牛頭獣人、肉を食す
とある町の酒場。日の暮れた店内には様々な者達が奏でる喧噪に包まれている。
下町にあるこの店に集まるのは、お高くとまった貴族様などではなく、どちらかと言えば荒くれ者に分類される者達だ。
ほら今も、ドワーフ達が樽で酒を注文しては飲み比べをし、そばにいたエルフの魔法使いが眉をひそめる。周囲の者達ははやし立て、あるいは飲み比べに参戦するも案の定返り討ちに合い目を回し、そんな姿がまた新たな喧噪を生む。
そんな中、飲み比べに興じているのとはまた違った集団がなみなみとエールの注がれたジョッキを打ち合わせる。彼らもまたこのような安酒場によく姿を現す冒険者か傭兵の類だろう。どの男もがっしりとした体つきをしており、幾重にも重なる傷跡が見られる。
そして彼らは生粋の人種ではなく、体のあちらこちらに獣の特徴を持つ者ーー獣人だった。
どうやら一仕事を終えた後らしく、祝勝会のような宴を開いているようだ。
「しぶとく生き延びたクソッタレ共に乾杯!」
「ドイの兄貴、そりゃひでぇ!」
「んだよ、じゃあおまえはお高くとまって乾杯ー、とか言う方が好みなのかぁ?」
「はは、似合わねぇ!」
「おらおまえ等、じゃんじゃん食えよ! 今日は祝いだ!」
「おぉ!」
「言われなくとも!」
リーダー格と思われるひときわ大きな体格の牛頭男は、豪快に骨が付いたままの肉にかじり付き、酒を煽る。仲間達もめいめいが料理を、あるいは酒を手に武勇伝や語る者や歌い出す者までおり、酒場の喧噪に混じり合う。
荒くれ者の集まる酒場では、どこでも見られるような喧噪。
「何で牛が肉食ってんだ?」
――そんな声が上がらなければ。
「か、カズヤ殿、無礼ですよ?!」
「え? もしかして今の普通なんすか? 他の人たち珍しそうに思ってないっぽいし……えー」
唐突に上がった声には人間にありがちな排他的な感情はなく、ただただ幼子が知らぬものを見て親に問う、そんな無邪気なものだった。
だが、獣人種を野蛮な者と見下す一部の人間達は、獣人に対してその特徴の獣――例えば犬の特徴を持つ犬人種なら犬や犬っころなど――で呼ぶため、それは酷く侮辱的な言葉となっていた。
従者なのか、若い剣士が慌てて止めるが発言者たる黒髪の少年は己の失言に欠片も気づかずまじまじと店内を見回す。
「おいガキ、オレが肉食ってちゃ何が可笑しいってんだ、あぁ?」
「申し訳ない、彼は世間知らずなもので……」
「いやだっておっさん? で、いいんだよな。とにかくアンタ牛の頭してんじゃん、それなのにすっげー勢いで肉食ってんじゃん? え、牛って草食だったよなって思うだろ普通?」
「カーズーヤー殿ーっ!」
声の感じから、侮辱ではないと分かるものの、牛頭の獣人が真っ向からこうも牛牛と連呼されては良い思いなど抱くはずもない。
穏便に済ませようとしていた従者だが、それをぶち壊す勢いの発言に涙目を通り越してもはや悲鳴のそれである。
「はっはっは、面白いことを言うなぁ小僧。あぁ?」
「疑問に思う人少ないんっすねぇ。ナイス観察だ俺」
字面こそ友好的だが、牛頭の男の顔はけして笑っていない。隠しもしない威圧感に剣士どころか周囲の客も顔を青くしている。
だが悲しいかな、黒髪の少年は致命的に空気が読めなかった。そして種族差故に、牛頭男の顔が笑っていないことに気づけなかった。
「よぉし、面白いことを言ってくれた礼だ、ちょっと面ァ貸せ――」
「ちょぉーっと待ったぁっ!」
あわや流血沙汰になるかとなったその時、制止の声がかかる。賢明な誰かがこの場を納めようとしたのかと、客の多くがほっと胸をなで下ろす。
