NO.3 奄美 剣星 著 刀 『隻眼の兎の憂鬱』
城のある岬があり、入り江の港が城下町になっていた。少し離れた所は浜辺で、そこに、細長い帆船が乗り上げてきた。
波間に、小札を連ねた甲冑の男どもが、次々と飛び降りてきたではないか。牛のような二本の角が生えた鉄兜をかぶった連中だ。弓・槍・戦斧・長剣なんかを身に帯びていた。連中は、城下町を見下ろす小高い丘の上に陣取った。百人ほどか。バイキングだ。
土地の領主は、騎士と従士を従えて城から撃って出た。倍はいる。
☆
麓から押し寄せてくる迎撃軍を、バイキングどもは、高みから弓矢で狙い撃ちにした。相手の数が減ったところで、接近戦に持ち込む。そういう戦法を好むのだ。城の軍勢は、まんまとその手に引っかかった。
坂を駆け上っての二十騎からなる騎兵突撃、次いで、二百人の徒士の後詰だった。士官である騎兵の半分が矢箭に倒れると、徒士の突撃は鈍った。士気がガタ落だ。
したり。奇声をあげながら、海賊どもが、一気に丘を駆け下りて行く。
何ゆえだか、ブレザー姿の女子高生がいた。戦いの真っただ中に放り込まれた格好だ。
「きゃあああ。何よ、ここ?」
Vil det have en datter her? Jeg giver ikke en skid om det. Shimaou så hendes booty!
バイキングどもの言葉は、まったく判らない。大方、「おなごだ。何でまたここに? どうでもいい。戦利品じゃあ。ぶんどれ」とでもいっているに違いない。
有栖川は剣道部に所属していた。手にしていた竹刀で、つかみかろうとするバイキングに突きをくらわすと、男は吹っ飛んだ。だが同じ手は効かない。新手が、今度は、四人で囲んできたのだ。
絶体絶命。そのときだ――
ぶろろろろ……。
☆
ハンス・ムートが世界に激震を起こした。事件の名は、「ケルンの衝撃」と呼ばれた。 スズキGSX1000S KATANA。斬新なフォルムだ。天才デザイナーは、日本刀をオートバイのモチーフにしたのだ。 一九八〇年のこと、震源地は、ドイツ・ケルンで開催されたショーモデルだった。機能美の究極形態がここにこそあるといっても過言ではない。
☆
白馬の王子は、覆面レスラーでもなければ、変身ヒーローでもなかった。ともかく人ではない。比喩ではなく、本物の虎だ。オートバイに乗った虎は、両軍の間を通り過ぎると、少女を後部座席に載せて、敵中突破を果たした。攻守の兵士たちは、唖然として、後姿を見送るしかなかったのだった。
バイクは、戦場から離れた浜辺に近い岩陰まで走って、そこで止まった。なぜだか赤い鳥居が建っていて、そこに、隻眼の兎が待っていた。
「遅いわよ、ギルガメッシュ!」
「すまないな、有栖川君。今回は、九世紀のヨーロッパに迷い込んだようだね。ちょっと手が空かなかったので、友人のエンキドウに、君の救出を頼だのだよ」
「虎さんの名前。エンキドウっていうのね?」
「虎じゃない。サーベルタイガーだ」
「サーベルタイガー? それって、大昔に絶滅した剣みたいに長い二本牙をもった虎でしょ? エンキドウはどうみても、ただの虎だけど?」
「KATANAに乗っている。だからサーベルタイガーだ」
隻眼の兎とバイクに乗った虎が腕組みしていた。
有栖川は、なぜか悪い予感がした。
「じゃ、じゃ、ギルガメッシュ。いつものように、私を元の世界に帰して……」
隻眼の兎は憮然としていた。
「騎士が乙女を助けた場合、騎士には乙女に口づけをする権利が与えられる」
「えっ? えっ……」
虎が、バイクを降り、舌舐めずりをしてから、少し口を開いた大きな顔が迫った。
(たっ、食べないで) きゃあああ……。
(稿了)




