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自作小説倶楽部 第3冊/2011年下半期(第13-18集)  作者: 自作小説倶楽部
第13集(2011年7月)/テーマ「浴衣」&「幽霊」
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NO.5 紫草 著 浴衣 『花緒』

注意・この物語はフィクションです。登場する人物・事柄は全て架空のものです。7月自作/浴衣 『花緒』




 今宵も暑い夜だと思いながら歩いていると、何処からか祭りのような音色が聞こえてきた。

 何気なく足を向け歩いていると、昔はなかった小丘の中腹に公園ができていた。音はそこから聞こえてくる。


 それなりの櫓も見え、上では若者が大太鼓を叩いていた。

 周りを女性たちが囲み、同じ柄の浴衣を着た人たちが先導する形で盆踊りを踊って賑わっているのが見える。

 自分にも子供や孫でもいれば、こういう場所にも縁があったかもしれないが、志津枝には声をかけてくれるような町内会の人も、近所の人もいなかった。


『帰ろうかね』

 そう呟くと、ふと目に留まった場所があった。


 山を登ると、お宮さんがある。

 その階段の下に、片足を上げた女性がその手を蹲る男性の肩に乗せ立っていた。男性は彼女のものと思われる下駄を手にしていた。


 あゝ、あれは花緒が切れてしまったんだね。


 志津枝がそう思って、二人の方に少し近づいた。

 すると二人の会話が聞こえてきた。


「直りそう?」

 そう聞いた女性の言葉に、男性が答える。

「晒しでもあればな。お前、ハンカチ持ってる?」

「タオル地のものしか持ってない」

 彼女は持っていた巾着を覗きながら、答えていた。


 今時、花緒を直そうとする若者がいるとはね。

 志津枝は思わず、嬉しくなった。そして二人に近づくと、自分の持っていた絹のハンカチを差し出した。

「これを使いなさい」


 突然の志津枝の登場に、二人は顔を見合わせたが、男性の方が志津枝の手にあるハンカチを受け取り礼を言った。

 今でも、こういう子がいるんだね。

 志津枝は気持ちが優しくなって、思わず言葉をかけていた。


 聞けば、女性の方は母親が和裁を教えているのだという。それで花緒を挿げるなんてことを知っているのだと納得した。

 男性の方も手際よく口にくわえてハンカチを裂くと、あっという間に花緒を挿げた。


 紺地に桔梗の花の浴衣は志津枝の若い頃には高値で、庶民には手が出なかった。志津枝は今も、白地に金魚のついたまるで子供の着るような浴衣を着ている。

 いい柄の浴衣だと告げると、少女は和裁を習いにきている生徒さんの残り物だと話した。

 その紺地に桔梗は人気がないということなのだろうか。

 それなりに気に入っているとは言うものの、口では別の反物の方がよかったと話した。


 下駄も直り二人が祭りの方へ行こうとするので、志津枝はそこで別れると告げた。

「それじゃ、お名前と連絡先を教えて下さい。改めてお礼に伺います」

『名乗るようなものじゃありませんよ』

 そう言うと、今度は男性の方が、ハンカチを一枚駄目にしてしまっていると言い出した。

「そうですよ。弁償しないと」

 その彼の言葉に、再び女性は連絡先を教えて欲しいと言ってきた。


『いいお嬢さんだね~』

 思わず口をついて出た。

 私は、いいお嬢さんじゃなかったからね。

 志津枝は目頭が熱くなった。


『本当に気にせんと。今夜はありがとね』

 志津枝のその言葉に、それは自分たちの方だと二人は笑った。

 祭りの音色がまた変わった。

『ほら、祭りが終わってしまうよ。行きなさい』

 志津枝の言葉に、二人は頭を下げて祭りの賑わいに向かって歩いていった――。


 金魚柄の浴衣を着たおばあさんがいちゃ、似合わないよ。

 時代は変わったのだ。


 私も待っていたわね。

 村の鎮守の祭りの夜に。

 金魚の浴衣を誂えてもらって、約束の場所へ急いでいた。

 結局、そこに約束の人は現れなかったけれど――。


「ね。この前、ハンカチくれたおばあさんに会ったでしょ」


 祭りの数日後、聡美が言う。

「あゝ」

「私、あの人のこと、お母さんに話したの。お祭りに来てるくらいだから町内の人だと思って。そしたら、そんな人いないって言うの」

 聡美の顔は、少しだけ暗くなって声も小さくなって、更に話を続けた。


「おばあちゃんがね、その話を聞いてて言うの。この先に空家があるでしょ」

 確かに、あるな。

 平屋の小さな芝桜がたくさん咲く家。

「昔、あそこに住んでた人がお祭りの日に蒸発したんだって。約束してた人が親に反対されて来なくて、そのまま人さらいに遭ったんじゃないかって言われてるらしい」

 思わず、固唾を呑んだ。

「白地に金魚の浴衣はね、その時に初めて袖を通したものだったんだって」


 でも、あの夜のおばあさんは、とても楽しそうに見えた。少なくとも、俺の目にはそう映った。

「そうだ。あの日の下駄、どうした」

「あるよ」

 そう言いながら聡美が下駄箱を開けると、そこには一本の枯れた桔梗の花が置いてあった。そして、あの時の花緒は確かに挿げられたまま残っていたのだった。



【了】 著 作:紫 草 

Copyright © murasakisou,All rights reserved.




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