が、声を上げたのは給仕らしき服を着た娘である。
とてもではないがこのような険悪な空気を払拭できる人物には見えず、周囲の者達は下手に割り込めば娘が危害を加えられるのではと、さらなる辛労を重ねる羽目になる。
しかし、当の本人はどこ吹く風。周囲の心配な微塵も考慮せず、一緒触発状態の場に割り込む。
「何だぁ、給仕の嬢ちゃん。ここならともかく外なら店に迷惑はかけねぇだろ?」
「そこのアナタ、牛が肉を食べるのは変って言うけど、それ本当に思ってんの?」
――そして何故か黒髪の少年に向けてずびしと指を突きつけた。
「……はい?」
これに面食らったのは、等の黒髪の少年を含めこの場に居合わせたすべての者だろう。何せ娘はこの店の給仕服を着ていたのだ、つまりはこの店で働く従業員である。
荒くれ者の集まりやすい酒場であるからして、乱闘や酔っぱらい同士のいざこざなど日常茶飯事ではあるものの、そうした騒動も過ぎれば客足が遠のく原因となるし、何より店の備品が破壊されるなどの被害は発生する。だが止めすぎても逆に客足は減ってしまう、さじ加減の難しい仕事である。
それを防ぐために場所を移すよう促したり、こうして割って入るのもまたそこまで珍しくはない――と、あたりを付けていたのだから。
だからこうして、明後日の方向の言葉が出るなど想像だにしていなかったのだ。――まあ、当然だが。
「はぁ? おまえ何言ってんだ? だって牛だぞ牛! あれ草食じゃん、俺昔牧場とか行ったことあるけど、あっちこっちでもっさもっさと草食ってたぞ?」
いち早く衝撃から立ち直ったのは黒髪の少年だった。この世界の常識を知らない彼は、故に立ち直りも早く、また自分の持つ常識に則っての反論を上げる。
牛が草を食う。と言うより肉など食べないと言うのは黒髪の少年にとっては常識であり、魚が水の中で泳ぐとか鳥が空を飛ぶとかいったことと同じくらい覆しがたい現実なのである。
「ふーん、まあ対外的にはそうだろうけどね」
しかし娘はそんな声など初めから想定していたとばかりに鷹揚に受け止める。
「そうは言うけど、それじゃあアナタは牛はあの大きな体を草だけで維持してるって、本当にそう思ってるの?」
「しつっけーな。だって実際そうじゃんか。牛に肉とか食わせたら腹ァ壊すんだろ?」
「かもね、消化器官が対応してないし」
「じゃあ何でいちいち突っかかってくるんだよ……」
「草だけであの人みたいな体を維持しようと思った場合、明らかにエネルギーが足りてないからだけど?」
「はぁ??」
前言を撤回するような娘の言葉に黒髪の少年は困惑の声を上げる。見守る客達も少女の言葉が理解できず、首を傾げる姿がちらほらと見て取れた。
「草ってね、そんなに栄養無いのよ実の所。人間だって下手な菜食主義者の肌やら内蔵やらがえらいコトなったとかいう話があるでしょ。そりゃぁまあ牛以外にも山羊や羊やって草を食べる生き物はいるけどね、そこまで体が大きくなかったり、一日に体重の半分とか食べる必要があったりってするの。だけど牛はそうじゃないでしょ」
「お、おぅ」
「牛はね、草を食べちゃいるけど草そのものはそこまで直接栄養にしないの。っていうか、できない、かな。所詮草だからビタミンはあってもタンパク質が絶望的だし。だから第一胃の中に大量の微生物を住まわせていて、そいつらの餌として草を食べる。で、程良い環境で繁殖させた微生物を第二、第三、第四の胃に移して消化して栄養にしてるのよ」
わかる? と水を向けるも、もはや娘の話についていける者はこの場にいない。
