裏切り
アレグラの案内でバラック家領地へとやってきた。さすがは貴族。広い領地をもっている。管理とかそうゆうの大変そうだけどな。その後ドミニクが私用で使っている屋敷を訪ねることにした。さすがに入口で迎えてくれるのはメイドとかだろうと思い少し離れた場所から様子を探る。
しばらくするとアレグラとドミニクと思わしき人物が外へ出てきた。アレグラは闇夜の散歩にでもと誘いますと言っていたが成功したようだな。あとは戦闘可能な広場で迎え撃つだけだ。
グレート・ハリー総合格闘広場。松明に火を入れる。月明かりを頼りに広場を散歩していた二人の姿がはっきりと映る。
「なんだこのかがり火は!? アレグラ!! 貴様の仕業か!!」
さっそくアレグラを容疑者にしたか。男なら女を護るような行動をとれよ。まぁ誘い出されたと考えたってことは警戒心をもってはいた証拠か。
よし。出よう。
「お前がドミニク・バラックか?」
「俺様が誰なのか知っていての狼藉か」
ドミニクと対面する。こいつ。ただの豚かと思ったらいい眼をしてるな。人が変わったと言っていたが案外本当に悪霊とか悪魔の仕業なのかもしれないな。
「暗殺者か。兄上かあるいは父上の差し金か」
「右腕はもらったぜ」
「は?」
ドミニクは気づいていなかった。自分の片腕が切り飛んでいることに。
「なぁ!? がああああああ」
「おい。もし霊がいるなら出て来い。そいつに宿っていたら一緒に死ぬぞ?」
冒険家の心得に書いてある通りなら憑依した霊は憑依対象者が死んだ場合、同様に消滅するとあった。するとドミニクが意識を失い倒れた。代わりに黒い影が立っていた。
ここまでは計画通り。アレグラは回復魔法を使えると言っていたからな。ドミニクの腕は綺麗に斬ったから回復魔法ですぐくっつくはずだ。くっつかなかったら……ごめん。
……あれ? アレグラがいない。計画ではドミニクをすぐ治して背負って悪霊から距離をとるって話だったんだが。ドミニク放置されてるし……おいおい出血多量であのままだと死ぬぞ。
「小僧!! いい腕をしているな。剣閃が見えなかったぞ」
黒い影がいきなり叫んできた。やっぱり悪霊系統の魔物か。すでに三回ほど斬撃を放っているが効果はないようだ。
「お前の身体がほしいのぉ。アレグラよ」
「……は?」
アレグラよ。そう影が言い放つと俺が立っていた地面に魔方陣が浮かび上がってきた。ジャラジャラと甲高い音を上げながら一瞬で突如現れた鎖に絡めとられてしまった。
「よくやったアレグラよ」
「もったいなきお言葉です。バラック様」
数秒頭の整理を行った。そうか。アレグラはあの影の部下かなにかか。バラック様。行方不明となっている兄か?
「違う。ワシはもう何十代も前のバラック家当主じゃ」
「まさかずっと子孫の身体を乗っ取ってバラック家を支えてきたとか言うんじゃないよな?」
「するどい。その通りじゃ」
「ひでぇ。で? 今度は俺を乗っ取ってバラック家に居座るのか?」
「ふふふ。お主の強い肉体があればしばらくはバラック家も安泰よ」
なるほど。当主は真面目にこなし、家族の誰かでストレス発散してるってわけか。だがそれにしてもこの鎖。やっかいだな。ちぎれる様子もないし身動きがとれん。こりゃ解除とかそういった魔法も必要だな。
「さて。まずはドミニク。こいつはここで殺しておこう。アレグラよ。やれ」
「はっ!」
すると彼女は懐から取り出したナイフで躊躇なくドミニクの首を掻っ切った。むごい。あの躊躇のなさは何度か経験あるな。
はぁ。騙し騙され醜い世界だと思わざるをえない状態だ。
「乗っ取る前に聞いておく。お主剣皇か?」
「けんおう? なんだそれ」
「違うのならよい。いくぞ……っとその前に」
バラック(影)はアレグラに乗り移った。するとナイフで自分の心臓を刺した。
「っな!? 何をやっているんだおまえ!?」
「もうアレグラも必要ないからのう。ワシの秘密を知りすぎておるしここらで始末しておくべきじゃと思った。ただそれだけよ。これから先お主の身体があれば充分じゃ」
この悪霊は消滅させなければならない対象と認識した。鎖はアレグラの力が弱まったのかすぐにちぎれた。
「鎖をちぎったところでお主の攻撃はワシには通用せぬ。おとなしく諦めるがよい」
「……消えろ」
袈裟地獄。地獄で特訓した袈裟斬りだからそう命名しよう。針山を消滅させる視えない四つの斬撃に横一閃。それを周囲に被害が及ばない程度に抑え放つ。
「無駄じゃと言っておろう……だが恐ろしい剣じゃ」
「やっぱり無理か」
物理攻撃が通用しないんじゃ威力は関係ないからな。さてどうしようか。アレグラを連れて逃げるか。いやもう無理か……。アレグラはすでに死に絶える寸前だ。
バラック(影)が俺に乗り移ろうと入り込んでくる。
「む!? 何故じゃ。何故お主に乗り移れん!?」
「あぁ。やっぱりそうなのか」
「なにがそうなのじゃ!?」
「薄々思っていたんだ。この身体は器。俺の魂の器。閻魔によって憑依されてる状態になってるんじゃないかってな」
「な、何を言っておるのじゃ?」
「まぁ憑依よりも完全な状態なんだろうがな。簡単に言うと先客がいたってことさ」
ここからはお互いの攻撃が空をきるだけの戦いだった。俺の攻撃は色々やってみてるけどやはり当たらない。バラックも乗り移ろうと試行錯誤しているが上手くいかない。
その均衡を打ち破ったのはアレグラだった。
瀕死状態の彼女は魔方陣を発動してバラックを縛った。そして自分へと引き寄せていく。
「おい! アレグラ! 無理するなよ!」
「……せめてこれ、くらいは」
「ま、待て!! 待つんじゃ!! 今アレグラの身体に入ってしまっては!」
「いい加減……旅立つ時かと存じ上げます。バラック様……」
アレグラが最期の力を振り絞ってバラックを自らの身体に鎖ごと取り込んだ。
「裏切ってばかりの私でしたので、この死に様は相応のものでしょうね」
「アレグラ」
「すみませんでした。ウィル君。見てのとおりです。最初から私はバラック様の部下でした。ギルドにいたのも強い冒険家を探す……た、め……」
「……アレグラ。次の人生はいいものになるといいな」
「……あり、がとう、ウィル君」
アレグラは静かに瞼を閉じた。黒い影も消滅していく。バラックも一緒に天へと昇ったか。
一つ学んだ。この世界は元いた世界とそう変わりない事に。向こうは科学が発達した世界。こっちは魔法が発達した世界。だがどちらも人間が営んでいる世界なんだ。人の生き死にと醜さはどちらも一緒だ。
もう人間の悪いところは見飽きてきたところだ。そろそろ良いところをみさせてくれよ。なぁ……。
転生して初めての雫を袖で拭った。
鬼さん。鬼娘さん。どうかアレグラをよろしくおねがいします。