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空―くう―  作者: 紅炎
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第一話

 ――丁度今から二ヶ月前。その頃は立派な夏真っ盛りで、太陽の紫外線は厳しく、女性は肌の事で悩んでいた事であろう。その光景が簡単に想像できる。

 そして毎日のように、外では蝉が騒がしく鳴いていた。油蝉も日暮の鳴き声も、今が夏なんだと改めて認識させる。そして畑には黒と緑の縞模様をした、あの果物が真ん丸としていて、すごく美味しそうな出来ばえだった。

 そして俺、真田祐樹もその夏を過ごしていた。

 やっと中一の一学期を終え、待ちに待った夏休みを迎えて、充実した夏休みを送って――は、いなかった。


 夏休み前の課題。空を題材とした絵を一つ完成させなさい、という美術の教師の言葉を完全に忘れており、見事に絵が完成していなかった。何でも授業中に仕上げないといけなかったらしいが、俺はそんな事一言も聞いてはいなかった。

 まぁ、聞いてない自分が悪いのには変わりないのだろうけど。

 面倒なので、適当に済ませば良かったが、この学校の美術の教師は些細な事も見逃さず、少しでも雑にやればやり直し決定。そんでもって居残り決定……という厳しい環境な訳で、結局俺は一学期中に終わらず、夏休みまで毎朝学校に来て絵を仕上げていた。

 毎日朝早く来て、黙々と絵に打ち込む日々。楽しかったような楽しくなかったような日々だった。

 ある意味、美術の作品に打ち込んだその日々は、何もせずにだらだらと怠けている日々よりは、十分充実した夏休みだったのかもしれない。


 しかし、そんな時俺はこう呟いていた。

「空って言っても……何を描きゃいいんだろ」

 こんな調子だった。打ち込んだ、とあるけれど、殆ど毎日何を描くかで迷っていた。大体の構図は決まり、絵も順調に描けていた……と思う。

 言い張るような事では無いかもしれないが、我ながら素晴らしい出来だった。真夏の蒼く透き通った空が、自分にしてはうまい事表現出来ていたと思う。

 だが。何か足りないような気がして先が進まなかった。微かに開いた片隅の空白のスペース。そこに何かが足りないような気がして、ほぼ毎日美術室で一人静かに考えるだけだった。

「ここの空白のスペース……何か足りないんだよなぁ……」

 毎日俺はしつこい位、何回もこの言葉を繰り返していた。


 そしてある日、俺はいつも通り学校へと向かった。もう夏休みの俺の日課となりつつあり、自然と学校へ向かうようになっていた。まぁ、小学生の夏休みでいう絵日記くらいのものかな。それぐらい、俺にとっては当然のこととなっていた。

 自転車に跨り、まだ涼しさが多少感じられる朝の通学路を、俺は制服で走っていた。

 少しばかり急な坂道を越え、スイカ畑が一面に広がる小道。そこを自転車で颯爽と駆け抜けると、俺の通う中学校、河山中学校が見える。いつからこの場所に建っているのか。既にこの校舎の外観はボロボロで、所々に小さな罅が入っている。そして校舎の周りには、豊な緑で満ち溢れていた。少し走れば着けるぐらいの位置に、病院や山がある。

 その校舎を眺めながら、学校に向かう夏の日々が、俺には限りなく大切で、幸せな日々だった。田舎と呼ばれようが、俺はこの町の全てが大好きだった。

 田舎は田舎で良い所がたくさんあるんだぞ。そう、田舎と馬鹿にする都会の奴らに言ってやりたった。


 自転車置き場に自転車を止めると、美術道具一式を入れた鞄を毎日提げ、歩き慣れた校内を一人寂しく歩く。校内には俺の足音だけが静かに響いていた。

 そして、いつもの様に美術室のノブに手を掛ける。そして毎日同じ雰囲気を漂わす美術室に、足を踏み入れる筈だった。あの、絵の具の匂いや筆の独特の匂いで充満した、あの変わり無い美術室に。

 しかし、美術室の扉を開けて中に入ると、優しい風が俺の全身を包んだ。

「な、何だ?」

 突然の風に驚きながら、俺は落ち着いて周りを見渡す。壁に貼ってる生徒の作品は、風で軽く靡いている。その風に乗って、蝉の鳴き声が聞こえる。

 ――そして、その直後、何故風が吹いていたのか分かった。


「ま、窓が開いてる……?」

 少し濁って汚いガラス窓は見事に開いており、白いカーテンが風で靡く。その光景を見ていると、夏なのに妙に涼しく感じる。気分が落ち着くような、そんな感じがする。

 いつもと何の変哲も無い美術室。そこに、俺は足を踏み入れる筈だった。

 そして、いつものように悩むだけ悩み、殆ど進んで無い状態で、正午には家にいつものように帰る筈だった。

 しかし、その日。俺の絵に欠けていた「何か」に気付くための、小さな小さな一欠片のピースを見つける事が出来たんだ。


 ――物静かな美術室の奥。そこには、一人の少女がいた。


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