NO.11 BEN クー 秋刀魚
秋刀魚『ウチの猫』
今ではそれほど苦にならないけど、子供の頃の僕は魚が大嫌いだった。生臭い匂いと骨が口に残るのが面倒くさくて嫌いだったのだ。
そんな僕が食べられた魚が焼き秋刀魚と焼き鮭で、それでも醤油をたっぷりかけないと食べたくなかったほどだ。そんな僕が子供の頃、テレビを見ながら母に尋ねたことがあった。
『お母さん。お魚くわえたドラ猫って、秋刀魚くわえてったのかな?』
食べられる魚という意識から、ふと母に尋ねたのである。
母は言った。
『そうかもね。でも、あたしはドラ猫がくわえてった魚を追っかけたりしないよ。汚いくてもう食べられないからね!』
コタツで蜜柑を食べながら、母はあっさりと面白味のない言葉を返した。
だが、それでも母にしては上出来な返事だったと思う。なぜなら今だったら、
『何を変なこと言っとるかい。今時ドラ猫に魚くわれる家なんか無かろうに(無いでしょう)!』と、応えただろうから。そんな母だが、実際に魚を食べさせると見事なくらいに綺麗に食べてしまう。秋刀魚など腸すら残さず、時には骨の半分まで食べてしまう場合もある。さすがは半農半漁の町に育ったもんだと感心させられるほどだ。でも、僕は思う。
『お母さんだったら、きっとドラ猫を捕まえて魚を取り返すだろう』と。
だって、ドラ猫より綺麗に秋刀魚を食べるのだから………おしまい…
(日記みたいになっちゃった…)
波『遺伝子という波』
父が亡くなった8年前。3人で父の部屋を片付けていた時のことだった。「お母さん!これどうすんの」
荷物の引っ張り出し役をやらされていた弟が、押入れの一番奥の収納ボックスから古いアルバムを1冊見つけて大声で叫んだ。狭い4畳半の部屋中に、母の動かす掃除機の音が響いていたからだ。その黒い厚手のアルバムは、雑巾がけ担当の僕の手を経由して母の手へと渡った。母は掃除機を止めてアルバムをめくり始めた。
そこには父の小さい頃の写真が貼ってあり、それと知らない僕と弟は、掃除機が止まったことを不思議に思い、ひょっこりと押入れから顔を出した。
そのとき母は、何とも言えない穏やかな顔でゆっくりとページをめくっていた。この数週間見たことのない顔だった。アルバムに見入っている母の後ろに回った僕は、「お母さん。これお父さん?」と、子供を抱えて写っている男の人を指差した。また弟は、僕が指差した隣りの写真を見て、「あっ、兄ちゃんだ」と、叫んだ。すると、母はこれ以上ない笑顔で僕と弟を見ながら、「いいや。こっちはお前たちのおじいちゃん。こっちはお父さんだよ」と応えた。子供を抱えた父そっくりの祖父とすべり台の前に佇む僕そっくりの父。そして、それを見ている僕と母によく似た弟……『遺伝子という波はこうして続いていくのだろうか』と、僕は何とも不思議な気持ちになった。でも、それはとても気持ちの良いものに感じた。…おしまい…




