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修行開始

 鬼は言った。


「今から俺のやる事を百年間続けろ」


 すると鬼は針山の前で立ち止まる。手にした剣を大きく振り上げる。袈裟斬りの形だ。


「フンッ!!」


 身体全体を大きく使い剣を振り下ろした。大振りだ。


「これだけだ。これを百年間続けよ」


 そう言って鬼は針山を後にした。針山はたぶん標高二百mほどの山だ。低めの山だが鬼は山を一振りで斬った。一振りだと思われた斬撃はどうやら四連撃だったようだ。山は真っ二つではなく五つに斬り分けられていた……。


 いやいや無理だろこれ。まだ石を積み上げるみたいなほうが出来そうなもんだ。


 諦めかけていた。と言うより最初から無理だと思い悩んでいると別の鬼が近づいてきた。


「お困りかしら?」


 質問しておきながら全てわかっている。そんなオーラを放っていた鬼の女性はすごく綺麗な鬼だった。一言で言うと外国のブロンドAV女優のようなグラマラスボディを惜しみなく強調させた鬼だった。エロい。


「すけべ」

「ごめんなさい」


 そんな際どい服きてんじゃねぇよと心の中だけで叫んだ。でもありがとうございます。


「ところで何か御用ですか?」

「悩んでいるようだったから~ア・ド・バ・イ・スよ」

「おぉ……」

「あなたの身体は生前の肉体じゃない事には気づいてるかしら?」


 そうなのか。見た目は変わらないが。あちこち触ってみるが記憶に残っている通りの俺の身体だ。


「今のあなたは精神によって象られた魂の状態なのよ」

「そうゆうもんですか」


 昔見てたアニメでは頭の上に輪があったりしたもんだが俺にはないな。


「何が言いたいのかと言うとね。魂の形が当たり前と思い込んだ形になるっていうことよ」

「イメージが大事という事ですか?」

「簡単に言えばそうなんだけどもっと深く、疑いの余地もないくらい当たり前だと思う事。あなたの身体は疑いようもないくらいその姿でしょ? これを応用してみなさいな」

「つまりこの刀であの山をぶった斬るのは当然の事と思いながらやってみるって事ですね」

「見た目によらず理解が早いのね」


 失礼な。ともあれいいアドバイスをもらえた。鬼娘さんにお礼を言って針山の前に立った。刀で山を斬るのは当たり前。さっきの鬼のように。あれくらいなら誰でもできる事。そう言い聞かせて刀を振ってみる。


「何も起きませんね」

「まだまだ心のどこかであんなの無理と思っている証拠ね。これから毎日今みたいにイメージしてがんばりなさいな」

「はい。色々ありがとうございました」


 それから俺は毎日毎日刀を山に向かって振った。


 魂によって象られて精神体は疲労を蓄積することはなかった。睡眠、食事も必要としない為休むことなく延々と刀を振り続けた。たまに鬼がやってきて杯に付き合わされたり、あの綺麗な鬼娘の夜伽に付き合わされることもあったがそれはそれでいい気分転換となった。


 なによりも刀を振り下ろす修行が苦に感じなかった。刀身が上から下へ。下から上へ。あるいは斜めへと空間を引き裂くように視界に入る。その度に過去(生前)のなにかを斬り捨てているような感覚を感じた。心が晴れ渡っていくのだ。


 酒も美味い。鬼が吞む酒は絶品ばかりだった。生前はあまり好んで吞んでいなかった酒だが今は大好物と言えるだろう。のんべぇである。


 鬼娘さんとの夜伽も楽しみだった。地獄にいるのにここは天国かと何度も思った。これが本当の昇天か。ただのすけべぇである。


 そんな楽しい日々を過ごしているうちに百年という月日はあっという間に過ぎていった。



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