第2幕 別れとバレンタインとの出会い、陰謀論
こうして父と悲しい別れを経験した山田一郎は、学校でも絶え間ない差別と戦うことになる。
熱心な仏教徒である山田一郎は敬愛する仏陀がスジャータ※1から乳がゆを供養された説話を再現すべく、身近な自分の好みの女性たちに乳を求めることが多々あった。
しかし、仏教に対して理解の無い学校からの度重なる注意、そしてそのことに端を発し、学友たちから距離を置かれることとなった。
そして山田一郎が11歳、小学校5年生の時に彼は初めてバレンタインというものを知る。
クラスの女子生徒たちが楽しそうに友人同士でチョコレートを交換したり、クラスの男子生徒たちに義理チョコ※2なるものを配っている中、何故か山田一郎の元に届くチョコレートはひとつも無かったと言われている。
この出来事こそが、山田一郎をバレンタインという風習を変えるに至らしめたきっかけであり、全ての始まりであった。
なぜ自分だけチョコレートがもらえないのか疑問に思った山田一郎は家に帰るとすぐさま母親に相談したという。
すると、母親は非常に苦しげにしばらく押し黙ったあと、このように宣ったと言われている
「……ま、まぁ、お前は仏教にかぶれすぎているからね……バレンタインはキリスト教のお祝いだから、ダメなんじゃないかな……?」※3
山田一郎はこの言葉に大いに驚いた。
日本人とは当然仏教徒が最も多いはずである。その仏教徒が差別されるという実態を初めて経験したからだ。
そして、これまで自分が幾ら乳がゆを要求しても貰えないこと、ましてやクラスで一人除け者扱いされていることが全て仏教徒への密かな弾圧であることに気が付くのであった。
また、一人決意をし調べていくうちに、お盆よりもハロウィンが優遇されている実態、門松よりクリスマスツリーがもてはやされる実態を知った山田一郎は、日本がジワリジワリとキリスト教化されている状態にあることに気が付く。
しかし、どのような団体がどのようにして動いているか、当時小学生だった彼には想像できなかったため、山田一郎は一人『バレンタインハンガーストライキ』※4を決行し始める。
かくして山田一郎は、日本における仏教文化を守るため、一人立ち上がるのであった。
※1 自身の乳からコーヒーフレッシュを作る奇蹟の女性。ちなみに同名商品は名古屋が本社。このことから『仏陀・名古屋人説』が有力視されている。
※2 義理チョコ 守るべき道義を通すために渡すチョコのこと。対義語「義理を欠いたチョコ」。
※3 母親の優しさが伺えるコメントである。この頃から母親との距離が離れていく。
※4 バレンタインハンガーストライキ 山田一郎が以降十年以上続ける運動。バレンタインにチョコを食べない運動の総称であるが、一部の理解無い人間からは「チョコ貰えないから意地張ってるだけでしょ」などと揶揄されることも多かったという。




