた。その結果わずか数ヶ月で僕達と話せるまでなったんだ、当時僕達は孤児、捨てられた子供だった。この世界捨てられた子供と接する人なんかいないそんな中華那さんは親切に接してくれた。だんだんと打ち解けていき自然と華那さんが使う言葉に興味を持ち今度はこちらから華那さんの言葉を理解したいと思い、教えてもらったんだ」
「お母さんはすごい人だったんですね」
「確かに人を惹きつけ引っ張る不思議な人だった」
そう言ってジャックさんは再びカップに口をつける。私はその話を聞いて余計に申し訳なくなった。ジャックさんは私にお母さんと同じくらいかそれ以上のものを期待して誓いを立ててくれたんだと思う。だけど私は何も持っていない。知識も無ければ特別な力も無い。テスタさんは「それは俺達にとって縛りだ」と言っていた。きっと言葉以上の重みがあると思う、そんな重みを何も持っていない私が一人で背負うには重たすぎてきっとジャックさんに迷惑が掛かってしまう。
テスタさん達の期待に応えたい反面今の話を聞くとどうにも足が止まりそうになる。
そんなことを考えていると自然と顔が下がっていくその時頬に暖かい何かがあたる。顔を上げるとジャックさんの腕が頬にそっと触れていた。
「そんな顔をしないで、詩織には詩織にしかないものがあるんだから」
「私にしかないもの……?」
「そうだよ焦らなくていい、詩織が背負う重みは僕が半分持とう。だから今は、今できることをしていこう。それに嬉しかった詩織が僕達のことを理解しようとするその姿勢にあの時の華那さんと重なるものがあった。タスト語を知りたいなら僕を使っていい、僕はもう詩織の右腕なのだから」
「ありがとうございます、ジャックさん」
「どういたしまして」
何だか少し気持ちが軽くなった感じがする。
私は心の中でもう一度ジャックさんにお礼を言った。
なによりここまでしてくれるジャックさんに応えたいと思った。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
次回は今週中には出せると思いますのでよろしくお願いします。