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空―くう―  作者: 紅炎
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プロローグ

 空。それは何処までも永遠と続き、空が見えない場所なんて、宇宙以外絶対に無い。

 そんな、途方も無い次元のモノである空を、俺はじっと眺めていた。

「はぁ……」

 小さいため息一つ。あいにくその音は、とある公式を叫ぶ数学の教師の声でかき消された。

「一次関数の式、y=ax+bは……」

 中学生で習うであろうその公式を、大事だぞ。覚えておけ、と何度も生徒に呼び掛ける。そこまで言わなくても覚えられる、という様な表情を浮かべ、うんざりする生徒も後を絶たない。教室には教師の叫ぶ声だけが反響していた。


 ――夏と言われたら、何を連想する?

 そう言われれば、皆何を想像するだろうか。

 海と叫ぶ奴もいれば、スイカと叫ぶ奴も。はたまたビーチバレーと言う奴。かき氷食いたい、などと自分の欲をぶつける奴。ビキニのお姉さん、などと意見が一致するいやらしさ丸出しの男共。

 まぁ、夏と言われたら大抵皆そういった事を言うだろう。逆にそんなもの以外を連想するのはおかしいのかも知れない。

 そして俺は、そのおかしな奴の一人なのかもしれない。いや。確実にその一人なのだろう。

 俺が夏と言われて連想するもの。それは――。



 ――ポスン!



 そんな軽快な音がすると同時に、俺の後頭部に軽い衝撃が走る。当たった感じからすると、柔らかい材質なんだろうが、それでも十分痛かった。

「な、何だよ。このやろ……!」

 反抗的な言葉を叫びながら、俺は衝撃の来た後ろを振り返る。するとそこには、奴がいた。あの巨漢が凄まじき威圧感を放って、そこにいた。俺は思わず目を見開き、声を漏らしてしまう。ハゲ丸出しの筋肉オヤジが、そこにいた。

「……おい真田ぁ。ワシの力説を聞かずに、お前は何を考えてやがった」

 真田。俺の名を呼んで巨漢――数学の教師の益田は俺を睨む。凄まじき威圧感の上に、そいつの眼力が加わった。鋭いそれは俺をじっと見つめる。目を逸らそうと何度も試みるが、奴の眼力はそれすらも封じ込めた。もう、化け物としか言いようが無い。

「り、力説ですか……?」

 力説。ああ、さっきの公式説明の事か。確か一次関数の公式だっけ。俺が考え事してるのが分かって、怒鳴りにきたって訳ですか。先生、それはご苦労な事で。

 俺は思わず敬礼をしそうになる。何とかしてこの場を切り抜けたかったが、そう簡単なものではなかった。数学の教師である益田は、生徒達から一番恐れられる存在だ。周りの生徒は、ただ静かに俺のこの状況を見守っていた。


「オウよ。真田、てめぇ一次関数の奥深さが分かっちゃいねぇ。一次関数っていうのはだなぁ……」

「――また始まったよ」

 ぼそっ、と俺は本音を口にしてしまった。しまった! この状況はやばい。自分の口を慌てて手で覆い隠すものの、既にそれは遅かった。

 焦って周囲を見回してみると、他の生徒が全員俺の方を見て呆れた目で。または哀れむ目で見ている。はたまた、ノートに大きく「ドンマイ」などと書いている奴も居やがる。この俺の状況を、思いっきり楽しんでいやがる。

 そんな時、俺は身に迫る危険を察知し、俺を見下ろす益田を見た。

「……貴様。貴様という奴は……!」

 益田の頬は見る見るうちに赤く染まってゆく。益田は怒りに満ちた表情で俺を見る。今にでも血管が浮び上がってきそうな図太い腕に、凄まじいほど力が篭っている。

 ああ、先生。何故そんなに顔を赤くなさるのですか? 可愛い生徒の戯言ですよ。これくらい大目に見てやってはどうでしょうか?

 俺は心の中で益田に問い掛けるが、答えなど帰って来るはず無かった。


 貴様、と教師に相応しくない言葉を発しながら、自分の持っていたチョークをへし折った。爽快感溢れるその音が、逆に俺の恐怖心を刺激する。一瞬で俺の心も体も冷え切った。

「ええと……先生。随分と爽快感ある音で。さすが益田……」

「――グラウンド百周して来やがれ! この大馬鹿野郎がぁぁぁ!」

 俺の苦し紛れは儚く、一瞬で振り払われてしまった。

 その後、俺の悲鳴が教室内に大きく響き渡ったのは、言うまでもなかった。


「は、はぁ。……も、もう駄目……」

 誰も居ない夕暮れのグラウンドに、俺の荒い吐息だけがあった。通常ならば部活をしているであろうこの時間。あいにく明日はテストで、今日の部活は何処も休みのよう。

 よって、今この学校のグラウンドで一人寂しく走っていたのだ。……ちゃんと百周な。

「ったく。益田の野郎、酷いったらねぇ」

 俺は益田の愚痴を何度も零す。ハゲ丸出しの癖に俺に注意しまわりやがって。大体何だよ一次関数の奥深さって。そんなもん生徒に語んなくたっていいんだよ。

 何度言ってもスッキリしないこの気持ち。愚痴っても愚痴っても意味のない事に、やっと気が付いた俺は、愚痴を零すのをやめた。


 そして、俺はゆっくりと後ろに倒れる。そして仰向けにグラウンドの真ん中で寝そべった。背中には汗がべっとりとつき、服が張り付いたくらいだから、恐らくグラウンドの土が思いっきり付着しただろう。

 しかしそんな事お構い無しに、俺は大の字になって寝る。すると夕暮れの涼しい風が頬をなで、俺の体を冷涼する。

「――そういや。もう、秋なんだよなぁ……」

 俺は小さくそう呟いた。秋がすぐそこまで来ているのは目に見えていて、大分日が沈むのも早くなってきていた。夏なら七時ぐらいまで普通に出来る部活も、最近では六時半でも大分暗くなり、大分やりづらい状況になってきていた。

 それに木の葉も大分紅く色付き、もうそろそろ紅葉の時期なのだろう。

「夏が終わって……あの子が居なくなって、もうそんなに経つのか」

 涼しい風が俺の体を冷やしてくれる。夏だったあの頃では考えられない事だ。あの時、暑かったらアイス食ったりして凌いでたっけ。……あの子も一緒に。

 

 ――懐かしい夏季の光景の数々が、俺の頭には鮮明に広がっていた。

 

 初めまして、紅炎です。

 恋愛系の小説を執筆するのは、殆ど初めてですが、頑張りますのでよろしくお願いします。

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