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机引き  作者: 鵜狩三善
1/3

1.

 あの子の事が。

 あたしは、本当に大好きでした。






「ダイエットを、します!」


 いつものようにうちのクラスにやって来るなり宣言したのは、友人の佐藤千広(さとうちひろ)だ。

 なので私は「ふーん」とだけ、気のない相槌をした。

 何故って彼女は瞬発力はあるけれど持続力がない性質なのだ。すぐに流行りに踊らされて、いつも三日坊主で終わってしまう。この宣誓もどうせまた、「夏休み前に体のラインを美しく!」みたいな広告に影響されたのだとしか思えない。


「ちょっとカヤ! なんか対応冷たくない? クールぶりたいお年頃なの?」

「だってねぇ、千広はいつもそんなだからねぇ」


 彼女は私を「カヤ」と呼ぶ。岩下茅子(いわしたかやこ)の下を縮めて、カヤ。

 千広曰く「愛称で呼び合うのが友情の証!」なのだそうだ。

 その(でん)で、私の方の呼称も改めるようと厳命されたのだけれど、流石に高校生にもなって「ちーちゃん」はちょっとどころではなく恥ずかしい。よって愛称呼びについては固く拒んで、「佐藤さん」から「千広」に改めるにとどめて今に至る。

 でも、まあ。

 こうして文系理系でクラスが別れたその後も、放課後になると必ず、千広は私を迎えにやって来る。だからこそばゆい気もするけれど、「友情の証」というのは、(あなが)ち口だけではないのかもしれない。


「違うの、違うの! 今度って今度は本気なんだってばー!」

「毎回そんな事言ってない?」

「全然言った覚えないもん!」

「ううん、言ってる。千広は言ったのを覚えてないだけ」


 それじゃあたしがアホの子みたいじゃんかと彼女はむくれ、けれどやっぱり持続せずに、私にそっと耳打ちをする。


「実はさ、今回は気合入ってるのよ。だってダイスケが『今年の夏はお前のくびれが見たい』とか言うからさ」


 ダイスケ、というのは。私はちらりと首を巡らせた。

 大浦大介(おおうらだいすけ)

 廊下側の私の席からは、丁度教室の反対側。窓際のそこで友人たちと雑談しながら帰り支度をしている彼の事だ。

 男子らしいその手の雑談もするみたいだけど、どちらかというと物静かで勉強家タイプの大浦君だったから、彼と千広と付き合い始めたと聞いた時には私は随分驚いた。

 

「なにエロい事考えてんだって思うけど、でもこれって挑戦じゃん? もしかしなくても挑戦状じゃん? 避けては通れない感じじゃん? よってこの夏は小麦色の美少女にならないといけないわけよ」

「ダイエットと肌の色は関係ないんじゃないかな」


 私たちはひそひそと声を交わす。

 何故って千尋と大浦君の交際は、公には秘密であるらしいのだ。別に隠さなくてもと思うのだけれど、「カヤだけに教えるんだからね」と念を押されてしまえば私から口外はできない。


「それで、今度は何をするの? ちゃんと長続きできそうなのにしたの?」

「うん、したした。もうばっちり。名づけて『学校に来るだけダイエット』だよ」

「なにそれ」

「んー、もっと正確に言うと、『机に向かうだけダイエット』かなあ」

「なにそれ」


 呆れ果てて、私は同じ言葉を繰り返す。そんなので体重が減るんなら、世の中の悩みなんてきっともう絶滅してる。

 

「んっふっふー、ご存知ありませんでしたかイワシタさん」


 でも私の対応に、千広はずずいと得意げに胸をそびやかした。語調が怪しい外国人みたいになっている。

 そうして彼女が語ったのが、「ちょっとだけ」の約束だった。




 放課後、誰もいなくなった教室で、中身を空っぽにした机に囁きかける。


「ちょっとだけ、分けてあげるよ」


 そう約束をするのだ。そうすると、攫っていってくれる。

 自分が抱え込んでいる要らないものを、僅かながらに持って行ってくれる。

 例えば気になる体重を。諦めきれない片思いを。大切な友達への嫉妬心を。

 机の前に座っていればそれと知れぬ間に攫っていって、ちょっぴりだけなかった事にしてくれる。少しだけ心を楽にしてくれる。  




 それは「友達の友達から聞いたんだけど」で始まるような、ただの都市伝説めいていた。

 でも同時に机の中の空間という、普段から身近にあるけれど平素は意識しないものに、不安の細波(さざなみ)を立てるような話でもあった。

 私はつい自分の机に目をやりかけ、それから何を流されてるんだと首を振る。


「誰から聞いたの、それ」

「誰からって、フツーに噂になってるよ」


 あっけらかんと彼女はそう言うけれど、私は初耳だった。千広は物怖じせずにはきはき明るく喋る社交性のある子だから、情報を仕入れる速さの「普通」が私なんかとは違うのだろう。 


「だけどちょっと、信憑性が薄すぎるんじゃないかな」

「えー、そうかなー?」


 私の否定にひどく千広は不満げだ。

 困った事に彼女は、この手の話が大好物なのだった。

 

「それに本当だったとしたら、なんかそれって怖くない?」

「ええー? そーかなー?」


 念押しのように重ねると千広ははちょっと考える素振りをした。それからデコレーションしたスマートフォンを取り出して、私の顔の前で小さく振ってみせる。


「やっぱさ、怖いとか大げさだよ、カヤは。使えそうなものは上手く利用しちゃえばいいんだって。ほら、あたし電話とかネットとかの仕組みってよくわかんないけど、でも毎日便利に使ってるしね」


 結局この話題はそこでおしまいになって、その日ないつものように少し寄り道をして帰る事になった。

 別れ際、「効果があったらカヤにも教えたげる!」と千広は手を振り。

 どうせ何も起こりはしないだろうと、私はそれを聞き流し。


 後にこの選択を、どうしようもなく悔やむ事になる。

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