Restart?
「あのね…… 私、博一さんと…… 別れたの ―――――― 」
…
………………
………………………… はい?!
ワカレタ……
別れたって、まじですか?
聞いてないよ! いや、今聞いてるけどさ!
ありえない言葉を聞いて、思考がぐるぐる迷走する。
フリーズしている私に気付かず、目の前の超絶美少女は涙ぐみながら話を続ける。
「―――――― それでね、もし生徒会の皆に聞かれたら、別れたこと伝えて欲しいの」
え! 私が伝えるの?!
できればあいつらは永久に知らないで欲しいんだけど。
私が嫌そうな顔をしたのを気付いたのか、超絶美少女…… 元い秋吉瑠花は慌てて謝る。
「ご、ごめんね! 辻川さんにお願いすることでもないのだけれど、その…… 生徒会の皆に自分から報告するのも変だし。聞かれたらでいいから本当の事だって伝えてくれるかな?」
おどおどしながら子犬のようなクリクリの大きな瞳で、こちらを上目遣いに見てくる。
いや、秋吉さん本人が言った方が、あいつら喜ぶんじゃない?
どちらにしろその後は面倒な事になりそうだけどさ。
「…… わかった」
私は溜息をつきながら諦めの返答を返した。
え~と、ここで自己紹介をしておきましょう。
私は辻川奏。
清雅学園の2年生で生徒会副会長という面倒なことをしています。
普通の女子高校生と言いたいですが、実は転生者です。
アレですね。
すでにテンプレの前世にプレイしていた乙女ゲーに記憶ありで転生しちゃった的なヤツです。
ベタですね。すみません……
でも転生先はゲームでは名前すら出てこないモブ中のモブです。
おさげ&眼鏡の地味子です。なぜだ。
そしてさっきの超絶美少女、秋吉さんがこのゲームの主人公でした。
過去形です。そうなんです、ゲーム的には去年の12月で無事?エンディングを迎えて、攻略キャラの1人である元、生徒会会長の加々美先輩とめでたくくっついたのです。
私?
攻略キャラのメインが生徒会メンバーだったから、こっちに仕事の皺寄せが来て傍観すらできなかったよっ!!
なのに!半年で別れたって……
これどうなるんだろ?
1年経過しているからリセットでも2周目でもない。
このゲーム続編なんてあったっけ?
う~ん……
……………………
…………………………………………
なるほど、わからん。
考えても時間の無駄だった。
奏は思考を切り替えると生徒会室へ急いだ、これから起こるであろう事を想像し、また溜息をついた。
生徒会室では奏の他に会長、会計、書記が黙々と仕事をしていた。
3人は攻略キャラだったが、秋吉さんに選んでもらえなかったメンバーである。
先程聞いた話をすれば、以前の様に秋吉さんにくっついて仕事にならず、生徒会では役立たずと化すだろう。
忙しくなってから抜けられるより、落ち着いてるこの時期に、私と1年生で生徒会を回せるように体勢を立て直しておいた方が良いかな。
奏はそう判断すると口を開いた。
「あの、秋吉さん…… 加々美先輩と別れたみたいですよ」
「「え?!」」
「マジで? いつ?」
全員が一瞬動きを止めた後、会計が驚いた顔をして奏を見ながら聞いてきた。
「さあ?いつかは知りませんけど。さっき秋吉さん本人に聞いたから確かですよ」
「さっき?」
「30分くらい前ですかね……」
「「…… 俺、用事ができたから今日は帰るわ!」」
会計と書記が見事にハモリ、お互いに牽制し合いながらダッシュで生徒会室を出ていったのだった。
やっぱりこうなったか。
予想通りの展開に奏は溜息が出る。
でも……
1人だけ予想外だな。
奏は変わらない様子で仕事をしている会長に視線をやる。
生徒会会長の春宮久智
ゲーム内では副会長だったが、今は会長に就任。
見た目は爽やか王子様系だが腹黒。
どうでもいいけど、乙女ゲーってなぜか副会長が腹黒って多いよね。
会長は大体俺様系で ―――― って脱線してしまった。
「………… 会長は行かなくていいんですか?」
「どこに?」
そう質問をすると怪訝な顔で返された。
「え~と。秋吉さんのところとか……」
「ああ……」
会長は質問の意図がわかっていなかったらしい。
「行く必要がないので」
短く答えるとまた書類に視線を戻した。
う~ん
一度エンディングを迎えてるから、ずっと秋吉さんに好意が続く訳じゃないのかな?
いや、すでに別れたことを知っている可能性もある。
本人に会わなくても、会長のことだから何か裏で行動しているとか……?