微生物、などという概念は剣と魔法のファンタジーな異世界において認知されておらず、せいぜい一部の研究者がそんな存在が居るのではといった仮説を立ち上げるかどうかと言ったところ。その日暮らしの傭兵達にはさっぱり訳の分からない単語が並ぶ台詞である。
かろうじて召喚者たる黒髪の少年はその概念を知っているのだが、如何せん虫だの何だのと言ったことが生理的に受け付けなかったため、そのテの授業は寝て過ごしていたクチである。
ちなみにその科目の成績は推して知るべし、である。
「えーと……つまり……?」
「牛は草食獣の皮を被っているけれど、その実体の中に自分専用の食料工場を持っているようなもの! 草を食べるのは、微生物に食わせるための餌の補給みたいなものってコト。そして食料生産にはあの体型が必要であって、獣人みたいに頭は獣の特徴が強くとも体型は人間のそれと大差がない以上、内蔵の作りは人間と似通っていると予想できる! つまり、反芻動物特有の体内における微生物養殖は難しいと予想できる。故に牛頭獣人が肉を食べても何らおかしくはなぁいっ!」
言い切った。
給仕姿の娘は無い胸を張り、自信満々に言い切った。
「と、言うことでアナタの疑問は見た目からくる印象に基づいた偏見であり、彼ら牛頭獣人種の生体とは何ら関わりのない決めつけでしかないってコト。そんなの、金髪だからチャラ男だのメガネだからガリ勉だの学級委員だから面倒見が良いなんていう決めつけと何ら変わりないいものだってコトよ」
アナタだって黒髪は異世界人だから世界を救う為に魔王をぶっ殺してこいとか言われたら嫌でしょ? などと冗談のようにそんな言葉を残し、黒髪黒目の給仕の娘は厨房へと姿を消す。
後に残されたのは、すっかり話に付いていけずに毒気を抜かれた客達ばかり。
「……何だったんだ、あれ?」
「んなもん、おめぇに話しかけてた以上おめぇの客だろ……?」
「やー……んなこと言われてもなぁ……」
給仕の娘が話しかけていたのは明らかに黒髪の少年であるが、顔見知りかと言われれば否だ。ただ黒髪黒目という異世界人――というか、日本人――の特徴を持っていることから、娘が自分と同じような召喚者なのだろうと言うあたりは付けられる。
が、だからといって顔見知りでもないのだし、あのように言いたい放題訳の分からない論理をぶちまけられる覚えもない。
どう反応すべきか、非常に判断しかねる懸案なのである。
「とにかくカズヤ殿、こちらの御仁に非礼を詫びねば!」
「へ?」
「彼ら獣人種は、己のことを獣と混同するように呼ばれるのを嫌うのですよ!」
「あ? あー……その、スミマセンでした」
「おう、こっちもまぁ気が短かったのはあるが……気ぃつけろよ?」
「うっす」
「おし、そんじゃてめぇら! 飲み直すぞ!」
牛頭の獣人がし切り直せば、そこに異を挟む者はいない。そもそも彼らは飲みに来ているのだし、あわやという乱闘騒ぎは給仕の娘の乱入でうやむやとなり、当人同士は謝罪した。
これでさらに乱闘を起こすなどとなれば、それはもう無粋とかそう言う問題以前に、血の気が多いとか戦闘狂とかに分類されることだろう。
「いや俺未成年なんすけど」と遠慮する黒髪の少年も巻き込んで、牛頭獣人達の酒盛りは夜通し続けられたとか――
・牛の生態とかを聞いてて「あれこれって草食言ってるけど実質肉食じゃね?」というふとした疑問(何故)。
・そう言えばファンタジー世界に居る草食動物の獣人って肉食っても大丈夫なんだろうか?
……そんな疑問がミックスされたらこんな話になったという。
どうしてこうなったし。