だからこんなに落ち着いた態度なのかも。さすが腹黒。顔には出さない。
素っ気ない態度の会長を観察しながら考えていると、会長が顔を上げた。
「辻川さん…… 何か失礼なこと考えてませんか?」
そう言いいながらスッと目を細めて睨まれる。
こわっ!
なぜ考えてたことがわかったのか……
見てないと思って顔に出てたかも知れない。気をつけよう。
「いえ。ただ、あ~~~んなに秋吉さんにベッタリだったのに、どうしたのかな?と思っただけです」
誤魔化すように奏はにっこり微笑みながら嫌味で返した。
前世では立派な大人だったのだから、高校生相手に怯えていては情けない。
「っそれは……! そうですね。あの時は迷惑を掛けてしまいましたね……」
「今思うとあの時は呪いにかかっていたのかと思うほど酷い。できるなら早く忘れたい過去ですね」
会長は恥じるように視線をそらした。
呪いって……
まあ、ゲーム世界のシナリオ通りに進むべく、本人の感情とは別に干渉されたとすれば、呪いと言えなくもないけど。
「じゃあ、もう秋吉さんのことは好きじゃないんですか?」
「ないです。寧ろあの時の自分を思い出すのであまり会いたくないです」
会長は机に肘を付き両手でこめかみを押さえながら、言い切って溜息を付いた。
本人としては秋吉さん絡みのことはすでに黒歴史になっているようだ。
エンディングを(一応)迎えたから世界の干渉からはずれた?
でも他の2人はそのまま好きみたいだし。
何かきっかけがある?
「2月くらいまでは落ち込んでいた(使いものにならなかった)のに、何かありました?」
奏が聞くと会長がバッと顔を上げ、満面の笑みを浮かべて言った。
「かわいいお姫様に呪いを解いてもらいました!」
「………………」
「ソレハヨカッタデスネ……」
ダメだコレ……
会長の後ろにメルヘンな世界が見えた気がする。
うん。もう気にするのは止めよう。
生徒会の仕事さえしっかりしてくれればいいや。
なんだか疲れたし、用事もあるから帰ろう。
「会長、私は先に帰ります。お疲れ様でした」
奏は引きつった顔のまま席を立ちドアへ向かう。
「お疲れ様。――― 今日はレッスンですか?」
――――― 何で知ってるの!?
確かに奏はこれからヴァイオリンのレッスンだった。
しかし、高校に入ってからは誰にも教えていない。
知っているのは中学からの親友くらいだ。
背後から声を掛けられ、驚きを隠せないまま振り返ると会長が笑みを浮かべて近づいて来ていた。
失敗した。反応せずにしらばっくれて帰れば良かった。
諦めて返答の変わりに質問を返す。
「なぜ会長が知っているのでしょうか?」
「さあ? どうしてだろうね ……」
そう言うと奏の顔を覗き込むように顔を近づけてくる。
ち、近いから!
美形は急に近づかないで欲しい。心臓に悪い。
奏は内心で舌打ちしながら後退ると背中にドアが当たった。
よし、このままドアを開けて帰ろう!と思った時 ―――――
「かなで ―――」
耳元でいつもより一段低い声で囁かれた。
ぎゃ~~~~~~!!!!
その声で名前呼びは止めてくれぇぇぇ!
予想外の事に体が硬直し、顔が赤くなって一瞬焦る。
会長は満足気に笑うと言った。
「――――って名前、辻川さんにピッタリだね」
「!!!」
このっ!腹黒めっ!!
からかわれたと察して、かっと頭に血が上り会長を睨む。
しかし、そんな愉快そうに自分を見つめている様子に思いなおす。
まてまて、このまま怒りをあらわにしても会長に楽しみを与えるだけだし。
ここは(今は高校生だけど)大人としての余裕を見せねば。
昔(前世)でのセクハラ親父達への対応を思い出せ!
目を伏せてふっと息を吐くと、会長へにっこり微笑みながら後ろ手にドアを開ける。
「会長にお褒め頂き光栄です。では、お疲れ様でした」
一息に言って早足にならない様にゆっくりと生徒会室を出る。
会長が驚いた顔をしていた気がする。ザマミロ。
全くあの人は一体何がしたかったのか……?
ふと、耳元で呼ばれた声が蘇り、顔が火照る。
う~~~~
自分的にドストライクすぎるあの声はダメだ。
まてまて、ヤツは腹黒、腹黒、キケン、キケン、ハラグロキケン……
奏は自分の思考にドップリ漬かっていたので、会長が自分の後姿をじっと見つめながら漏らした声に気付けなかった。
「また明日、僕のかわいいお姫様……」